2011年4月30日土曜日

知っていること・知らないこと

昨晩は帰りの電車の中で偶然チームのNishiharaさんに出会い、駅を降りて勢いでまた飲んでしまった。今朝は開会式への出発のクルマに乗り遅れるとこだったが、出発時刻に遅刻したわけじゃないので、ちょっと悲しくてムッときた。

さて宮前区公式戦の防犯少年野球大会。
第一公園はいわば宮前野球少年少女の甲子園であることは言うまでもない。
ヒマラヤの雪男だって知っている。そのグランドに降りてみて驚いた。雪男を発見したからではない。宮前の上部組織、川崎市少年野球連盟からの「がんばろう日本」の横断幕が掲げられていたのである。市内の各区連盟に配られたようだ。
また開会式前にはちいさな呼びかけから始まり、大きなウェーブとなった震災支援募金が各チームから寄せられた。有馬子ども会さんもちゃんと小生作のカバーデザインで手作りの募金箱を制作してくれた模様。ありがたいことだ。更に開会式では連盟事務局Ohtakeさんから今後も引き続き募金活動してほしい旨のコメント。継続はチカラなり。

開会式での連盟役員と審判部。ツーショットの右は泣く子も黙る、じゃない、泣く子も笑う言わずと知れたKasahara氏。20周年記念誌プロジェクトの通称「社長」でもある。中国密林の野生のパンダでも知っている有名人。「昨日の飲み会、俺も呼んでよ〜。Tさんと飲みたいからさ」とのありがたいお言葉をいただいた。左の柔和な笑顔の持ち主はOgasawara氏。名門富士見台ウルフを率いる名将であり、また岩手県大船渡高校出身で今回の震災で心を砕いているサッカー小笠原満男選手の伯父でもある人物。23歳になる筆者の娘でも知っている。昔、連合チームではお世話になりました。ちなみにに「小笠原」から「小」を取ると「笠原」になるという事実は、NASAのジェット推進工学の研究者も知らないはずである。

全選手がグランドへ集合整列。この写真を美しく撮って記念誌の見開きA3にドカンと載せる予定。それにはまず被写体である先頭の主将たちがキチンとプラカードを持っていなけらばならないわけで。デレっと寄りかかったりムスっと下を向いたりしていれば、いくらカメラマンの腕が良くても良い写真にはならない。
ここで選手たちを真剣な眼差しで見つめグランドの片隅に佇む一人の男がいた。
某広告代理店勤務、左手にアメ右手に餅じゃないムチを握り、「ほめ殺しのN」の異名を持つ、記念誌プロジェクト内通称「編集局長」のNishimura氏。子どもたちは知らなくとも、広島の山奥に棲息するツチノコなら知っているかもしれない人物である。
1=獲物を物色するN村さん。瞳の奥がきら〜んと光る。ターゲットを発見した模様。
2=中腰で走る競歩選手のようにターゲットの元へ走り寄り、「正しい野球少年のありかたと今後の人生訓」を教え説き、任務を遂行するN村さん。
3=不可能を可能にするミッションを成功させ、MI2のトム・クルーズのように颯爽と基地へ帰還するN村さん。...なんである。

さてこのブログ。前置きがいつも長過ぎて本題に入る頃には筆者がヘロヘロになってしまうことは意外にも知られていない。滝に打たれる比叡山延暦寺の修行僧だって知らないくらいだ。
開会式後、すぐに移動、宮崎台小ドームでの我が有馬フレンズ初戦。試合についてもうあまり書く気がしなくなったのは、決して前記のような理由からではない。打線が爆発、連打の嵐はすでに過去のものとなった。今日はリトルグリーンズ戦。お世辞抜きで可愛い女子選手が3人もいるチームだ。後半サウスポーの女子投手に翻弄されて散発2安打のみ、大差でのコールド負け。よって、今回はベストプレーヤー賞は該当者なし。
先日、強豪ブルアロを打破したことはたぶん都市伝説だったのだろうと、そろそろ宮前区内では囁かれはじめているに違いない。
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2011年4月28日木曜日

恵比寿にてVol.?


このブログで東京の恵比寿について書いたことはたくさんある。
試しに右の「このブログ内を検索」欄に「恵比寿」を入力してみると、14個くらいヒットした。例えば...
歯医者復活戦
とか、
恵比寿にて
である。
今日、恵比寿の歯医者に行って来た。抜歯の日だ。自慢ではないけど筆者、歯がボロボロなんである。朝晩ガッツリ歯磨きを欠かした事はないのに、これまで親知らずも含めて11本の歯と、1億本の髪の毛が抜け落ちた。今回で12本目である。電車で居眠りする人が左右に揺れるように、すでにぐらんぐらんだったので、抜いた瞬間が全く分らなかったほどあっさり抜けた。死者の魂が天に昇るように、音もなくスーっと。麻酔が効いていたこともあり気が抜けるほどサックリ歯も抜けたわけで。配偶者の論によると、歯が強い弱いは遺伝なんだそうである。いくら歯磨きに勤しんでいても効果はないのだそうだ。因に筆者のオフクロは死ぬまで自前の歯で固い煎餅もバリンバリンかじっていたが、オヤジは総入れ歯でガフンガフン言っていた。

歯医者を出ると妙に喉が渇き、近くのサンマルクへ。恵比寿の懐かしい街を歩くと「この店まだやってんのか」とか「えーっ、あの店なくなってるじゃん」とかの感慨に耽ってしまう。
また筆者の持論であるけど、例えば六本木を闊歩する女性を「上級」とするならば、恵比寿を歩く女性は「上質」なんである。(このコトバに含まれるトゲがあるとしても、筆者には女性を差別する意図は全くありませんのであしからず)
モデル級の一般女性や、どう見てもモデルにしか見えない子などがぞろんぞろん歩いているんである。芸能人御用達の隠れ家的店も数多いし、恵比寿にいたころは実際よく有名人を見かけたものだ。

そんな恵比寿で信号待ちの今日。ここ数日東京を席巻している変な強風と突風が吹いていた。ミニのフレアースカートを気にしながら手で押さえている女性がいる。オトコとして女性に対するフツーの感性を持っているオヤジは期待に胸を膨らませるわけで(^^)
しかし、オヤジの胸は膨らんでもスカートの裾は膨らまなかった。
反面、心のどこかで、その子に対して「恥ずかしい思いをしなくて良かったね」とつぶやいていた。
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2011年4月26日火曜日

拝啓、野球少年少女の母たちへ

...と、こんなタイトルすらおこがましいのだけれど。
このブログで小生が作ったスコアブックの集計ソフトのお裾分けの話を書いたら、全国の、自チームから集計を任された方から(全国と言っても10人前後ですが)このExcelが欲しいとメールを頂いた。作った本人にしてみればこんなに嬉しいことはない。つい先週も佐賀県のスコア集計を任されたという少年野球のお母さんからメールいただき、早速、拙いExcelデータを送って差し上げたばかり。

野球少年のお母さん繋がりでふと思い出した人がいる。
だいぶ前に仙台の少年野球のお母さんから連絡いただいて、同じようにデータを送って差し上げた方だ。会ったこともなければ話したこともないけれど、震災後とても心に掛かっていた。
今日、その方へそろそろ連絡差し上げてもいい頃かなと思いメール送信。
こんなメールを公開してもいいものかどうか迷ったけれど、日本のみんなが応援してるよ、と伝えたくて...。

以下、個人情報部分を多少編集するも、ほぼ原文のまま掲載します。


拝啓 SSさま

こんばんは。ひさしぶりにメールを差し上げます、有馬フレンズのテッシーことTです。
以前スコアブックの集計ソフトExcelの件でメールをやりとりさせて頂きました者ですが、ご記憶でしょうか?

今日またメールしましたのは、震災以来ずっと心配で気になっていたのですが、Sさんのほうはいかがですか?
震災後しばらくはこんな人ごとのようなメールを差し上げるのはかえって失礼かと思い、逡巡しておりました。
今は少年野球どころではない状況かとお察しし、被災地の方々の気持ちを思うと、少なからず心を痛めております。

私も東北人の一人としてまた日本人のひとりとして何か出来ることはないかと考え、私のチームが所属する川崎市宮前区少年野球連盟に震災の募金を呼びかけ、お金を送るよりも、大好きな野球をすることが出来なくなった東北の子どもたちに、野球道具を送りたいと提案したところ、ある役員が小生ブログも見て意気に感じ速攻動いてくれて会長への直訴、瞬時にOKが出て、その日のうちに震災復興支援プロジェクトが発足しました。
もちろん今送るのは時期尚早というもので、実現させるのはインフラが整いグランドなどの使用が可能になった復興の時期をみはからうことになってます。
果たしてどれだけ募金が集まり野球道具がどれだけ購入出来るかは全くの未知数なので、大きなことは言えないのですが、うちの連盟が岩手・宮城・福島のしかるべき各野球連盟組織に連絡を取り、実現させる予定です。

微力ながら、子どもたちの笑顔と野球の快音が被災地に戻ることを願っております。
                                 敬具

追伸。
うちのチームOBの子が宮城の高校へ進学することは以前のメールに書きました。
今はまだ避難所になっており、インフラが整い次第入学となっているようです。
中学卒業してもまだ高校生になれずにこちらで待機状態です。

Sさんの被災状況もわからずに一方的にメールしてますことをお赦し下さい。
比較的被害の少ない仙台市とはいえ、もし、深刻な状況でしたらこのメールは無視して下さり、ご返事なくても構いませんのでお気になさらずに。
ブログにも載せましたが、「がんばれ東北」のマークを添付させていただきます。
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2011年4月24日日曜日

惜敗と完敗

西有馬小の毎年恒例の花壇の花。桜もソメイヨシノとは樹種の違うものが咲いて今が満開。なんだかとっても春なんである。

二つの大会の試合が重なり、今日は久しぶりのダブルヘッダーである。
関団連の2回戦は地元宮前の「大蔵省」ならぬ「犬蔵小」へ。対戦は藤沢の富士見台ブルーベアーズ。エースは中学生級の長身の子だ。
初回表、ランナーを溜めたところでタイムリーを打たれ4点を失う。
その裏フレンズの攻撃。相手投手の制球難...というより四死球の連続で内野安打1本のみで6点を返した。6:4の逆転だ。
2,3,4回で相手に四球や連打でコキザミに点を入れられ、6:9と逆転される。しかし、このところの我がチーム、打撃は悪くない。4回裏の攻撃でTaguchi&Nabeの得意の初球ヒッティング、二人ともセンターオーバーの二塁打を放ち、投球たった2球で1点を取り、死球とエラーがらみで合計4点、10:9と再逆転に成功!
今年のチームは打つ方はいい感じだ....と思ったのも束の間、最終回の5回表に更に逆転を喫してしまい、結果10:14で惜敗。
ベストプレイヤー賞は、あわやホームランかという大飛球のタイムリー2ベースヒットを放ち、また、Otoが帽子のままネクストバッターサークルに入っていた時、「Oto、ヘルメ忘れてんぞ」と冷静にその天然ぶりを指摘した主将Nabeにあげよう。

さてさて忙しい。今度は村山杯3回戦、対長沢ドングリーズ戦のため第一公園へ急行する。
初回裏相手の攻撃で4失点、すぐ2回表でうちも4得点。更に1失点するもまた1得点の追いつ追われつのゲーム展開。がしかし、後半は息切れ。エースOtoを投入し前半は二つの四球だったのが後半5回には4つを与えてしまった。チーム全体にも覇気がない。小学生にダブルヘッダーはきついのは承知の上だが、強いチームはそれでも芯が太く負けないのだけれど、うちはまだまだだ。最もダブルヘッダーで試合が出来ること自体幸せということか。
それにしてもドングリーズは「打って走って」の野球を体現していた。初球から必ず走って来るし2盗3盗が当たり前。走るのがわかっていても阻止出来ないうちも悪いが、スコアブックに「S」マークを所狭しと記入されているドングリーズもあっぱれであった。12:5で完敗である。先週のブルアロ戦勝利が夢のようだ。
こちらのベストプレイヤーは負けても2名選出。
身体が小さく非力なのでどうしても球威に負けて前へボールを飛ばせないShouya。しかしこの試合では気力でフルスイングした打球はレフト前へ落ちる安打が二本。2打数2安打、同点タイムリー2ベースも放ったShouyaに決まり。
また、センター返しの2本のヒットを打ち3の2のKatsuにもあげよう。

次は防犯大会だ。
打撃はそこそこ打てるようになっているぞ。自信を持って前に進もう。
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学生諸君、頑張れよ!

「今晩一杯やろうか」
「今日あたり一杯どうよ」
筆者は自分から周りに声をかけて飲みに行くタイプではない。ほとんど誘われるタイプなんである。でも昨日ばかりは違った。仕事で蒲田から珍しく直帰コース。帰りの電車路線には友人のUmeちゃんの会社や自宅がある。メールした。
「何してる?忙しい?」 すぐに返信がきた。
「別に」 
彼のメール文章はいつも極端に短い。口が達者で指が太い人はメールを打つのが苦手なのだろうか。でも股間と腹のあいだにベルトを廻してるくらい身体はでっぷりでも、女性にはコマメなのですこぶるモテるんである。昔、クラブなどに行った時、思わずヤツの爪の垢を煎じて水割りに入れて飲もうかと思ったほどだ。気持ち悪いのでやめた。
「これから鵜の木で一杯やろっか?」 すぐに返信がきた。
「鵜の木じゃなく、緑が丘に来て〜。近くに居酒屋だけど可愛い子がいるうまい店があるからさ。蒲田からなら緑が丘は自由が丘乗り換えで、云々.........」
飲みの話になるととたんに文章量が激増するのも彼らしい。飲みに行くのが大好きな彼の赤ら顔が想像出来た。きっと、死にかけた魚が一粒のフリスクを飲んで生き返ったみたいになったに違いない。

緑が丘と言えば自由が丘のとなり、閑静な高級住宅地である。すぐ近くには大岡山の東京工業大学がある。マサチューセッツ工科大学に匹敵するかどうかはともかく、何しろ勉強の出来る理系学生の巣窟なんである。
Umeちゃんに連れられて入った居酒屋には確かに可愛い子がいた。厨房で料理を作るオーナーの娘さんとのこと。Umeちゃんは住宅リフォーム会社の社長で、規模は小さいながら堅実に稼いでいるので、このへんに一軒家を持っているのも頷けるわけだ。彼とは30年近い付き合いになる。
二人で5,6人が座れるテーブルでだいぶ飲んでかなりいい気分になった頃、大学生8人の団体が来た。我々は隣のテーブルに移動し席を空けてあげた。
これがT工大生の面々であった。しかもかなり優秀な。
筆者は根っからの文系で酒と煙草と活字を食べて生きているようなもの。セブン、イレブン、いい気分。微分、積分、どんな気分。サイン・コサイン・タンジェント...ってどんだけ韻を踏めば気が済むのってくらいに、理数系が苦手なんである。隣で飲み始めた8人は学生の飲み会にありがちな、バカ騒ぎするでもなく静かに楽しそうに盛り上がっていた。
ここからが急展開。我々オヤジ二人のテーブルにUmeの奥方さまがやって来たんである。元モデルでスタイル抜群の美人女性と再婚したというのは知っていたが、その奥さんと会うのは今日が初めて。
「初めましてTと申します。今日はあまり僕を酔わせないほうがいいですよ。奥さんの知らないUmeちゃんの過去の遍歴を、酔った勢いでしゃべっちゃうかもしれないですから」 奥さんが言った。
「男はビョーキよね。いくつになってもこればかりは治らないから、しょうがないよね」
この奥さん、デキルやつだなと思った。同時に超教育熱心ママでもあった。
彼女には中3の娘さんがいるらしい。東大生の家庭教師をつけているのだが、娘さんは英語はペラペラでも理数系がとんと苦手なんだそうだ。そこでT工業大生のカテキョを探していたらしい。ほどなく奥さんが隣の8人への猛攻撃が開始された。そのやり取りを聞いていてわかったのは、彼ら8人はほとんど大学院生で、一番年下が現役4年生、最年長は31歳、工学博士で助教をやり結婚もしているF君。どおりで一番落ち着いていると思った。中の一人は今日会社就職の内定をもらったばかりだという。一人だけネクタイをしていたのでなるほど得心した。
院生どうしのネットワークがあるので、家庭教師をやりたいヤツはすぐに見つかりますよという、彼らの言葉を無視した奥さんの絨毯爆撃で生き残り、一人白旗を振ったのがネクタイの彼だった。すぐに携帯のデータを交換し契約成立。娘はメチャ可愛いし、時給はいいし、晩飯付きの「家庭教師バイト豪華3点セット」でまんざらでもないニコニコ顔のネクタイ君であった。

大袈裟に言えばこれからの日本を支えていく最前線で、活躍を期待されている彼らだ。筆者の息子と変わらない年齢でもある。うちの会社にも26歳で子どもがいて、毎日安月給で徹夜の現場をこなし、オトナの社会人として頑張っているヤツもいる。反して院生の彼らは年齢のわりに、薩摩の白波は知っていても、世間の荒波というものをまだ知らないで、一種のバリヤに囲まれて生活しているのかなとフト思った。親に感謝しなきゃだね。
本当に頭が良いかどうかは学業で決まるのではない、というのが筆者の持論。
「学業が優秀」なのと「頭が良い」のは紙一重で違うからだ。
彼らが社会に出た時に初めてその真価を問われると思う。
好感の持てる若い学生との会話でセブンイレブンいい気分になった筆者は、最後に彼らと盛大に乾杯をして「頑張れよ」とエールを送り、やっと電車で帰路についたのであった。
写真はブログ掲載を了承してもらって携帯で撮ったもの。
「立派じゃなくていいから良いオトナになって欲しい...頑張れよ」
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2011年4月20日水曜日

No.17

TVでライオンのCM。ふっと思い出したので、忘れないうちに書き留めておこう。
これはいわゆる都市伝説なのか、本当の話なのかは筆者には知る術もないけれど、おそらく後者であろうと思う。歯磨きで有名な「ライオン」というメーカー。このロゴを新しく作ったのはもう何年前になるんだろうか。「LION」

大手企業は社名ロゴを作ると商標登録する。悪徳企業に類似ロゴを作ってまがい物を売られたんでは大きなダメージを被るからだ。このLIONもロゴを一新した際に商標登録した。ここまでは普通の話...。ところがである。ライオンは同時にもうひとつ登録した。「LION」のほかに、「No17」なんである。
知ってる人もいるかもしれない。「LION」を逆さまに見るとNO17なのだった。
見方や考え方、目線の高さ・角度を変えてみると意外な発見があるものだ。
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歯医者復活戦

先日このブログでも紹介した熊本のブロガーhiratakuwaさん。彼が我が家にお泊まりした翌朝、大爆笑しちゃったクダリは小生の「歯」抜けのマヌケ顔。100年の恋も冷めるとはこのこと。自分でも鏡を見て笑ってしまうくらいだ。世界中の火山が爆発して溶岩を頭からかぶってしまった時のように。

七転八倒で一念発起。本日恵比寿の歯科医に行って来た。
ここは10数年通っている行きつけの馴染みの「歯医者」。縄のれんは下がってないけれど。新しい歯医者を開拓することほど勇気のいることはない。コレがいいと決めたらどっぷり浸かってしまう性格もあり、歯がおかしくなると、この「我がココロのふる里恵比寿」に行っちゃうのである。
持論ではあるけれど、医療機関で外科・内科・小児科・循環器科・産婦人科・泌尿器科・精神科....あまたある中で、歯科医で働く女性の「当たり」の確率はダントツだと思う。
今ニンマリしている男も多いはずですよね(^^)歯が弱いのはほとんど遺伝だと思い諦めている小生は、過去にいくつもの歯科医を渡り歩いてきたので、ここ恵比寿の「信頼性」「高スキル」「接客態度」そして「歯科助手の当たり度」は納得のいくもの。
一時間かかって義歯のメンテナンスと抜け落ちた歯の修復が完了。
次回はぐらんぐらんの奥歯を抜歯予定。歯の痛みは歯医者に行くか死ななきゃ治らない、というのは昔からの格言。全くもって言い得て妙である。あの痛みと不愉快感に比べたら、麻酔注射の恐怖も快感とおもえるほど。ん、俺ってMなのかな。
この恵比寿の歯医者に行くのは2年ぶり。歯医者通いが復活、恐怖との戦いが始まるわけで。
でもって、「歯医者復活戦」......座布団3枚もらえますか?(^^)

2011年4月19日火曜日

ウグイス嬢の声

昨日はこの下のブログを書いたあと飲み会へ突入。一次会、二次会、三次会。家に帰って時計を見れば、三次会なのにもう2時かい?ええい、時計なんかほっとけい。
というわけで本日は終日強烈な睡魔に襲われて参りました。土曜も午前様だったからね。土日48時間中、15時間は飲んでいた計算になる。おかげで財布は羽毛布団のように軽くなり、頭は鉛を詰め込んだように重くなる。

それはさておき、土曜のグランドへ行くいつもの曲がり道にカーブミラーがある。ふと見ていたら有馬小学校校門の散り行く桜がすっぽりと収まっていた。

この校門の近くには私有地だけれど雑木林があり、ファウルボールの軟球が飛び込むことがまれにある。ここまでの大飛球を打てれば喜ばしく頼もしいから、ボールの行方が分らなくなってもOKさ。この雑木林の木を見ていたら、一個のボールがすっぽり枝にハマっていた。どうしても足元の地面ばかり探すからさすがに見つけられなかったようだ。

またこの一帯には毎年春になるとウグイスが頻繁にやってきては、例の「ホーホケキョ」の鳴き声を披露してくれる。その度に「ウグイス」本人を探しに雑木林に足を踏み入れるのだけど、彼女の姿を見たことは一度もない。半径5メートル圏内に絶対いるのは確かなのに、どんなに目をこらしても姿を見せてはくれないのだ。野球場の「ウグイス嬢」の声は魅惑的である。あの綺麗な声を聞くとどんな美人なんだろうとちょっと会ってみたくなるわけで。ここの雑木林の本物の「ウグイス嬢」にも是非お会いしたいなと思っている。
因にDocomoの携帯のあのちょっと艶(ツヤ)のある声...「こちらはNTTドコモです。お客様のおかけになった電話は、現在電波の届かない....」あの女性に会ってみたいと思った男は私だけだろうか?私の見立てによると推定年齢36歳から43歳くらいの、きっと綺麗な...綺麗であって欲しい....女性に違いない。

初めてNikonP100で撮った動画を載せちゃう。画像は荒れているしもちろんウグイスも見えてないけれど、動画の終盤で「ホーホケキョ」の見事な鳴き声が聞けるはず。
video
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2011年4月17日日曜日

価値ある勝利

勝ちある勝利。いや、価値ある勝利!
本日村山実杯2回戦。対戦相手は強豪南野川ブルーアローズ。どんだけ強豪かは宮前関係者ならよく知っているはず。昨年の冠を根こそぎかっさらったチームである。ただし今年は去年ほどじゃないと聞く。とは言えしっかりした野球は相変わらずのDNAが生きている素晴らしいチームだ。
初回ブルアロの攻撃。安打・四球・犠打・四球・安打でいきなりの3失点。
普段ならここで暗いムード、意気消沈の声が出ないパターン。
しか〜しである。
その裏フレンズの反撃、四死球と失策、Otoのセンターオーバータイムリ−ツーベース、更に四球がらみで打者一巡一挙に5点の大逆転!初回に追いつき逆転まで行ったのが大きかった。
その後ブルアロも小刻みに加点するも、うちも負けてはいない。安打・四死球・犠打やOtoの二打席連続タイムリーセンターオーバーで得点を重ね、終わってみれば8:5の快勝であった。
ベストプレイヤー賞はもちろんOto。投手としては四球5個あったけれども連発はしていないのが良かった。完投勝利のアッパレ投球内容。
格下相手に勝って勝ちグセを付けることもいいが、こういう強豪チームに勝つことで子どもたちに大きな自信となってくれれば、この勝ちはとても価値ある勝利だ。
ん、そろそろ祝勝会のお誘いのメールが来る頃だが遅いなあ。
祝勝会も縮小かい?
...おっとちょうどメールが来きたきた。
では滅多にない貴重な○○会へ行ってきます(^^)/


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2011年4月15日金曜日

球人20面相

今年20周年を迎える宮前区少年野球連盟に所属するチームは20球団。お酒と煙草は二十歳から。連盟もやっと大人の仲間入りであろうか。もっとも連盟内の一番の古株「野川レッドパワーズ」さんはSINCE1967。もう44歳である。古豪と呼ばれるにふさわしい。....整いました!突然のなぞかけが降ってわいた。
「ふさわしい」と掛けて「国際オリンピック委員会」と解く。
そのココロは?
「ふさわしい」は漢字で書くと「相応しい」。これをバラバラに別の読み方をすると「相(あい)応(おう)しい」=「あいおーしー」=「IOC」...じゃんじゃん。
複雑すぎてなぞかけでもなんでもないわな(^^)

おっと閑話休題。もとい。
記念誌プロジェクトの成り行きで、連盟所属チームのロゴ20個を扱うことになりこれを一堂に会してA4サイズにまとめてみた。全チームをまとめてみようと思ったのは、以前このブログで(2010年1月)大リーグ全チームのロゴをかき集めたことがあったから。
メジャー30のロゴマーク

でもって大リーグとは比べようもないけど、うちの連盟チームロゴ。デザインは大きく分けて2つのパターンに分類される。イニシャルだけでシンボルマークとする派と、フルネームでロゴデザインとする派である。規模は赤ん坊とガリバーくらい差があるけど、チームロゴとしてはさほどの差はないぞ。ただやはり日本のものはプロ球団も含めてどこかしらアメリカを模倣してるわけで。
我が有馬フレンズのロゴは筆者が親コーチだった頃作ったもの。今でこそパソコンで素人でも作れるようになったけれど、当時は手書きで作ったんである。定規・ロットリング・ポスカラ、そして極細筆。その手書きで描いたロゴ。数年後これをスキャンしてパソコンで色をつけたんである。
パソコン全盛と言うにはあまりに全盛すぎてすでに死語となりつつある現在。
パソコンで何かを作る今でも、あの当時のアナログ手書きの感覚が脈々とデジタル世界でも生きている。
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2011年4月14日木曜日

春なのに...

今朝、地下鉄神保町駅を出て、桜咲く春爛漫の暖かな陽光射す舗道を歩きながら、季節に反比例するかのようにちょっと暗い気分で重い足取り。すると突然後ろから...
「コンコンコン、お一人ですか?」
と妙齢の女性から声をかけられた。」
....一瞬、ヌナッ、ムムム、ホニョロロロ!?と思ったけれど、実は出社途中の部下の女性だった(^^)会社勤めの男ならこんなシーンはいくつも経験あるはず。
彼女がにっこり微笑み、
「T・Buさん、なんか背中にどっさり哀愁ただよってましたよお。」
「えっ、そうかあ?」
「ええ、背中に何行も文字が書かれてましたから」
..........
確かに自分はポケットに片手をつっこみ下を向き、ひとり歩きながらナーバスになっていたんである。こういう時って背中を見ただけでわかる人にはわかるんだろうね。
背負っているものの大きさと、現実とのギャップ。
その谷間を埋めることの出来ないもどかしさ....。
ちょっと彼女の笑顔に救われた気分の今朝の出来事。

2011年4月13日水曜日

少年野球部員募集ポスター

今までこのブログ右にあった「野球部員募集ポスター」は、今年の2月ころ去年のポスターをベースに事情があって急遽即席で作ったもの。怖れ多くも世界のイチローと6年生主将Hirotoとを並べてほとんど成り行きでとっさに制作。ちゃんとしたものを作らネバダと思いつつ、時の過ぎ行くままに、今はもう誰も、あの日に帰りたい、光陰矢の如し、幾星霜、蛍の光、蛍雪時代...なんである。
そろそろ作らネバダと思いつつも、去年と違い自由時間がなかなかとれない身となり、連盟記念誌の仕事も重なり、更に東日本大震災が起きてそんな気分にはなれなくなり...そんな「なりなり」が重なり今日まで捨て置いていたわけである。
やらねばならない仕事を抱えつつも出来ずにいる時、第三者から「アレまだ出来てないの?」と言われることほどつらいものはないわけで。先日ついに母たちから言われてしまったんである。「Tさん、そろそろ...」
臥薪嘗胆・七転八起・起死回生・輪廻転生の気分で今日やっと完成。
といってもやはり去年のをベースに新メンバーの写真をアレンジしただけど。
小学校で配ってもらえるので、作り手としても少なからず気合いが入る。募集チラシを見て入部してくることはまれにしかないけど(?)それでも子どもたちや親の中で、こんな野球チームが地元にあるんだということを知ってもらえるだけでも、価値はあると思って作った。

このブログは「少年野球 募集ポスター」や「少年野球 スコアブック」や「少年野球 チームロゴ」などの検索ワードで上位にヒットし、見にきていただくことが多いようだ。右の「2011年部員募集ポスター」の写真をクリックすると、もっと大きな画像に飛びます。(Picasaウェブアルバム)良かったら貴チームのご参考までにどうぞ(^^)
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2011年4月10日日曜日

サクラづくし

今年は遅めに、しかも心無しか控えめに桜が咲いた。満開である。まるで桜も震災にちょっと気を遣っているかのようだ。

金曜日夜は、熊本のブロガーhiratakuwaさんと会う予定があった。
(hiratakuwaさんのブログ(我が家へ泊まった思い出)=1969/04/09に生まれて)
夕方仕事で日本橋へ行き直帰コース。会社のホワイトボードに「NR」(=直帰)と書く時ほどココロときめくことはない。hiratakuwaさんへの誕生日プレゼントは日本橋丸善で購入。相当コアな人でなければ知らないと思うけど、買ったのは別役実の「道具づくし」という本。「〜づくし」というシリーズが何冊も出ていて、一度ハマったら抜けれなくなること請け合います。この本の面白さ・凄さは読まなければわからない。筆者のこのブログ文章も別役さんのような文章が書けたらいいのになといつも思ってるほどだ。
日本橋(地名ではなく実際の橋)の川をはさんであっちとこっちには小さな桜の木が1本ずつ凛と存在していた。日本橋のたもとに桜というのがなぜかとても良く似合う。「東京からどこどこまで何Km」という時に、東京のどこからなの?と思った方は多いと思うけれど、この日本橋を基点に換算するという事実を知ってる方はもっと多い....はず。
携帯カメラでサクラその1

今日は午後から西有馬小で練習。選挙投票で隣の有馬中へ行った帰りに、中学校から桜の花越しに2カット。久々にYanagisakiコーチが来てくれて、その子息高一のフレンズOBのKazuも参戦。現役選手たちに大人が振っても重いマスコットバットで素振りを披露。軽々と振って音をブンブン鳴らしてみせる。Kazuも逞しくなったなあ(^^)早くかの地へ行って大好きな野球が出来ることを切に願う。
サクラその2

その昔はよくこの桜の木の下で花見をやったものだ。まだ校庭解放が大らかな時。あれからずいぶん時代の趨勢と共に、学校敷地内での禁酒禁煙が進み、今ではこの桜も煙草の煙にむせることもなくなっただろう。でも筆者、この桜の下で花見をするのが大好きだった。
有馬フレンズ幼稚園部・取締役安全保安本部兼企業コンプライアンス遵守本部長Kanedaコーチと将来の女子エースピッチャー候補Cocoちゃんのお散歩シーン。
サクラその3
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遠方より友来るあり

熊本の少年野球ブロガー、hiratakuwaさんがやって来た。
1969/04/09に生まれて(彼のブログ)

そもそもの知り合えたきっかけは、2009年に書いた東京ドームのパロディー写真の記事にhiratakuwaさんが反応してくれたのが始まり。
野球福笑いと間違い探し

それからお互いのブログを見るようになり、コメントやメールをしあったり、電話でもいちど話したり...。でも会ったことはない。
一度も会ったことのない男がいきなりうちに泊まりに来たんである。
これは楽しまねば損である。
鷺沼駅前で待ち合わせ。握手をした。旧知の友人と3年ぶりに会った時のような気持ちで初対面のような気がしない。もしこれが女性ならば相当ドキドキしたはずだけど。
駅前の居酒屋で大いに呑んだ。途中同じ熊本出身のコーチNishiharaさんも合流し更に盛り上がる。勢いに乗って2次会は女性のいるパブへ突入。熊本の奥さんや地元チーム関係の数人とも電話で話をしたり。とにかく楽しかった。
3人はタクシーで我が家へ乱入、帰宅。
深夜、また宴会で盛り上がる。配偶者もすぐに空気に馴染みノリノリ。うちの奥さんは元々こういうタイプのオヤジが好きなことは知っていたから、安心して連れてこれた。

この人はいったいどういうヒトなんだろうか?
●朴訥で自分に正直(初めてこの世に生を受けた赤ん坊のように)
●家族愛に満ちている(帝政ロシアの田舎の農夫のように)
●一見してそうはみえないのに(^^)頭脳明晰。世の中のヨシナシゴトの本質を理解している。(冬の渡り鳥が空高く日本を俯瞰、時に睥睨(へいげい)するように)
●人生経験の数と深さが突出している(レイダース/失われたアークのインディ・ジョーンズのように)
●パワフルでエネルギッシュなのに、それを周囲に感じさせない。(徹夜で仕事を完遂した翌朝、部下の女子社員に爽やかにおはよう!と言ってのける男のように)

そして一番の人徳は、誰をも警戒心を抱かせることなく、hiratakuwaワールドに自然に取り込んでしまうことだ。たぶん本人は意識していないに違いない。だからいい。本人が取り込んでしまうのではなく、周囲が取り込まれてしまうのだろうと思う。

翌朝もマイペース。
仕事部屋でパソコンを一緒に見ていて、去年の11月以来プリンタの上に置いてあった小生の抜け落ちた1本の歯を見ては、呼吸困難になるほど笑いころげ、よろばいながらリビングへ這いつくばって行った。小生が誕生日プレゼントで贈った本のサワリを読んでは、ソファから転落するほど笑い転げた。
昼過ぎ仕事がらみで浦安の震災の影響による液状化現象の視察のため家を辞去。

俺、このオヤジ大好きです(^^)
hiratakuwaさん、また呑もうね。

2011年4月7日木曜日

青・黄・赤

これはいったい何の画像でしょうか?

よくよく見ればわかるかな?よくよく見てもわからないかも。
昨日友人と呑んで家路につく帰り道。交差点を渡りつつ周りを見れば深夜なので、車も人もいない。信号の真下に来たときにフト真上を見上げたら、なんだか写真に撮りたくなった。こんなアングルで信号機を見ることってなかなかないと思ったから。

日常の中の非日常。
科学的に分析したら簡単な現象なのだろうけど、青信号だけが点灯しているのに何故か黄色信号の光もキャッチ。しかも青とズレながら。青から黄色に移る瞬間撮ったのならば多少は理解出来るけれど。撮影後も青のままだったし。なのになぜ黄色信号の黄色い光が写っているんだろうか?

信号機については想い出がある。
皆さんは信号機の取替作業を見たことがあるだろうか?
数年前から電球による信号をLED照明によるものに替えて来た。明るい日差しでもクッキリ見える、メンテナンスフリーで10年間は球切れがない、イニシャルコストはかかるけど、ランニングコストは安い....などの理由で。
小生が恵比寿に事務所を持っていたころ。
昼メシ後に交差点で信号待ちしていたら、新しいLED信号機に交換する作業に出くわした。小一時間ほどじっと観察しちゃった。
電柱がある。既存のアームがあってその先に信号本体がある。
新しいLED信号機のアームを電柱の既存のその上に取付ける。
つまり一本の電柱に新旧2本の信号のアームが設置されてるわけだ。
いよいよ切り替え。古い信号は赤を点灯し、新しい信号はまだ真っ暗。
古いほうが青になる瞬間、新しい信号を青に点灯。同時に古いそれを真っ暗にOFF。この職人芸を見て感動しちゃったわけである。
真昼に.....

今このブログを書いている途中で、宮城沖でまた余震。震度6強。
ここもかなり揺れたけれど、東北の被災地の人たちのことを思うと胸が締めつけられる。
真昼に.....のあとは急に書く気が失せてしまった。能天気にこんなブログを書いている自分が恥ずかしく、被災地の方たちに申し訳ない気持ち。
でも明日も生きていかなければならない。被災地も、日本も、自分も。
「上を向いて歩こう」

2011年4月6日水曜日

2×4=?

意味深なタイトルではある。2×4(ニィーカケルヨン)とは何ぞや?ってね。少なくともコンパネ・ツーバイフォー建築のことではない。

最近小生のまわりに新旧とりまぜ、「西」のつく名字の人が激増している。
カリスマブロガー仲間の、小生の尊敬する「西」さん。
宮前少年野球連盟の陰の実力者であり功労者「西村」さん。
更に我がチームは子どもの数が20人前後であるにもかかわらず、チーム内の大人には、「西」「西原」「西川」「西中」がひしめき合っているんである。
会社の隣の席は「西沢」、旧知の仕事関係を顧みれば「西岡」もいた。
これは偶然だろうけど、出身地は東京から見ればほとんどが四国や九州の「西」方面の面々。高知・福岡・大分・熊本・鹿児島などだ。
上記の「西」さんを数えてみれば、ちょうど8人。
....
ワカリマスカ?
2×4=8
「ニシガハチ」=「西が8」
ジャンジャン。お後がよろしいようで。
...そうでもないか(^^)

2011年4月5日火曜日

野球小憎に効く特効薬

昨日は不覚にも居眠りこいてしまい、試合のブログは書けなかった。気分を変えて関東団地野球大会。略して関団連。東京神奈川千葉埼玉の少年野球チームがしのぎを削る大会。昔は千葉マリンスタジアムで開会式、試合もやったことがある。地元宮前の隣どうしのチームの対戦なのに、わざわざ藤沢の小学校まで行って試合を組むのはいかがなものか...なんてこともあったりして。

昨日の初戦も藤沢にて相手は善行リトルスターズさんだ。4番サードの子は中学生か?と思うほどの立派な体格。県大会あたりになると、大人の審判より背の高い小学生がゾロゾロいる。フレンズ黄金期に県大会常連だったころはよく目にしたものだ。
結果は12:2の滅多にないコールド勝ち。但し土曜のゲームと同じく相手ミスによる得点も多かった。でも長打もポンポン飛び出してそれなりの試合ではあったように思う。
打者一巡し10人の攻撃。ひとつ目のアウトは4番のNabe。これが内野ゴロで走者生還し打点1。なんと3回まですべて共通して全く同じこのパターン。Nabeはノーヒットで3打点を稼いだわけだ。4番としての最低限の仕事をした...と言えるかどうかは別として(^^)
ベストプレイヤー賞はKatsuとOtoのふたり。Katsuはグランドルールの助けもあったけれど、バットを思い切り振り切ったぶん左中間を破る長打の三塁打を放った。
いつも明るいムードメーカーのエースOto。昨晩からの体調不良、試合直前まで車の中で寝ていた。その横で小生がメンバー表を作成...困ったな。これでは先発で使えないかもだ。
「おい、Oto、大丈夫か?時間ギリまでメンバー表記入しないで、もしダメなら監督に言ってベンチスタートに変えてもらおうか?」
その言葉を聞いたとたん...ガバリと飛び起きて、
「大丈夫です!行きます!」
意外とナーバスな彼はいつもの笑顔を無理に作り、すたこらグランドへ。
結果は相手打線を2点に抑え、打っては二塁打を放つ活躍。
好きな野球ができることが、野球少年にとっては特効薬なのだろう。
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2011年4月4日月曜日

俺たちも元気をだして

今日は関団連大会初戦。毎度のことながら藤沢方面への遠征だ。
有馬へ帰還後、いったんは自宅へ帰ったものの、オヤジどもで飲み会をやろうとなりズブズブと呑んでしまった。それでも家に帰ってから鋭意ブログを書こうとMacの起動ボタンに手をかけ、デスクトップを眺めているうちに不本意ながら睡魔に脳を浸食されズブズブと奈落の底へ沈没。
今やっと蘇生したものの、いまだ半分は奈落から足を引っ張る奴がいる。
初志貫徹できずに試合のほうは別の機会に譲るとして、飲み会の写真を掲載。低学年の若いお父さんたちがたくさん参加してくれたことが嬉しいことこの上なし。
まだまだ世情は自粛ムードであり、こんな飲み会にも眉をひそめる向きもあろうと思う。でもそろそろ我々も明るく元気にならないと、いつまでも活気を取り戻すことも出来まい、と思う。そんなふたつの思いの狭間で揺れながら、あえてオヤジたちの元気な写真を。
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2011年4月3日日曜日

野球ができる喜び

宮前連盟専用募金箱を作ったハナシは書いた。これを然るべき場所、然るべき担当者へ渡したいのだけれど、自分にはアシがない。その時の記念誌連絡網のやりとりを大公開...したいのだけれど、長文だし削除・編集が結構たいへんだ。で、ダイジェスト版。小生が「車を持ってないのでいっそ、ヘリをチャーターし募金箱を空輸しようか」と書けば編集長から「車でとりに行くからそのかわりチャーター代を募金してくれ」と返され、Saitoh本部長からは「明日フレンズのグランドへ我が家の愛車ジープチェロキーでとりに行くよ」....となった。
今日昼頃、颯爽とNishimura編集局長とSaitoh営業本部長おんみずから宮前区の端っこ我が有馬村へ登場。ご自慢のJeepを駆って。車体は純白に塗装されサイズはJeepの半分、ハマーの1/100くらいにコンパクトに改造チューンナップされていた。白地のボディーには「越の寒梅」「八海山」「魔王」などの高級ブランドのロゴが所狭しと描かれとても素敵な車だった。帰りしな、ハマーには絶対出来ないであろうたった5秒間での軽快な切り返しの華麗な運転テクニックを披露し、募金箱二つを胸に抱え二人は去って行った。

午後は一時は震災による中止も検討された「村山杯」初戦。
15:6で勝ったけれど両チームの投手の四球の多いこと多いこと。これを如実に語る記録をひとつ。うちの先発が6者連続フォアボールを出せば、その子の攻撃時の打席の記録は4打席全部四球である。どっちもどっち。大量点のゲームには付きもののエラーがほとんどなかったこともありちょっと不思議な試合であった。
ベストプレイヤー賞はTaguchi選手。4打数3安打3打点。高めの見逃せば明らかにボールの球を打つとドンピシャリの長打になる、荒削りではあるけれど試合ではいいところを見せる6年生。入部当初はジコチュー、勝手な振る舞いで周囲を困らせたが、負けず嫌いで心がピュアの裏返しだったのだろう。今や打席に立つと何かを期待させるバッターの一人になった。

まだ遅くない。みんなも頑張れ。被災地で好きな野球が出来ない子どもたちのぶんまで。
この子たちに、好きな野球が出来ることの幸せをわからしめるのは、自分たち大人の義務・使命ではないだろうか。
何故か?
この子たちがこれからの日本、世界を担っていくことになるからだ。
そんな世代に「人の心の痛みがわかる」ことを教え説くことは、今募金すること以外に、親や大人が出来ることのひとつではないだろうか。
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2011年4月1日金曜日

募金箱

完成!...連盟用設置の募金箱。
中学の頃「技術」の成績は5段階評価で常に5だった。モノ作りは大好きなんである。
さて製作過程深夜の1日目。とりあえず箱に穴を穿(うが)った。

2日目。箱を組み立ててアロンアルファで、ツンドラの永久凍土のごとく接着固定。更に看板を光沢紙に出力する。

3日目。出力紙を塩ビプレートに接着。箱の上と正面に長年連れ添った老夫婦のごとくがっちり接着固定。下面で開閉出来るようにマジックテープでカティングマットを仮固定。取外し可能。倦怠期を迎えた3年目の夫婦のごとく。

完成です。

宮前少年野球のメッカ、第一公園と第四公園にふたつ設置予定。
名実共にまさに公園デビューはもうすぐ。
高校時代の体育の必修は柔道だった。桜木健一の鬼車を日夜特訓し、マスターしようとしていたおバカな筆者です。
因に小学校の頃は、飛雄馬の大リーグ養成ギブスを本気で作ろうとした私です。
更に高校の体育授業でのバレーの試合で、稲妻サーブをかまして見事決めちゃった小生です(^^)サインはV。
「X攻撃」はさすがに出来なかった。
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