2015年5月13日水曜日

笑顔の向こうの遠い記憶

昨日の村山杯優勝の軌跡のブログにひとつ掲載し損ねたものがある。データがPDFではこの「Blogger」サイトではダメなんである。よって拡張子をjpgに変換してやっと載せちゃうのである。連盟HP、WEB担当のNishimuraさんの仕事であるところのトーナメント表だ。毎週お疲れさま。みなさん是非連盟HPをご覧いただきたい。「HPを見てくれている人がいる」と認識出来ることで次回の仕事への意欲が湧いてくるのは、ブロガー同様WEB管理者とて同じなんである。
※画像は連盟HPから出典。

さて村山杯の直後はかなり時期遅れのグリーンカップ決勝であった。さっくり行こう。対戦はお隣チームの有馬子ども会野球部。
試合前にシートノックを担当したのは、28番Ohshiro、Ruiのオヤジだ。いや、オヤジと言っては失礼か、立派にベンチスタッフとして陰になり日向になり活躍しているんであった。
カメラで撮ったものをその日のうちにフレンズLINEにアップ。筆者がもし女ならこの男に口説かれたらほいほいどこにでもついて行ったかもしれないくらい、なかなかのイイ男なんである。するとどうだろう。奥様方から「カッコイイ」「素敵〜」「輝いてる〜」「マジっすか」「惚れてまうやろー」と、称賛の嵐、あげくの果てにOhshiro夫人のんちゃんからは「改めてダンナに惚れ直しました♡♡」とのコメントが...........
......あったかどうかは読者諸兄のご想像にお任せしたい。(^-^)

先発はエースRui。有馬子ども会はKobayashiくんだ。相手チームに女子がいるとすぐQueens広報部長の職責に目覚める私なんである。大声を出してセカンドを健気に守るはQのHonamiであった。アリコナインの声は決してFに負けていなかった。

試合内容は割愛したい。グリーンカップという準公式戦ということもあるけれど。スコアラーだったので写真もないし。結果は13:0、4回コールドであった。Fは1番から7番まで全て安打を記録、8,9番も得点をし勝利に貢献、全員で勝ちとった優勝であった。守りではわずかHashimotoくんの1安打に抑えた。準公式とはいえ今季連日の2冠達成なんであった。


試合後は練習だ。
思うにどのチームでも卒団したOBが中学高校、または大学に行っても尚、母体チームに気軽に遊びに来てくれるのは嬉しいものだ。OBが来てくれるチームに悪いチームは絶対ないと思う。
我々コーチが「おまえは入部したころは砂遊びばっかしてたのになあ」と言うのは、もはやOBを迎えたコーチの慣用句となっている。大人になった姿をみてそのギャップがまた楽しいものなのだ。
今日はすでにフレンズコーチとして毎週来てくれているShohtaに加えて、中学生のBenやHiro、更にOBのTakaとKazuの兄弟が来てくれた。かつては9年間3人の息子娘と共にチームに多大な貢献をしフレンズの屋台骨をしっかり支えてくれたYanagisaki夫妻の子どもたちである。現在兄貴は社会人、弟は大学生。かつては立花学園と宮城気仙沼東陵で高校野球をやってきた。
キャッチャー出身の代表に言われてキャッチャーだったKazuが、Fの現役キャッチャーYuiにアドバイスを送る。Takaはクールな表情で目を細めて現役選手たちを見守り、代表と歓談する。ふたりとも実に好青年になったものだ。

今、ふいに記憶が蘇った。

あれはTakaが3,4年生だった頃か。その日は厳冬の中冷たい雨で有馬小の体育館を借りてのサーキットトレーニングだった。途中少し遊びを取り入れた練習にしようと、子どもたちを2組に分けてのバスケットボールの紅白試合になった。当時私はまだバリバリに体が言うことを聞いてくれていたので、大人も参加することに。「わあ、Tコーチはこっちだあ〜!」私が片方のチームに入ると子どもたちから歓声が上がり、欣喜雀躍(きんきじゃくやく)したものだ。その中でTakaが飛び跳ねながら屈託のない笑顔で両手を広げ私を迎えてくれた。子どもが卒業しフリーのコーチになって数年目だった頃だろうか。
子どもの笑顔に接したくらいで、いったい俺はどうしたものだろう。訳もなく妙に感動した覚えがある。とても些細なことだけれど少年野球のコーチになって良かったと思えた瞬間なんであった。あの笑顔はその後ますます少年野球に埋没するひとつの契機になったのかもしれない。
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