2016年8月29日月曜日

小説「月に雨降る」21

「と、いうわけで本日のプレゼンは以上になります」
龍一と信介が交互に設計内容を説明し、最後に孝雄が引き取り言った。これに対してクライアントの営業本部長が返した。
「鈴木部長、前回プランと今回のプランでの相違点をポイントだけに絞って簡潔に説明してもらうことは可能でしょうか?」
「ええ、もちろんです。二人の説明は若干分かりにくい専門用語が多かったですかね」
鹿児島的な言い方で営業部長が言った。
「ですです」
鹿児島天文館近くに居酒屋とカフェとアクセサリーショップの複合店舗を新築するため、更地にビルから建てようとする計画があり、建築は地元の大手建設会社で施工、内装設計は東京T&Dの孝雄たちの会社がデザインコンペを経て受注したのだった。クライアントは地元では「不動産王」と呼ばれる飲食店舗やネイルサロン、美容室、物販店舗など、本業の不動産業以外にもいくつも店舗展開している会社だった。オーナーは孝雄とほぼ同年代の二代目社長、高須磨(たかすま)という男だった。高須磨はこの業界のやり手経営者にしては珍しくビジネスでは非常に聡明で時には辛辣な意見や指摘を発言する反面、それ以上に人間的な付き合いを大切にし、何よりも楽しく笑うことが大好きな男で、打合中に下ネタやオヤジギャグで座を湧かしたりするのも得意だった。社員にノルマを課したりトップダウンで雷を落とし従業員を震え上がらせたりするような、いかにもありがちな経営者とは対極にある経営者で、幹部や社員たちからも慕われ信頼されていた。それゆえに経営者と従業員との距離が近く、周囲をイエスマンばかりで囲われた裸の王様的な社長がいる企業のように動脈硬化が起きることもなく、社員が高須磨に向かって素直に進言出来る社風のために血流サラサラの風通しの良い会社であった。
T&Dとはすでに東京と鹿児島で7回ほど打合を重ねてきており、そのたびに夜は酒席を設けて龍一たちをもてなしてくれるほど昵懇(じっこん)の仲になっていた。龍一はもちろんのこと孝雄も信介もこの人間味のある飾らない高須磨という男のいちファンになっていた。この社長の夢を叶えてあげたいと損得抜きに思うまでになった。
プレゼン後高須磨が言った。
「神島さん。この平面図の左側は個室で構成されとるよねえ。右側はオープンな客席になっちょるけど、いっそ全部個室にしたらどげんじゃろか?」
「東京には100%個室だけで構成されてる居酒屋もありそれなりに人気がありますが、ここの場合客席数と減価償却とを鑑みたときに、客単価と回転率から想定してオープンのボックス席も絶対欲しいところです。むしろこのスペースがあるからこそ個室の価値感がアップします。個室ばかりですと客単価の見直しをしなきゃいけないですよ」
なるほどと得心顔の高須磨の表情を見て龍一はニヤリとしてとどめを刺した。
「社長。個室にはあまり固執しないほうが良いかと」
一瞬座が凍りついたかと思ったがそれは龍一の高尚な漢字のダジャレのために、一同理解するのに若干の時間を要したためだった。信介が助け舟を出すように言った。
「うっわ出ましたっ、神島さんのダジャレ」
総勢18名ほどの会議室は一斉に和み、高須磨も破顔一笑、会議室の外へ向かって大声で叫んだ。
「お~い、山田くん。神島さんに座布団三枚持って来て」

予定では午後一からの打合でその日の夜の便で日帰りするという強行軍だったが、飛行機が嵐で大幅に遅れたため夕方からの開始となり、当然鹿児島で一泊することになった。高須磨は今日は予定があると言って運転手付きの深緑色のジャガーで夜の街へ去って行った。龍一たち三人は天文館の繁華街をぶらつきながら、適当な居酒屋で今後の打合を兼ねて遅い晩飯をとった。仕事の話は最初の30分だけであとは男同士の四方山話で盛り上がった。途中龍一の電話に恭子から着信があり、あとでかけ直そうと無視していたら5分後にまたかかってきた。仕方なく出ることにした。
「あっ、もしもし神島です。お久しぶりですね、村井さん」
と言って村井の名前をダシに使って孝雄たちの目をごまかし、指を耳の穴に当てながらいかにも喧噪から逃れる風を装い、席をはずし店の外へ出た。急遽鹿児島で一泊することになったのは孝雄からの報告で知っていた恭子だったが、直接龍一からは連絡は入れてなかった。息子と娘のグループLINEには簡単に事情を説明し、今晩は帰れないことを伝えてあったのだが。
「恭子ごめん、連絡出来なくって」
「もう、心配したんだからね。嵐で大変なことになったって聞いてJALに問い合わせちゃったわよ。それから明日朝の帰りの便を手配したり、孝雄さんに頼まれてパソコンで今晩のホテルを三人分予約したり、それとは逆に渋谷のあの店キャンセルしたり」
「あっ、渋谷か」
「えっ、忘れてたの」
「やっ、忘れちゃいないけどさ」
「うっ、マジですかリュウさん」
龍一と恭子が男と女の関係になって龍一は恭子と呼ぶようになり、恭子もタメぐちで話すようになって龍一のことをリュウさんと呼ぶようになっていた。会社では今までどおり何食わぬ顔で上司と部下で通した。互いに独身なので世を忍ぶことはないのだが、龍一の家庭の事情や恭子との年の差を考えれば、やはり社内では内密にしておきたかった。恭子はむしろオープンにしたかったが、龍一が絶対秘密にしておこうと約束させたのだった。それに二人だけの秘密を共有することは、どこか淫靡な愉しみもあった。その点は恭子も同じだった。
「渋谷のあそこ、今日しか予約取れなかったのに。まあ、東京に戻れなくなったのはリュウさんのせいじゃないけどさ」
「ごめん、渋谷はまた今度。約束するから」
そこは東急電鉄系ホテルの夜景が奇麗な高層階にあるバーで、週に二回ほど著名なジャズバンドが出演し生演奏と酒が楽しめる大人の穴場スポットだった。龍一はジャズにはさほど興味がなかったが恭子が是非行きたいというので、予定どうりだったならこの日の夜は羽田に着いたらまっすぐ渋谷へ向かい、恭子と待ち合わせを約束していたのだった。職業柄インテリアデザインにも興味があったので楽しみにしていたのだった。
「今どこなの」
と言う恭子に対して龍一は答えた。
「うん、孝雄さんと月地と三人で飯食ってる、居酒屋で」
「月地さんが一緒ならこのあとはアレね」
「いやあ、どうだろアイツ、今日は疲れているみたいだしなあ」
恭子の言うアレとはキャバクラのことだった。月地はガールフレンドがいながら無類の女好きで、また逆にルックスも良いし頭も切れるタイプだったので女たちからもかなりモテた。店に戻り新しいビールを頼もうとすると、それを制して信介がにっこにこしながら言った。
「神島さん、ここ出て次、アレ行きますよ」
男数人で泊まりの地方出張ともなれば、勢いそういった店に繰り出すのは世の常だった。世間の女性が目くじらを立てるほど、男たちにはそれほどの罪悪感がない。昔のスナックが現代ではキャバクラになったくらいの軽いノリだった。龍一は営業職などに比べて出張などそう多くはないが、飲み屋の女の子と話していてその地方の方言やイントネーションで話す子が好きだった。
繁華街を歩きながら一軒の店へ入り、三人ともそのままぐでぐでになるまで飲み、恭子が取ってくれた天文館近くのビジネスホテルにたどり着いたのは、午前三時をとうに回っていた。
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