2017年7月9日日曜日

コトバについて

久々、コトバについての極私的考察的駄文製造マシーン発動なんであった。

先日ってゆーか先週TVの「アナザースカイ」を観ていたらこんな言葉が飛び出して、少年野球界の端っこにいて、なおかつ、言葉の扱いには慎重にならざるを得ないブロガーとしても気になった言葉があった。

「勝って奢(おご)らず、負けてくじけず」

うーむ、素晴らしい言葉であると思った。ブログを書くにあたりググッてみたら、案の定その番組のゲストが考えた言葉ではなく、古今東西たくさん言われている言葉らしい。正確には「勝って奢らず、負けて腐らず」。本来の出典はよくわからないが、座右の銘としているスポーツ関係著名人も多くいるようだった。確かに良いコトバである。是非こうなりたいと思う今日この頃である。

小説「月に雨降る」はいよいよ佳境を迎え...と、以前ここで書いてから随分経つように思うけれど、実際今書いているパートは龍一がすでに金沢へ行っているシーンなんである。これを粛々と毎週一話ペースでアップしようかと画策。連続でアップしちゃう弊害は何か。ブログは新しい順から読んでいくので、連続してアップすると読者はつい「42話」を読んだあとにその前に書いた古い「41話」を読む、という連載小説としては本末転倒、言語道断な、あってはならない結果になりがちなんである。本格ミステリで言えば密室殺人のトリック解明を読んだあとに、その直前の犯人の犯行シーンを読むようなものだ。
その小説やこのブログにもたくさんの「コトバ」が登場するけれど、時にちゃんと調べないで己の経験値や勝手な解釈で、「コトバ」の誤用が生まれているんであった。

例えば「須く(すべからく)」
例文はこれ。「学生はすべからく学業に励むべきだ」
正しい意味は、「当然、是非とも」なんであるが、筆者は「すべからく」が「全て」の語感と相まって「すべて、皆」というふうに誤解しちゃっていたのだった。たぶんブログで何度か誤記しているかと思う。ああ、怖いったらありゃしない。

このように誤用に気づかされるひとつのツールがある。
iPhoneにダウロードした辞書アプリ「コトバンク」なんである。毎日「本日一番多くネットで検索されたコトバ」が自動的に届くシステム。ちょっと煩わしいと思うこともあるが、前出「須く」の正しい意味を知ったのはこのコトバンクのおかげであった。「忖度」は当然アップされたけれど、更に「忖度」と「斟酌」のビミョウな違いを調べてみるのも楽しいものである。

この中で「参ったな、マジっすか!俺使い方間違っていたじゃん」という「忸怩(じくじ)たる」思いをしたコトバがあった。それはまさにこの「忸怩たる」というコトバなんである。
このコトバの意味をずっと漠然と、「不本意でイライラして、自分の心のいら立ち」を表すコトバだと思っていたけれど、コトバンクによれば「自分の行いを心の中で恥じ入るさま」とあった。これまで誤用してきた自分に対してまさに「忸怩たる」思いなんである。この「忸怩たる」はここでかなり多用してきたはず。ほんとに恥ずかしい思いである。

他にもいっぱいある。「檄(げき)を飛ばす」
正しい意味は「自分の主張や考えを広く人々に知らせ同意を求める」こと。
間違った用法は、「元気のない者を激励し活気づける」こと。
少年野球のシーンで監督コーチが子どもらに大声で「檄を飛ばした」と書くのはたぶん、間違っているんである。
因に前者の正しい意味を理解していた人は19.3%で、後者の間違いの人は72.9%だった。

ほかにもいっぱいあるんである。
「情けは人のためならず」...他人に情けをかけるのは本人にはかえって良くないこと、というのは間違い。正しくは、人に情けをかけると巡り巡って自分のためになるから良いことだ、なんである。正しい人は45.8%、間違いは45.7%で、これは拮抗している。

「破天荒」...これワカリマスカ?
正しくは「誰もなし得なかったことをやってのけること。前代未聞」なんである。16.9%
間違いは「豪快で大胆な様子」で、64.2%
筆者も64.2%の一人であった。あな、恐ろしや、なんである。

他にも「役不足」「憮然(ぶぜん)」など。初めて知った言葉は国会で乱発されてまだ記憶に新しい「恣意的(しいてき)」

たかがブログ、されどブログなんであった。

自分の書いた文章をワールドワイドウェブ(WWW)に公表するからには、それなりの「矜持」を持って書かねばと「襟を正す」と同時に、なんてこの世は住みにくい、あまり萎縮しちゃったら勢いのある文章が書けないわけで、夜も更けてグラスを傾けながら、琥珀色の海の中で、そのコトバの海の間(はざま)に身を任せ、たゆたうわけなんであった。
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