2011年12月13日火曜日

連盟設立20周年記念誌Vol.1

連盟20th記念誌がとうとう出来ちゃったんである。

今日じっくり鑑賞した。
全80ページ....1ページずつ......ゆっくり.....酒を呑みながら....1時間かけて。

これからこのブログでJPGなどで紹介しながら、編集・制作にまつわる話を書いていこうと思う。
不定期的に、不連続的に......。

それにしても、

連盟20th記念誌がとうとう出来ちゃったんである。

3杯目のグラスを空にし、裏表紙を閉じた時、
天高く舞い上がった21チームの帽子の写真が、
ゆらゆらと涙腺のゆるんだ目には渾然一体となって、ひとつの塊に見えていた。
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2011年12月11日日曜日

記録が記憶を呼び覚ます

昨日のブログで偶然、若いころ天文ファンだったことを書いた。
20代前半の頃がピーク。結婚し恵比寿から2軒目に引っ越した、当時住んでいた桜新町の借家から深夜タクシーに乗り駒沢公園へ。毛布にくるんだバズーカ砲のような天体望遠鏡を運転席まで伸ばして積み込んだものだ。

約25年前のハレー彗星の時なんである。
周りに光のない環境でないと観れないので、暗闇を手に入れられる駒沢公園まで行ったのだった。一晩中天体望遠鏡にセットしたカメラをハレーに合わせて追尾調整しながら、夢中で一眼レフ(もちろん当時は銀版フィルムKodakASA1600)のシャッターを切った。
その時の一番の想い出は...。

配偶者が作ってくれた熱いコーヒーと尻のポケットに入れたIWハーパー。
夜中はハーパーをストレートでちびちび舐めて天空をあおぎ過ごした。
途中近所の男子高校生3人組がハレー見物に来たのだった。真っ暗闇の中、懐中電灯の光を頼りにわらわら彼らがやって来た。
「あの〜すいません...ハレー彗星観てるんですか?」
「そうだよ。コレ、観てみるかい?」
順番に望遠鏡を覗く。次々と歓声が上がった...とまではいかなかった。
天候条件が悪くハレーなのかどうかすら怪しく、微かにしか視認出来なかったからだ。
それでもかなり感動したらしく(筆者が一番感動したのだが)、テンションが上がっていた。
「熱いコーヒーあるけど、良かったら飲む?」
「いただきます!」
3人に分けてあげた。そのうちのひとりの子が言った。
「うわ〜、コーヒーのブラックって初めて飲んだけど、こんなにうまいもんだとは知らなかったです!」
高校生たちは筆者に何度も感謝の言葉を口にし、ちゅんちゅん雀の鳴き始めた朝に自宅へ帰っていった。

さてそんな記憶を再生しながらの、今日の皆既月食だった。
デジイチ(デジタル一眼レフカメラ)なら最高の写真が撮れただろうこの日。
コンデジ(コンパクトデジタルカメラ)しかない筆者にはこれが精一杯の釣果。
皆既中と皆既後半の写真。71枚を撮ってもせいぜいベストの数枚はこんなものだった。
デジタルに記録された写真もいいけれど、アナログに記憶されたあの時の高校生とのふれあいの想い出が、今晩は頭の記憶領域を占めていた。

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2011年12月9日金曜日

「幽体離脱」写真撮影成功?!

筆者は「霊」という存在を信じないほうだ。でもあっても邪魔にはならないし、信じる人のことは決して否定はしない。昔の会社の女の子の部下にメチャメチャ「霊が見える」という子がいた。渋谷のスクランブルを横断すると、行き交う人の肩口にソレが見えるらしい。彼女が嘘を言ってるとは全然思わない。単に彼女には「見えて」筆者には残念ながら「見えない」だけのことなんである。「見えない・感じない」ことに私はとても満足している。なぜならひとたび自分にも「見えて」しまったら、おそらくは気が狂ってしまうだろうからだ。あな恐ろしや、なんである。
ただし筆者、宇宙人の存在は絶対信じるヒトである。客寄せパンダ的UFOのTV特番「衝撃映像」には笑うしかないのであるけれども、純粋に宇宙人(彼らから見れば我々地球人が宇宙人であるけれど)は、いるはず...いや、存在しなきゃいけないのだ。なぜならもし彼らの存在を否定するならば、宇宙に我々地球人が存在していることの説明に困ってしまうからだ。宇宙人を否定することは、とりもなおさず、人間の存在を否定することに他ならない。空想科学的願望&実戦的科学理論からそう信じるのである。これは天文学大好きだった田舎の中学生の頃からの持論なんである。

いけない、いけない。話が逸れてしまったではないか。
今、一週間後に控えた「6年生を送る会」に向けてアクセル全開である。6人の卒業生に送る恒例の「写真スタンド」の制作が終わった。1月から11月まで撮り溜めた膨大な写真の数々を一枚一枚チェックして、その子のベストな写真を数葉選ぶ。ひとつの写真スタンドに7枚を厳選。集合写真と打撃、守備に際立ったものを抽出するんである。監督コーチとの写真、親子の写真に加えて。
その抽出作業中こんな写真を発見。
ボールとバットの邂逅の場面。「一期一会」の瞬間。今年一枚だけこういう写真を撮れたことがあり、以前ブログにも書いたけれど、今回は2枚も収穫しちゃったんである。
AのShouyaとBのOtoである。
予想するにAは残念ながら振り遅れでサードゴロ(しかも高いボール球)、Bは残念ながらすくい上げてピッチャーフライであろうか。(フォームは最高だが)

フト気づいた。よーく見てみると、ボールの画像が変である。ABの「一期一会」の瞬間を拡大してみた。
Aの写真はC球の縫い目に当たる部分もハッキリとグニャリと歪んで見えている。更にBは....。
当たった瞬間のボールから、次に弾かれた弾道へ移らんとするの一瞬の画像を切り取っていた。
まるで軟球から魂が抜けてゆく「幽体離脱」のようだ。
少なくとも「ザ・たっち」の「ゆーたいーりだつー!」よりはリアルなんである。正月の餅がぷっくり膨れ上がったようでもあるけれど。
「霊」の存在は信じないけれど(信じたくないけれど)、ちょっと妙な気分になれる一枚の写真ではある。(^^)/
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2011年12月8日木曜日

ことごとく佳境に入る

いろんな事どもが佳境に入って来た。佳境を過ぎすでに頂上に到達せんとするものもある。スコアブックの年間成績表制作しかり、新応援幕制作しかり。応援幕は卒業生を「送る会」でのお披露目となるので今はここでは詳細は掲載出来ない。これからは卒業生への記念写真スタンドの制作や送る会へ向けての諸々の仕事がいまだ山積。

佳境を過ぎて頂上が見えてきたもののひとつに、宮前少年野球連盟設立20周年記念誌がある。これも今週10日に各チームに配付となるため、まだ内容は掲載できないんである。各チームが持ち帰り選手や父母、コーチングスタッフに配付され、その1ページ目をめくった瞬間に完結となる。我がフレンズでは筆者が画策し各人への配付を翌日曜にせずあえて一週間ずらし、ハレの舞台「送る会」でのお披露目となる。いずれ記念誌のページもこのブログで紹介したい。

そのプロジェクトチーム全員が渾身の力を込めて作った記念誌が今日、メンバーのHigo邸に納品された。1000部を軽く超える冊数の梱包は、その重みでHigo氏の豪邸の離れの床を抜け落ち地面にめりこみ、地球の裏側ブラジルまで届かんとするのである。ブラジル国民はいきなり地面から日本の冊子の塊が突き抜けてくるものだから、きっと驚くに違いない。なぜそんなに重いのか。質量の重さ以上に編集長をはじめとする制作メンバーの努力の積み重ねの重みがあるからだ。

Higoさんから納品の第一報がメンバー全員へのメーリングリストの電波に乗る。
承諾なしで引用しちゃうのだ。
「おはようございます。松風Higo父です。20周年記念誌22ケース、無事到着しました。一つ開けて中身を見たい衝動にかられ、自問自答している次第です。
Saitohさんやっぱりジープの出動お願いします」
写メ付きであった。

日通が深夜に新幹線の車両を極秘に道路輸送するがごとく、この記念誌も編集長が綿密に輸送計画を策定し、メンバーのSaitoh本部長所有の軽トラ...いやジープ...いやハマーに白羽の矢が立ったのであった。ハマーには「越乃寒梅」「雪中梅」などの素敵な文字が描かれてあるのだ。
本部長から速攻電撃の返信メール。
「Saitohです。了解しました。」
ラジャーなんである。
筆者もたまらず携帯のキーを打ち込む。
「どーにもこーにも、Teshimaです。
Higoさん、ナイスショットの写真ありがとうございます(^O^)/
とうとう来ましたねえ。小学校の下駄箱のようであります。一つ中を開けたら靴の横にバレンタインチョコが入ってるかもしれませんよf^_^;
写メを見た編集長は、今頃涙ぐんでいるに違いありません(^O^)」

ほどなくして、またHigoさんのメールが携帯を鳴らす。
「お疲れ様です。Higo父です!Nishimuraさんからの指令で、一箱開け、チェックしましたが、本当にいい出来で、感動ものです!」

夜になり美人愛妻の待つ自宅へご帰還の編集長PCからやっとメールあり。
「Higoさん。
ちゃんと一梱包に50部入ってて、乱丁・落丁も無かったわけですね。
確認ありがとうございました。
Saitohさん。
明後日よろしくお願いします。
積み込む前に中身見たら、涙で前が見えず運転できないかも知れません。
事故起こさないように気をつけてください。
Teshimaさん。
昼間写メ見ました(Higoさんは、見た目や雰囲気とは全く異なり細やかで、メーリングリストでは届かない私の携帯メールにも送ってくれてました。)
ちょうど大手町駅構内の雑踏の中で携帯に没頭しながら歩いてたら、とても大きなお姉さんとぶつかってしまい、吹っ飛ばされて泣きそうになりました...。」

編集長。「とても大きなお姉さん」のほうの怪我よりも、編集長の安否と愛用のメガネとiPhoneが壊れなかったかどうかが気にかかるTです(^^)
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2011年12月4日日曜日

同じ釜のメシ

木枯らし1号が吹き、サンダーバード2号が飛び、パーマン3号がマントをひるがえす頃、南部リーグが佳境に入り、そして今日今年もあと残り僅かの12月4日に閉会式を迎えた。「晴耕雨読」Blog史上最多記録更新の掲載写真数なんである。

全7チームが6年生を中心にのびのび野球をし、結果優勝旗をかっさらったのはご存知鷺沼ヤングホークス。今年はリスト杯(神奈川県大会)で3位まで勝ち昇った強豪であるからして、推して知るべし、何をか言わんやなんである。フレンズは今年はよりによってヤングさんとは4戦も交え、全敗・完敗・惨敗の三重苦を味わうハメになった。何はともあれおめでとう!
(全写真はクリックでまとめて拡大。黒い部分をクリックで元ページに戻ります)

村山杯と南部リーグは賞品が結構いいのだ。いろんな各賞を設け、卒業する6年生を祝ってあげる意味合いがある。各チーム最優秀選手賞・ホームラン賞・大会MVP・会長賞etc...。参加賞は全員にメダル授与。各チームの監督コーチから直接手渡し。冠を何も獲れなかったうちのような選手には、せめてもの喜びになるのではないだろうか。
フォルコンズFukumotoさんが有馬子ども会Bのプラカードを見て言った。
「略してAKBじゃん」言われたアリコの子たちは苦笑いだったそうな。
今年の幹事チームはフォルコンズさん。ありがとうございました。

ふた手に分かれて紅白戦。
「鷺沼ヤングホークス」「松風スラッガーズ」「有馬子ども会」軍VS「野川レッドパワーズ」「南野川ブルーアローズ」「野川台フォルコンズ」「有馬フレンズ」軍。大人も子どもも、勝ち負けよりも野球を思い切り楽しんじゃうぞ的な笑顔で試合開始。主将・副将・エース級・クリーンナップクラスの面々だから、観戦するのも楽しい。

写真は投手編。フレンズのみならず宮前の少年野球応援ブログ(宮前連盟、半ば公認か?)を勝手に標榜する筆者は、日頃のスコアラーの呪縛から逃れ写真を撮りまくったんである。自チーム関係なくばっしゃばしゃ、かっしゃかしゃ。

バッター編。さすがスラッガーの猛者(もさ)どもである。みんないい構えをしているぞ。ただ内容はイイところを見せようとしたのかどうか、目の覚めるような当たりは数本、悪く言えば貧打線、というか良く言えば投手戦となった。


サッカーでは良く見かける試合後の相手チームとのユニフォーム交換。
誰が始めたのか、最初はバッターが自分のヘルメをかぶらずに、他チームのヘルメを拝借し打席へ。ブルーのユニフォームにレッパの赤いヘルメット。次第にみんなへ感染し、最後は上着も子ども同士交換してプレー。
なかなかやるじゃん!と思った。
来年同じ中学へ行った時、「おっ!おまえあん時の?」「えっ?ユニフォーム交換したアレ?」...みたいな。見ていてとても嬉しい光景であった。
NoSide....と言っても最初からNoSideな空気ではあったけれど(^^)

おまけ。
校庭開放利用団体は校門の外で喫煙するのは、もはや全国的な常識であり時代の趨勢(すうせい)でもある。
愛煙家が煙草を吸うせいでもある。(ワカリマスネ?)(^^)
そこでは自チーム以外の人との気軽な交流の場ともなる。クリントン国務長官がアウン・サン・スーチーさんと抱擁するようなものなのだ。(チガウカ?)
煙草を吸うバカなニンゲンどもを冷ややかに横目で眺めながら、バイクに繋がれた「ももちゃん」コーギー9歳がおとなしく主人を待っていた。
試合が終わると主人とともに、バイクにのっそり自ら乗っかり静かに去っていったのであった。
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2011年12月3日土曜日

赤ちゃんチーム勝利

今年最後の試合があった。6年も5年も抜きの4年生以下のメンバーでの練習試合である。先週の日曜の駆け込み試合。宮前連盟では子どもの肩を守るため、冬場のシーズン12月から2月までは対外試合禁止令が出たんである。1月までが通例だったけれど、今回は2月まで...。賛否両論あるとは思う。小学生で硬球を扱うリトルリーグなどでは、投手の一試合での投球数なども厳密に制限されているし。Bチームが確立しているマンモスチームと違い、反してうちのような試合経験の少ない選手が多いところでは、練習試合をこなして学習することも多々あるわけで....。冬場はじっくりと体力作りと、野球を知る、覚えることの練習に専念するしかないか。

4年以下のメンバーは県レベルのチームから見ればまるで赤ちゃんのようだ。
それでも野球の楽しさを体感してもらいたいのと同時に、低学年ながらも勝つことの喜びと厳しさ、チームの和や物事に集中することの大切さなども、ちょっぴりでもいいから感じ取って欲しいものだ。トンネルして笑っていられるのも今のうち。
対戦相手は松風スラッガーズさん。
うちのYanagisawa代表が絶賛する来年のエース(?)ポークビッツHigoちゃんは5年生でいなかったけれど、実力未知数の雰囲気がある。
先発はMamoru。ガタイがあるので将来の期待大である。3回まで無四死球、被安打0、1失点の大好投を見せる。4回からはRuiにスイッチ。他のコーチの見立てはわからないが、私Tコーチの審美眼に間違いがなければ彼は5,6年になったら大化けするんじゃないかと、密かに思っているんである。全世界の読者の方、誰にも言わないでネ、内緒だよ(^^)。写真のフォームを見ても素直で綺麗だ。3,4番に2塁打を連打されたものの、投球内容は立派なもの。今年入部したまだ2年生である。
教えなくても自然と、どんどん出来ちゃう子っていますよね?
昔フレンズ黄金期に宮田君というのがいた。(以前このブログで詳細記載)シニアから東北高校へ学力で進学、3年生の甲子園では全国準優勝し、ダルビッシュの一年先輩、慶応大学では野球部主将を務めた、我がフレンズでは一番の出世頭の伝説のヒーローである。風貌もイケメンで似てるし、彼とダブらせて期待するのは筆者の穿った見方かもしれないが.....。

例によってスコアラーはサブのMitsuyo女史に任せて、フレンズ広報部長になった筆者は、ペンを捨てカメラを手にし若いチームの面々をSDカードに収める。
全員は無理だったので漏れた子にはゴメンチャイなんである。

悩める大砲O.Hiro。
今年は三振の山を築いた。スイングは悪くないのにほとんど振り遅れが原因。
そのHiroがこの試合では4打数2安打(タイムリー2ベースヒット2本)2得点、打点4を叩き出した。来年もこのバットの感触を忘れずに頑張ってほしい。

さて恒例名物となったTakutoの火を噴く雄叫びなんである。
ゴジラ松井ならぬ、子ジラTakuto。地面は黒こげ、相手捕手は火傷しそうになった。松風さん、スポーツ保険でよろしくです。但し野球をやっていて火傷を負ったという理由が保険会社に通るか否かは筆者責任持ちません(^^)
結果は17:2の大勝であった。
ベストプレイヤー賞は投手二人と、打撃のHiro。来年本当のHeroとなるか!?
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2011年12月2日金曜日

「エクセルにアクセル」2

スコアブックのExcel集計、更に全12ページに及ぶ年間成績の冊子デザイン・制作・編集までが終わった。エクセルにアクセルを踏み込んで佳境に至る。「エクセルにアクセル」は以前も使ったダジャレで今回も確信犯的にブログタイトルに使っちゃうのだ。

今回はExcelでの集計はほとんどチームの父Ohmoriさんにやってもらったおかげで随分と助かった。だから今年はちょっとは余裕かませるかなと思いきや、義父の葬儀や諸々の事後処理などで時間を取られ、カレンダーを見たら例年どおりタイムリミットの12月4日はもうすぐで。
少年野球の年間成績表でありながら、卒業生の想い出アルバム的側面もある。挿入した写真はおそらく40〜50枚はあろうか。表紙に使う写真は連盟20周年記念誌にも載せるものを選択。データはExcelをPDFに変換したあと、全てIllustratorとPhotoshopというグラフィックソフトで作った。とんでもない重さである。12ページ320MB。素人の方にはピンと来ないと思うけれど、どれだけ重いのかというと、象の代わりにこの320MBのデータを乗せたら、さすがのイナバ物置も社長もろともぺしゃんこになるくらいなのだ。
しかしまあ、良かった。あとはプリンタで出力して、今度はチームの母Fukaeさんに渡し、コピーを量産してもらい冊子に製本。12月18日の「6年生を送る会」に配付なんである。ここではサワリとして表紙のページとデータを収納してるフォルダのデスクトップを掲載。


先週の日曜、有馬中学校で新人戦があった。
うちのチームの卒業生が野球部にいる。まだ1年のヒヨッコなので応援席で頑張っていた。中学の野球となればレギュラー争いは少年野球のそれとは比べものにならないわけで。
昨年のチームOBに「記録よりも記憶に残る」子がいた。Muroiである。ヤツにレンズを向けるとサウスポーでVサインを送ってくれた。
いい笑顔だった。
全国の少年野球のコーチ全ての100%賛同を得られると思うのだけれど、チームを巣立った子が中学やシニアに行き...いや、違う道を歩んでいたとしても、その子が笑顔で挨拶してくれることほど嬉しいことはない。.......コーチ冥利である。

有馬小に移動し、成績表に載せる卒業生の写真を撮る。主将のNabeはシニア見学で不在だったが、あとの5人を集めてカメラを構える。単純な集合写真ではオモシロクないわけで......。
アイディアは瞬時に浮かんだ。
私「おっし、EXILEで行こうぜ!チューチュートレイン!」
ヤツらも瞬時に縦一列になり私の指示に従う。試合中のサインにもこんだけ言うことをきいて結果を出してくれていたら....。

「Teshimaコーチ、今度は千手観音やりたいっ!」と宣(のたま)うヤツら。
私「おっし、千手観音行こうぜ!」.....(千手観音って、よく知ってるなコイツら)
わらわらと隊列を変化させて手を伸ばす。
私「Katsuは手を斜め下っ、後ろのHiromiはバンザイっ!」
練習中の指導にもこんだけ言うことをきいて結果を出してくれていたら....。

最後にもうひとつアイディアが浮かんだ。
私「おっしゃあ、EXILEと千手観音のコラボレーション行こうぜ!」
この子らもあともう少しで卒業である。
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