2011年3月19日土曜日

唖然呆然憤然悄然...

今日面白くない話を聞いた。うちの配偶者が聞いた話。品不足の嵐吹き荒れる首都圏だけれど、ここ川崎宮前区も例外ではない。クルマで10分も走れば横浜のコーナンがある。家内の知り合いがそこへ行って、カセットコンロのボンベをなんと60本買ったという。しかもそれを鬼の首を取ったように自慢げに話したらしい。
唖然を通りこして呆然、そのあと憤然とし、最後は悄然としてしまった。
こんな状況下多少の蓄えは理解できるが、必要以上にモノを買い占めることによって、その反動で困る人々が存在することに気がつかないのであろうか。向こう1年間、真夏でも毎日アツアツの鍋を囲んで、熱燗でも飲んでろって話です。
そのオバサン、お願いだから60本のうちの50本、いや30本でもいいから被災地へ救援物資として送って下さい。

仕事帰りの駅へ向かう地下道。寒風吹きすさぶ東京の地上から地下へ降りるとホッとする。暖かいからだ。ところが節電にて照明は通常の明るさの半分ほどであろうか。人もまばらなことも手伝い、心なしか体感温度は地上と変わらぬ寒さを感じる。
でもでも、被災地でいまだ行方不明者になってる方は、暗黒の底で冷たい瓦礫の下、未だに無念の思いを胸に静かに眠っているに違いない。それを思えば寒い東京の地下道はとたんに温暖な南の楽園に思えてくる。

ちょっと一息の画像を掲載。
先日神保町の交差点で信号待ちの折り、ふと下を見ていて発見した。
モルタルで固めた地面の一角。(クリックすると大きく見れます)おそらくはモルタルがまだ乾ききらぬうちに、散歩途中の犬君がスタコラサッサと踏んづけてしまったのでしょうね。犬君のその後モルタルが肉球に付着したであろう困難に思いを馳せれば可哀想なのだけど、思わず笑える一コマです。
こんな時だからこそちょっぴりだけ癒されてもらったら本望です。

2011年3月18日金曜日

男どもは垣根を越えて

長文です。
宮前区少年野球連盟20周年記念誌プロジェクトチーム。
これにまつわる話は何度かこのブログで書いた。Ka社長とNi編集局長以下、4チームからなるオヤジ連合軍団である。それぞれの仕事をこなしつつ今日まできた。連絡網は双方向通信のメーリングリスト。先日もNiさんとのやりとりをここで紹介。
震災から数日。記念誌自体の連絡内容をはるかに凌駕したのは、もちろん震災の話。
チームの垣根を越えて、オヤジたちの思いはひとつであった。
メールを見ていて是非これをここで引用、紹介したいという欲求にかられる。
※引用・一部削除・加筆及び文責は私。ほとんど原文のままです。


●記念誌の皆様…地震は大丈夫でしたか?親戚や親類知人に不幸のないことをお祈りしてます。さて私のことなんですが…ご存じのように仕事柄しばらくの間野球どころではなくなってしまいました。会社はパニック、頭も体も精神的にもパニックの状態です。(....中略)いろいろとご迷惑をお掛けいたしますが宜しくお願い申し上げますm(__)m...Ka

●私も、バタバタです。(...中略)みなさんおむすびやらお弁当やら、お菓子やら、すごい勢いで購入していきます。そんなに買わなくてもいいのではないかと、正直思ってしまいます。被災者の方々は、ちょっぴり供給される食事を、分け合っているのでしょうから...でも、頑張りましょう。何とか、乗り切りましょう。...Hi

●日々のマスコミ報道を見るにつけ、Hさんも実感されてる通り「ほんとにこんなこんなことやってていいの・・」と思いながら過ごしています。(...中略)私の会社では、昇給・賞与にも影響を与えそうですが、そんなことを心配している者は誰もおらず、皆が「今、メディアに対して、突き詰めれば被災者の皆様に対して出来ること」に微力ながら邁進しています。Tさんのブログ「心のチカラ」を皆で実践していきましょう。...Ni

●Sです。(...中略)追跡調査、了解致しました。明日からサザエさんの三河屋さんばりの自転車配達を考えなくては....。...Sa

●Naです。(...中略)そんなに買ってどうするのかと正直思ってしまいますね。皆、本当に必要なものは何なのか考えた方が良いでしょうね。...Na

●FのTです。今朝、T交差点のガソリンスタンドは朝の6:00から56台も並んでいました。思わず数えて嫌気が差して並ぶのを断念。(...中略)最悪、ガス欠の場合はFのM酒店でアルコール純度の高い酒を入れて車を走らせます。...Ta

●今日は久々に家に帰ってきました(=_=;)
私はあと何日か経ったら…被災地にライフラインが整ったら向こうへ行かなくてはなりません(>_<)
社員も二人亡くなり家族も亡くなっている状況です。
東北支社や東北の各営業所は応援を求めてるのに未だ駆けつけられないこの虚しさ...Ka

●Neです。(...中略)皆さんお元気ですか?
この数日は、夢であってほしいと思うことの連続ですね。今、東電は色々と叩かれています。でも、当たり前ですが彼らも必至だと思います。(中略)東電の下請け、孫請けの兵隊たちが命がけで戦っているわけですが....。とにかく、そういった兵隊たちがこれからの日本の運命を背負っているかと思うと、とにかく応援したいです。(...中略)
そして、被災者の方々に少しでも早く平和で幸せな日々が戻ることを願っています。 頑張れニッポン!...Ne

●Kaさん...と書きだしたら、地震となりました。(...中略)昼間も書きましたが、野球は二の次で今を大事にしてください。
私が言うのも僭越ですが、何とかなるメンバーに恵まれてるじゃないですか!大丈夫です!!...Ni

●MのHです。(...中略)この記念誌担当プロジェクトの人で、食品購入で困ったら(夫婦共働きなどで)ご一報下さい。...Hi

●Tです。うちのカメラマンメンバーの一人は東電社員です。不眠不休で頑張ってるようです。元気づけようと、先日のNeさんのメールを無断で転送してやりましたm(__)m私も同じ思いを持っていたので。
翌朝彼から返信あり、とても元気づけられた!とありました。ありがとうございました。あの日のみんなのメールを近いうちブログに引用したいと思います。...Te

●皆々様、お疲れ様です。MのIです。(...中略)昨日、仕入のために、富士宮まで行ってきました。富士宮も震度6前後の地震がありました。(...中略)自衛隊車輌の隊列、福岡ナンバーの消防の隊列に遭遇しました。頭が下がる限りでした。オールジャパン体制、私は凄いなと思いました。そして感謝ならびに応援するのみです。...I

こんな感じです。
計画停電や節電で供給されなかった電力は、カタチを変えて被災地の方たちにそっくり配給されていると思うことにしましょう。
10個の電池を買ったつもりになって5個に抑えておきましょう。買わなかった残りの5個は、カタチを変えて被災地の方たちにそっくり配給されていると思うことにしましょう。

愛する人の命を失った被災地の人々の気持ちを思えば、停電や品不足や電車遅延ごときで目くじら立てて右往左往している人たちは、自らを嘲笑・自省すべきだと思います。
と、私は思うのですが...。

2011年3月15日火曜日

出来たてのパン

筆者の配偶者の姉、つまり義姉はあの阪神淡路大震災を体験した。夫の赴任先の神戸での経験だった。
私も朝、TVで高速道路が湾曲し崩落した映像を観たときは義姉のことを瞬時に思い愕然とした。幸い義姉は死ぬ思いをしたけれど、堅牢なマンション住まいだったがために怪我もなく済んだそうだ。後日談だけど、あれ以来自分の人生観がガラリと変わってしまったそうだ。しかし、家の中はあらゆるモノが床に散乱し、酒瓶も全て割れたので復旧後もしばらくは部屋から酒の匂いが抜けずに閉口したそうな。
それからたしか1年後のことだったと思う。神戸の義姉から突然パンが送られて来た。朝、復興した街の一角で営むパン屋さんを通りかかった時、出来立てのパンを見て衝動的に買ったものらしい。...おかげさまでこんなに元気になったよ...ということを出来立てのパンに託して伝えたかったようだ。おそらくウチへ送るだけじゃなく、出来ることなら全国の人たちに送って伝えたかったに違いない。

その義姉は数年後、今度は盛岡に転居。数年前の南部地震も経験することになる。
更に今度の東日本大震災。日曜になって、現地に設置された災害用特別公衆電話から連絡があった。「とりあえず元気」だと。携帯が壊れたのかどうか、電話番号を暗記していたのが唯一ウチだったらしい。我々は携帯の短縮番号に慣れてしまって、いざという時、電話しようにもどこにも連絡できない状況というのも想定しなきゃと思った次第。
みなさんはご自分の携帯をなくしたとき、自宅電話が不通のとき、奥さんや子どもの携帯番号を言えますか?
(※私の場合は....全くわかりません)

日はまた昇る。
夜明けのない夜はない。
春がやってこない冬はない.....。
被災地の方々、どうかがんばってください。

日はまた昇る


がんばれ東北。
自分にできるちっぽけなこと。
イギリスの新聞が日本の大地震に対して、「がんばれ日本。がんばれ東北」という日本語入りの日の丸マークを作って掲載しているのを、昨日TVで観た。
ちょっぴりあやかって私も作ってみた。
今のAC公共広告機構のCMでは
「心は誰にも見えないけれど、心遣いは見える」
「思いは見えないけれど、思いやりは誰にでも見える」
という秀逸なコピーライトが流れている。祈るだけでも十分だけど、何か見えるカタチにしたかった。
力を合わせて頑張ろう...の力ってなんだろう?
肉体的な意味での力よりも、つまるところ人の心のチカラなのではないだろうか。

2011年3月13日日曜日

心のチカラ

車が泳ぐ。家が走る。船が登る。街が消える。
あり得ない言葉の表現が、次々と目にする映像とともに現実のものとなる。
山形、岩手、宮城には親類縁者、友人知人がいる。近しい親類とは今晩になってやっと安否が確認できた。少し安心したものの、被災地の映像をみると未だ心は晴れない。

昨晩は会社で泊まりを覚悟したけれど、東京メトロ半蔵門線と東急田園都市線がふたつとも偶然いち早く運行再開したので、幸運にも夜遅く電車で帰れた。車中は満員地獄だったけれど。駅からのバスは無料運行していて、深夜1:00に帰還。
今日になって終日TVで被災映像を見るにつけ、いかに関東の自分たちはちっぽけな被害で済んだのかを思い知ることになる。
写真は地震直後に外へ出た時に携帯で撮ったもの。車が停まり、人が道路にわらわら出ていた。この数時間後には車が数珠つなぎになり、舗道には徒歩で帰宅の人が溢れることになる。

どうか一人でも多くの命が助かりますように。
日本の国力と、人の心のチカラが試される時。

2011年3月11日金曜日

逃げろ!

「おっ地震だ」.....
関東の人には慣れたものである。

「ちょっと長いんじゃねえ?」
関東の人でもあまり慣れてない長さと強さ。

「これはヤバイよ!逃げよう!」
関東の人でなくともあわててビルの外へ。

道路には人があふれていた。
身の危険を感じたこんな地震は初めてだ。
今は会社でこのブログを書いている。
東京から神奈川川崎の自宅まで歩くことも考えたけれど、結局会社に釘付け。
地下鉄が一部運行開始の情報。
赤坂まで歩いて銀座線に乗り渋谷までなら行けそうだ。駒澤大学の息子のマンションまで歩き、
泊めてもらう手もあるが、息子と電話が通じない。


家族関係に100回ほど電話コールして、やっと繋がり安否の確認はできたからまあ良しとするか。
息子からはメールが来ただけで電話がダメだが。
もう少し待ってみるか。
最悪は会社に泊まりか...。

偶然の出逢い

筆者はインテリアデザインが本業。店舗の設計である。
チーム内ではコーチ兼スコアラー兼...何かとチームロゴや募集ポスターや冊子類のデザインをやっているけど。それがためにグラフィックデザイナーと思ってる人もいるようだ。連盟記念誌でもどっぷりグラフィックデザインをやってるし。

ここ数日、本業の店舗設計業で、東京大田区蒲田に小さな居酒屋の設計で現場に赴くことしきり。今日も消防検査の立ち会いで蒲田の現場へ。港や船をモチーフにした意図的に安っぽいデザインにした海鮮居酒屋である。
明日オープンを控え、最後のチェックで店舗の外で現場をにらみながら電話をかける。携帯のフリップを閉じて、フト向こうから歩いてくるサラリーマンの二人連れに目がいった。
筆者視力が悪い。そのくせ眼鏡もコンタクトもしない。どっかで見たことあるオヤジだなあと、目を細め焦点を合わせてみる。
なんとウチのチームの29番コーチOtsuboさんだった。声をかけた。
彼は最初何の事かわからないような怪訝な表情だったけど、すぐに笑顔になり立ち話。とある超一流企業(F)に勤務する彼の会社が蒲田にあったのだ。

そのあと現場監督など数人と昼メシ。
この現場を仕切った監督と話をしたら、彼も若い頃数年間蒲田のその一流企業(F)に勤めていたのだそうな。
いやはや街角の偶然の出逢いは、小生たくさんあるけど、今日は面白い一日だった。もっと面白い偶然の出逢いの話もあるけど、いつかまた書いてみよう。
たぶんみなさんもこんな偶然の一つや二つ、いや三つ四つあることでしょうね。