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2026年5月17日日曜日

三苫薫+山形紀行+AG問題

文章多め写真少なめの長文です。お題目は3題。

●三苫薫。

どんなにか辛くて悲しい毎日を送っていたことだろう。それは筆者や熱烈な三苫ファン、世界のサッカーファンも同じだが、本人が一番辛いに違いない。心情を慮(おもんぱか)れば我々の比ではないだろう。代表招集発表以来、ネットでは三苫の不選出に世界中のファンから悲しみの声が溢れている。ブライトンやプレミアリーグ、他国からも続々と。改めて世界的な選手だったことに驚くと同時に誇らしくもある。孤高のサッカー戦士、愛すべき小さな魔法使い。ミトマジックがW杯で観られないなんて...。

5月9日土曜、筆者は山形から帰り深夜23時KOのブライトンVSウルヴァーハンプトンの試合を観戦していた。格下相手に圧勝ムードの中、後半ロングボールを追うため左サイドを駆け上がる三苫、右肩でボールをトラップし...。よし、行け!と期待が高まったその瞬間だった。ハムストリングを触り片手を挙げプレー続行不可能のサインを審判に送り、ゴールライン付近で自ら倒れ込んだ。筆者は普通の怪我ではないと瞬時に思った。大袈裟に倒れ込む他の選手とは違う。三苫は苦悶の表情を浮かべ、しばらくすると顔を両手で覆い、泣いているようだった。あとで知ったことだが、この瞬間もうW杯には行けないことを彼は悟ったのだそうだ。筆者も涙を堪えながらピッチを去る彼の姿を見て、「ヤバイW杯が、ダメかもしれない」と思ったのだった。決して後付けではなく直感的にそう思った。あの日から筆者は悲しみの深淵を彷徨い、泥沼の淵を徘徊した。フツーに仕事をして気を紛らわせていられたが、なんとか代表メンバー入りを期待するネットの喧騒はもはや耳に遠く、淡い期待こそあれども難しいだろうとこの一週間を過ごしたのだった。

15日メンバー発表直後に、沖縄案件の福岡支社のクライアントから電話があった。仕事でしょっちゅう電話があるので今回はなんだろうと思いスマホを取った。開口一番「三苫薫...落ちましたね」と。彼もサッカーファンで沖縄で初対面ながら酒を飲んで意気投合したのだった。淡い期待はやはりシュッと消えてなくなった。あわよくば決勝トーナメントの後半10分くらいでジョーカー的な投入も無くはないじゃないかと思っていたのだが。筆者は同じ地元出身もあって、三苫のサッカースタイルが好きでずっとブライトンを応援し観てきたが、最終目的はW杯での彼の活躍だったから、その大一番の夢が潰(つい)えたわけで。想定してはいたが、やはりそうか。6月からのW杯はもちろん楽しみだが、思っていたのと違う景色を見ることになりそうだった。田中碧との鷺沼兄弟コンビも見れないわけで。

ここ1,2日やっと三苫本人の周囲に漏らした言葉が伝わってきている。「これも意味のあること」...含蓄に富んでいて、なんという意思の強さだろうか。ファンにとってはせめてもの救いだった。頑張って、三苫薫。僕らはいつまでも待っているから。

...

●5/8東京から山形へ。弁当は定番のシウマイ弁当。さてここからは山形紀行を少し。これまでここやインスタでも小出しに書いてきたので、重複はご勘弁。唯一郷里に住んでいた姉の葬儀だった。2年前足を悪くし病院から転院し最後は施設に入っていたが老衰だった。これで山形には肉親はいなくなったことになる。兄弟連中や親戚が集まり、ささやかな家族葬となった。聞くところによるとコロナ以降大袈裟な葬儀よりも、小さな家族葬が主流となりつつあるそうだ。大手葬儀社は儲からなくなり、代わりに手頃な土地を手に入れて小さなセレモニーホールを展開しているそうだ。

ホテル予約の件については最後に後述したい。怒りの鉄拳を喰らわしちゃうよ。ネットの予約サイトは最悪だったが、ホテル自体は素晴らしく居心地が良かった。数年前に出来た「ダイワロイネットホテル」普段は旅行や出張とは縁遠く、たまの旅は安価なビジネスホテルを選択肢にしていたが、ここはクオリティーは良いのに普段よりも安価だったので予約したのだった。バスルームはガラス張りの清潔な内装。実は昨年浅草の老舗ホテル大改装計画の各部屋の詳細図を描く仕事をしたのだが、まさにこのバスルームと同じ平面図を描きまくったわけで。ガラス張りの浴室といっても妙な想像はしないでね。洗面室と一体となって広いイメージになるわけでなかなかに良い。久々に気持ちの良いホテルに当たった。喫煙可能な部屋は大抵眺望が悪く、「窓を開ければ〜港が見える♪」どころか隣のビルの室外機しか見えないケースが多い。毎回のようになるべく高層階で眺めの良い部屋と、ダメ元でリクエストしておいたのだが、ちゃんと叶えてもらっていた。

山形中学同級生のNaotoにLINEした。明日帰るのは14:04発の新幹線。なぜなら帰る前に時間があればNaotoと昼飯を共にしてからと思って14時に予約したんである。しかし今日夜兄弟らで葬儀後会食があってもそれが終わってから、飲み会ならもっと良いかなと。答えは後者だった。兄弟や喪主の甥っ子と弔い酒を飲み解散すると、そぼ降る雨の中を駅向こうのルーヴへ急ぐ。ここは同級生のAyaちゃんが経営するバーで、同級生のNaotoは何十年もの常連だった。勝手知ったる我が家のようにデデンと構えてNaotoが待っていた。昔話に花が咲いたのはいうまでもない。豪放磊落(ごうほうらいらく)な彼は毎回この「晴耕雨読」を見ているのだが、「ほれ、真壁のブログ用に写真撮るべ。ブログに載せてけろや」と、撮ったのがこれ。

これは後日談だが、LINE上の写真をタップすると右上に変なキョロキョロ目を動かすアイコンがある。何やら辺りを伺う挙動不審者みたいだ。不思議に思ってタップすると、あーら不思議、今流行りのAIによる写真加工サービスだった。4種類のテイストがあるそうな。興味半分に上の写真をAI加工したのがこれ。最後の一枚は同級の女子Noriちゃんがが早速別バージョンを作ってくれたもの。

女子やNaotoは若くて可愛くなってるが、俺はまるで92歳のハゲチャビンの爺さんに変貌を遂げていたのだった。実に笑えるではないか。皆さんは知ってましたか?LINE上で簡単にできるのでお試しあれ。

翌日は出発の14時まで暇を持て余したので、窓口で12時のチケットに変更手続きをして帰りの新幹線に乗り込んだ。往復チケットは「大人の休日倶楽部」が威力を発揮してくれて安く購入。ちなみに山形新幹線は自由席はなく全て指定席販売となっている。往きはPASMOと紐付けてチケットレスだったが、帰りは変更したので紙の切符にて。

ホテルの朝食は定番の朝食バイキングではなく、和食か洋食を選ぶシステム。国際線飛行機の「カフィーorティー?...ビーフorチキン?」みたいに。美味いし、ボリュームもあり満腹になっちゃったわけで。そんなわけで帰りの昼食弁当はビールとずんだ餅+ゆべしの豪華少食ランチとなった。東北人は見慣れた光景だが、山形新幹線は福島で東北新幹線と合流し連結作業をする。これは東京に帰ってから撮ったもの。親子連れが山のように群がってスマホで自撮りしていたのが微笑ましい。

田園都市線へ乗り換えの渋谷。相変わらずの人出でインバウンドの外国人がスクランブルを埋め尽くす。これももう当たり前の光景となった。2階のスタバから世界的に有名となった交差点を俯瞰し、スマホを構えているのはほとんど外国人だった。筆者が18歳で上京した時の渋谷は、夜は真っ暗で今では考えられないほど閑散としていたのだが、光陰矢の如しなんであった。

●AG問題

その帰宅の晩に三苫の不幸を目の当たりにしたのだった。ところで途中触れていた旅行予約サイト問題について。相手はバナナマンCMでお馴染みの「AG●●A」である。(ワカリマスネ。以下AGと略称する)

最初に言っておきたいのはもし裁判沙汰になったら92%筆者が敗訴するはずだ。しかし怒り心頭、怒髪天に届くが如く、当時は怒りで髪の毛がスーパーサイヤ人のように、カチコチにとんがって天に届きそうだった。新幹線の予約をして、お次はと慌ただしくホテル予約サイトのAGを訪れた。つい先日の沖縄出張時に使ったサイトだから、安心して筆者にはフツーの行為である。もう明日出発だから焦ってもいた。見ると前述のように良さげなホテルが格安(通常よりほぼ半額)に出ている。ホテル名、日程1泊、人数など入力しこれにしようと決めて、最後にクリック寸前で思いとどまった。待てよ、何か間違ってないだろうかと自問自答。それで一旦クリアにしてもう一度最初に戻る。ホテル名良し、チェックイン日付良し、...そっかちゃんと前回入力データを記憶しているのだなと思い、そのままするすると最後まで辿り着きクレジットで決済し完了。

安堵の思いはここまでだった。すぐに自動配信で確認メールが届いた。はあ?1泊の予定が2泊になっており、金額が倍になっていたじゃあありませんか。慌てて変更の手続きのためAGサイトに入ると、このプランはホテルとの契約で解約や変更もできないプランとのこと。キャンセルすれば全額戻らないとのことだった。AGのサイトを散々歩き回ってやっとチャット質問サイトに入った。ここから電話に切り替えて出た相手はAI応答だが人間と変わらぬ見事な会話能力だった。しかし埒が開かないので、オペレーターに変わってくれと言うと、電話でやっと生身の人間の声が聞こえた。経緯を説明しても契約上変更はできないの一点張り。それでも食い下がると「ホテルとAGの間に第三者が介在しているので、そちらに変更可能かどうか訊いてみます」との返事。投げやりでどうにもならない空気感が漂う。48時間以内に返事するという。名前は「Cさん」で流暢な日本語ながらイントネーションは明らかに中国人だった。おいおい、48時間って出発は明日だぜ。多分法的に無理なことは分かりつつ電話を切って、AGを調べてみたら、あーらまあ、メチャクチャ悪評高いではないか。SNSには「絶対使ってはいけないサイト」で有名だった。昨年「部屋の空売り」で問題を起こし行政指導も入ったそう。てっきりC国の経営かと思ったら、本社はシンガポール、米国が親会社となっているレッキとしたサイトだったが、アジア圏での運営はずさんなのは明らか。海外でホテルに着いたら予約は受けてないと言われて途方に暮れた、なんてゆー書き込みが満載であった。

直接山形のダイワロイネットへ電話した。彼女の応対は親切で柔らかく、事の顛末に筆者への同情と気の毒に思う気持ちが伝わってきた。しかし申し込み後すぐの日付の間違いなら国内のサイトならなんとか変更も可能だが、海外サイトだともうどうにもならないのだと言う。AGってヤバイみたいですね?と問うとハッキリ明言出来ないまでも、明らかに迷惑を被っているであろう事は電話の雰囲気から容易に想像できた。ネットで調べた限りでは「キャンセル料金で荒稼ぎしている極悪サイト」とまで書かれている。筆者はネット情報はしっかり咀嚼して、フェイクかどうか真贋(しんがん)を見極めてから判断しているつもりだ。情報を鵜呑みにして踊らされる「烏合の衆」にはなりたくないからだ。しかし今回は当事者なので身にしみる。

もう一度AGのサイトに入り、先の延々とつづく面倒な手続きを経て、AI音声に話した。「先ほど電話で話したオペレーターCさんに代わってください」と。AIは「はい、Cさんですね。ただいまお電話を代わります」と如才なく言う。AIとは思えないほど滑らかだった。

ここからが怒りの本番である。「この通話は弊社の新人教育と品質向上のため録音させていただきます」おお、上等じゃないか。大いに品質向上しちゃってくれや。電話に出たのはSさんと言う日本人。これがあまりにひどかった。例によって規約があるので変更できないの一点張り。筆者はチェックイン日付まで確認したがチェックアウトの日付は当然1泊で土曜になっていたと思い込んでいたのだが、AGのサイトは勝手にチェックアウトを日曜に設定しており、2泊となっており筆者はそれに気づかず先に進んでしまったのだった。懇願に近く言葉遣いも丁寧に。それを説明してもガンとして埒が開かない。相手Sの口調もフツーの電話オペレーターと違い、どこか上から目線の声色が滲んでいた。決定的だったのはこの会話。

「じゃあ、どうすれば1泊に変更できるんですか?」

「今の2泊の予約をキャンセルし、改めて1泊の予約を取るのが最善の方法ですかね。それしかありません。」

「え?じゃあ2泊分の金をドブに捨てるようなものじゃないですか」

すると、勢い込んで語気荒く早口にこう言った。

「え!私はドブに捨てるなんて言ってませんよ!」

すかさず筆者。

「ドブに捨てるとあなたが言ったなんて一言も言ってないじゃないですか。あくまで私の比喩的表現であって」
この後も散々やり取りした後、更に筆者。

「結論次第では新幹線のチケットも変更しなきゃいけないし」と言うとまた彼女が言った。

「新幹線のチケットがどーたらこーたら、言われても私どもには一切関係ありませんから!」と。誇張して書いているのではない。ハッキリこう言ってのけたのである。「どーたらこーたら」って一体、いやはや、テレオペの風上にも置けないすんごい女性だった。ダメだコイツと、内心諦念に至った。結果を再度電話欲しいと伝えると、基本的に応答はメールなので、48時間以内にメールしますと。開いた口が閉じることなく筆者はスマホを机に叩きつけて電話を切った。

裁判になればこう言う時は筆者だけではなく両者の言い分を聞かなければいけないだろう。筆者の一方通行の主張の可能性があるからだ。読者とてそう思うだろう。アンタの一方的な思い込みでは?と。でもそれでも毅然と反論したい。例の「この通話は弊社の新人教育と品質向上のため録音させていただきます」の録音を白日の元に出してもらおうじゃないか。法的に無理なことは承知の上で、キャンセルが出来ないこともさることながら、彼女の対応に腹がたつのだった。

この電話の後間も無くしてすぐにメールがあった。「ただいまホテル側に変更可能かどうかの問い合わせをしております。ホテル側からの連絡をお待ちください」と。この短い時間に無理じゃんか。Sは絶対問い合わせなんかしてないぜよ。こんな時はこうせよと言う、マニュアル通りの定型文だけ送っただけだ。案の定そのたった4分後、今度はAG本社からと思われるオール英文のメールが着信。すかさずGoogle翻訳すると、「あなたの日程変更のリクエストは却下されました」と。たった4分で自動配信でケリをつけるかのように。呆れてものも言えない。

結局予約は2泊のまま倍額クレジット払いし、1泊だけで土曜にホテルを後にした。フロントの対応は素晴らしく、2泊目の朝食分は使用しないから、代わりにお土産券2000円分をくれたのだった。米沢牛の甘辛煮の高級品と交換。フロントにAGの件をほんの少しだけ匂わすと、さもありなんとばかりに苦笑いだった。全国のホテルがAGに振り回されて客からのクレームで、悪くないホテルが対応に苦慮辟易しているそうだ。(これは筆者調べ)

もし万が一読者にAG関係者がいたら、個人を非難するものではないので悪しからず。ほとんどの人は善良な良識ある社員であろうと思う。あくまで例のオペレーター個人の対応と企業としての姿勢に憤慨したわけで。これがもし、海外旅行で5月を6月と間違えて、高級ホテルの2週間の予約を取っていても、変更がきかず2週間分の全額キャンセル料金数百万を払わねばならない道理になる。おかしいでしょ。法的には叶わないのはわかっているけれど。「キャンセル不可プラン」の表示もどこに書いてあったか分からないのである。

...

筆者のくだらない愚痴を聞いてくれて感謝、ありがとうございます。少しは溜飲が下がったわけで。最後にお口直しを。

先日アップした宮少連飲み会の写真。これも前述のようにLINEのAI機能で加工して宮少連役員LINEにアップ紹介。

今日土曜はQ練習にも行けず終日沖縄の図面仕事に埋没。椅子から立ち上がるたびに腰痛で「ぬ、ぬおおお〜!イテテテテ」...明日は会長杯開幕だがいかんせん相変わらず腰痛がひどく、どうなることやら、なんであった。フレンズEitoが選手宣誓とあっては這ってでも行かねばと思いつつ。

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2026年5月12日火曜日

母の日+野郎どもの日

 少し前の話。5/9土曜、筆者は既報の通り山形から東京へ新幹線の車中の人となっていた。ホテルの朝食があまりにも美味でしかもボリューム満点。昼ちょうどに乗り込んだのだが、お腹いっぱいだったので買い込んだ昼食弁当は、これ。「メインディッシュずんだ餅に山形名物ゆべし添え」とビールロング缶。至福のひと時なんであった。

山形紀行はまたいつか。新幹線車中で宮少連が世界に誇る試合のYouTube配信を少しだけ観戦。おお、そーだった、今日は母の日。宮少連恒例のグランドのライン引きはピンクの石灰なんであった。3年前だったろうか、事務局長藤澤さんの提案で実現し今日に至っているわけで。氏から宮少連役員LINEに画像がアップされた。ちなみに彼からは「ブログの材料にどーぞ」とコメントがあったので、その「材料」を「食材」と解釈し、しばらく冷凍保存していたんである。今日はそれを取り出し、レンジで解凍して調理している。写真と言う名の食材に文章の味付けをしつつ。

LINEで筆者「来年はネクストバッターサークルの円は、ハート型にしましょうかね」と書いたら藤澤さんが「審判部長を説得します」と。すると間髪入れず部長Aokiさんから「YouTubeの画角に入らなければOK。ただし審判団は円と直線しか描けないので、豊島さんにお願い」ときたもんだ。こんなやりとりが楽しいわけで。下の写真は今年バージョンと来年想定バージョン。果たして1年後は?筆者幾何学図形に携わる設計を生業としている。一個の中心点からハートを描く手順を研究したい。1年かけて。...1年後忘れてなければだが。

もう一つこれも恒例のピンクのシリコンバンド。連盟役員、監督、審判団が着用。こんな素敵な少年野球連盟って他にあるんだろうか。我が宮少連を誇りに思う理由の一つである。MLBだってこの日はピンクのバットを採用したりしている。

どーゆー経緯(いきさつ)か知らねども、その晩は黒田屋で飲み会となったようだ。あそこはマジで何を頼んでも美味い。まあハズレがない。ここに相談役西原さんや連盟引退したOhtakeさんもいた。西原さんは相談役と言っても「お客様相談係」だと揶揄されている。Ohtakeさんは引退したので一般人となり、名前表記をアルファベットに戻した。この時筆者は帰宅し腰のストレスに悲鳴をあげつつLINEを見ていたのだった。23時KOのブライトン三苫薫観戦に備えつつ。

これで終わらないのがノンベイの常、はは〜ん、あそこへ行ったんだなと氷解。以前筆者も行ったスナックへ移動したようだ。またしてもタクシーGOが活躍したに違いない。植木さんの長身痩躯は天井に頭が付きそうじゃないか。

沖縄は「ハイサイおじさん」である。宮前は「フェイフェイじいさん」なんである。西原さんに酒を呑ますと普段の緻密で真面目な性格が一変し、朝までダラダラになっちゃうんである。「フェイフェイ」を連呼し出したら危険信号、イエローカード寸前。するともう連呼してるよとLINE返信がきた。大昔飲み会でフェイフェイ言いつつ、当時の年上重役の頭を笑いながらパシパシと引っ叩いたこともある。

ただし彼は、「日本の昭和的愛すべきオッサンの典型」であり、それだけ皆の人望が厚い証拠でもある。校正業務を任せたら彼の右に出る者はいない。実務レベルではトップクラスなんである。国際連盟の事務総長に推挙してもいいくらいだ。フレンズ時代から付き合っている筆者が言うのだから間違いはない。(...と、少しは持ち上げておかないと。彼の名誉のために)(^-^)

こーしてお互いの夜は更けていくのだった。

山形紀行はまたいつか。

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2026年4月24日金曜日

悠久の琉球へ

 今日NETFLIXからリマインドメールが来て、「栄光のバックホーム」が鑑賞解禁となったとのこと。宮前の水沢ライナーズOB松谷くんが主演で阪神選手の実話に基づく映画である。このほかにも観たい映画リストは膨らむ一方で、日常茶飯の些事(さじ)も山積しているわけで。よほど「栄光のバックホーム」を観ようかと食指が動いたのだが、今日これを書かねばいつ書くのだ、「今でしょ」と己にハッパをかける。「これ」とは先日の沖縄紀行であった。紀行と言うほどのものではなく、単なる出張ついでの沖縄話ではある。

数年前大分別府の案件で現場調査に赴いたことはすでにブログに書いたけれど、それと同じクライアントが、今回の沖縄の案件で筆者を招いていただいたんである。彼は東京本社在籍時に何物件か大きな案件を筆者に任せてくれて、それ以来の付き合いだった。郷里の福岡支社に転勤となってからも、未だに仕事のお付き合いが続いている。電話とFAXの時代では無理だが、今はネットでオンライン会議で打合ができるわけで、遠隔でも十分仕事ができる時代になった。オンライン会議では3時間くらい打合することも珍しくない。

今回も現場調査というより現場視察で沖縄へ。3年ぶりの羽田は変わってないが、チケット予約入手方法は主にPCとスマホでやることになった。日本人が発明したQRコードは世界中で大活躍である。行きはANAでスマホでダイレクトチェックイン。

筆者新幹線で西へ行く際に席を指定するときは、行きは右の窓際、帰りは左と決めている。同じく飛行機もそうなんである。ワカリマスネ。富士山が望める席なんである。富士山を見るたびになぜか気持ちが落ち着き、柔和な気分になるのだった。当日の天候は曇りだった。離陸して上昇し雲に入ると視界は真っ白に。しばらくして雲を抜けたので窓外に目をやると、いきなりの富士山だった。上空も薄曇りだったので視界は全体が灰色の世界だったが、雲海の上に見える富士も乙なものだった。この瞬間インスタにあげる文言が浮かんだのだった。

「トンネルを抜けるとそこは雪国だった」

「雲海を抜けるとそこには富士山がいた」

夕刻那覇へ到着しクライアント支社がある国際通り近くのホテルへ。クライアントのメールでは前乗りで夕食をいかがですかとの内容だった。てっきり福岡担当2名と筆者の3名での会食かと思ったら、沖縄支社のスタッフほぼ総出での飲み会となったんである。全員と名刺交換し近くの行きつけの居酒屋へ。「食わず嫌い」だった泡盛を初めて飲んだが、実に美味かった。

酒を介してスタッフとあっという間に距離が縮まり、時間もあっという間に過ぎていった。楽しい会食だった。解散後まだ飲み足りない筆者はぶらりホテル近くの小さな店へ。地元の見知らぬ店で飲むことは、旅の一つの楽しみである。島ラッキョと島豆腐、実に美味かった。この後フラフラになりながらホテルのベッドに倒れ込んだ。気がついたら0時すぎ。軽くシャワーを浴びて再び熟睡。

翌日の写真はない。全く観光などの暇はないし、終日仕事だったから。クライアント大勢と那覇から恩納村へ車で1時間弱。近くには有名な万座ビーチもある。午前は現場視察、昼食を挟んで午後は事務所で顔を突き合わせて綿密な図面打合。昼食は万座ビーチの観光施設のレストランへ行った。初めて沖縄そばを食す。沖縄そばとソーキそばは一緒だと思っていたが、そうじゃないことをスタッフに聞かされて初めて知った。沖縄の人を敵に回すことを承知で正直に言おう。美味いか不味いかと言われれば、淡麗なスープと肉はやや美味いに属するが、麺は...。まるでカップ麺のうどんのようで残念だった。丸亀製麺のアサリうどんと、沖縄ソーキそばどっちを選ぶかと言われたら、1億%自信を持って前者を選ぶ。(あくまで個人的感想です)

現場は巨大な外資系高級リゾート施設である。コンドミニアム、ホテル、結婚式場、その他etcが独立して聳え立ち、美しい海岸を俯瞰する建設途上にあって、すでにその威容が見てとれた。その一角のレストラン内装設計が筆者の守備範囲である。通常のレストラン設計の展開図は2,3枚も描けば事足りるのだが、ここは30枚の展開図を描いた。デザインは海外のデザイナーで、クライアント側で英文を翻訳し、筆者に仕事を依頼している。デザインのクオリティーも高度で、内容も微細な図面である。プレス発表もしてるし公然のプロジェクトだが、守秘義務があるのでこれ以上は書けないし、写真も撮影禁止だった。来年完工予定なり。

夕方那覇へ帰り解散となった。筆者はホテルへの途上、TVでよく見る国際通りを散策。どこかアーリーアメリカンな雰囲気と沖縄の土着感がないまぜになった、なんとも言えない混沌とした空気感である。

家の守り神シーサーが散見される。近代的なオフィスビルの玄関口にも左右にシーサーが両脇にガッチリ鎮座している。本土の狛犬は神社にしかないけれど、これは商店や民家など至る所で睨みを利かせていた。

一本路地に入るとこんなラーメン店が。すぐに連想したのは「ガチャピン・ムック」のムックである。

翌日は帰路に着く前に首里城復興見学へ。建築業界の端くれとしてはこれは外せないわけで。首里城公園入り口付近のコンクリート建物。那覇の建物はコンクリート造が多く、その多くが燻んだ灰色で経年劣化が甚だしい。これは戦後焼け野原となって住宅を消失した那覇で、住宅建設が急務となったのだが、米軍がコンクリートや鉄筋を安く提供し、木材を本土から取り寄せるより安く済むことからコンクリート建設が広まったのだった。しかし塗装しても海風の塩害ですぐにボロボロ剥がれ落ち、メンテ費用がかかるのでコンクリート打ち放しの建築が多く造られた。黒ずんだカビや蔦が絡まる家屋がほとんどである。この写真の建物は建築デザイナーが造った建物であろうことは容易に想像がつく。いい味を醸し出している。

復興中の首里城本丸よりも、筆者が驚き感嘆したのは城壁の石垣だった。今日のブログを書く目的はこの石垣にあったと言っても過言ではない。本土の城の石垣も素晴らしいけれど、ここの石積みは目をみはるものだった。5,6角形の石を現場でノミで削り出して加工し、一個一個現場合わせしつつ組み合わせるのである。通常の城の石垣は石と石の間に太い目地を設けて、緩衝地帯を形成し調整しつつ組み上げる。しかしここは「アソビ」がゼロで、目地は皆無なのに石同士がピタリと密着している。車のアクセルを1ミリ踏んだだけで急発進しあっという間に時速100kmに達するくらいアソビがないのである。専門用語で「無目」目地なしを意味する。しかも単純な四角形ではなく不定形の5,6 角形同士である(ほぼ6角形が多い)。定形の正5,6角形を組み合わせればサッカーボールになるが、これは1個1個全て形が違う。石は琉球石灰岩という柔らかい石で、本来なら淡いベージュ系の美しい色で、今回の案件のホテル外壁にも使用されている。当時の石工職人の途方もない苦労と、精確な技術は驚愕驚嘆であり賞賛に値する。当時の悠久の琉球に想いを馳せれば、気が遠くなりそうなのだった。これが延々と連綿と果てしなく続くんである。美しいベージュ色の石垣が壮大なスケールで構築された当時の姿を想い、しばらく呆然と佇んでいたのだった。

いよいよ首里城復興であった。TVニュースで火災により消失しつつある映像を見た時は、愕然としたものだった。本土の寺社仏閣は「侘び寂び」のモノトーン無彩色が多いが(日光東照宮などは別)、これの色彩は独特の極彩色、おそらく大陸の影響があるのだろう。台湾中国韓国に通じる色彩である。巨大な棟瓦(むねがわら)と鬼瓦。

クタクタになりながら沖縄唯一の鉄道施設、ゆいレール(モノレール)で那覇空港へ。空港の飛行機はいつ見ていても飽きないものだ。特に離着陸の様子もそうだが、ちっちゃい作業員が細々と課せられた仕事を黙々とこなしている姿を見るのも好きだ。いつ見ても飛行機ってカッケえなあと思いつつ、搭乗ゲートへ。帰りはJAL便にて帰還し自宅へはリムジンバスで20時頃帰宅。その晩はサッカープレミアリーグ、ブライトンの試合を23時から観戦したのだった。

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