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2019年4月7日日曜日

水温む緩やかな春

本日土曜はめっきり春らしくポカポカ陽気であった。いつものように仕事で忙殺され屋内に缶詰めだったなら、澄んだ青空を恨めしげに見上げていたに違いないが、幸いこのところやっと仕事も緩んできたわけで、外へ飛び出さない理由はどこにもないのだった。ただし緩みすぎると精神が奈落の底へ突き落とされる恐怖があるのは、自営業の常でもある。

第一公園へ行く途中、毎年この時季の「小台公園」へ寄って桜を見るのが楽しみである。きっと今日あたりはちょうど見ごろなはず...。
圧巻の満開であった。

筆者の桜の趣味はもりもりモッコリ満開も良いが、少し風に散り始めてひらりヒラヒラ、花びらがちらりチラチラ舞い散る中で花見をするのが好きなんである。ビールの紙コップに一枚の花びらが浮かんでいる様子は誠に素敵な風情である。
下の横長の写真はiPhoneのパノラマモードでほぼ360度(正確には347度くらい)を撮影してみたもの。


しかし筆者的には手前に頭上の桜を画角に入れながら、遠景に圧巻のそれを配するこれがお気に入りなんである。

中学のサッカー小僧だった頃は舶来品のadidasなんて高価すぎて買えなかった。だいたいは鬼塚タイガー(今のアシックス)のサッカーシューズを穴があくまで履いていた。穴があいても親に新品を買ってくれとも言えず、我慢してボロボロになるまで履いていたものである。今は昔、すっかりadidasオヤジになった筆者。昨日まではスエードの赤のPUMAを履いていたが、今日やっとメッシュのadidas、Queensバージョンに衣替えなんであった。

さて北部大会である。今年から主旨を大幅に変更して大会規定を「野球を楽しむ」ことに舵を切ったそうだ。例えば1イニング打者6人までとかとか、5年生以下とかとか。東京とっかとかきょく。
Queensも参戦することになったんである。Queens来週はライオンズ杯が控えているので絶好の試合機会である。
絶好球を見逃した打者くんにTadaiさんが檄を飛ばす。
「オマエはそれを振るんだよ〜!次絶対行けよ〜!」
すると次の球を強振したらホームランをかっ飛ばしちゃったんである。
かつて連合などでMatsuiマジック、Ogasawaraマジックを垣間見てきたが、ここでTadaiマジックが炸裂しちゃったのだった。

Qベンチの29番は、Himari以来の復帰となるMochidaさんがデンと構える。息子娘を育ててくれた野球やQueensに恩返しをするために、今年難しいQの体勢(人数的に)にあえて29を背負ってくれたその男気に感謝なんである。28番は親コーチに背負ってもらうのがKoshimizuQueensの伝統、Jinushiさん。30監督は頭脳派智将のSatohさんの面々。
ちなみにスコアラーは29番よりももっとデデンと構える母会長Satokoちゃんである。


途中マウンドに登場はHina。対する花フラTadai監督の多大な粋な計らいで代打はHinaの弟くん登場。姉弟対決となった。

奇跡の姉弟のツーショット。

奇跡の姉弟父のスリーショット。

HFの圧勝ではあった。

試合のあとQ会長Sohmaさんから毎年恒例の6年生へのバチグロのプレゼント。グローブにはちゃんとピンクの英文でそれぞれのネーム入りの素敵なモノ。5人のキューティーハニーQ戦士が手を合わせるわけで。「宮前キューティーズ」は一昨年脱稿した筆者のささやかなブログ小説「月に雨降る」に登場するアレである。

試合後Karinの妹ちゃんが熱心に筆者謹製マグネットボードを見つめていた。このボードはネットを通じて過日兵庫芦屋の少年野球チームにもフルセットを作って送ったばかり。芦屋の少年野球美人母と実に素敵なメールでの交流があった。芦屋は筆者の敬愛する村上春樹の出身地でもある。

この4月からピッカピカの小学1年生となったKarin妹ちゃんに、Queens入るか?と周囲がニカニカ笑いながら追い込む。Sohmaさんは「契約金500円でどーだ?」筆者は「Qに入れば毎週アイスが食えるぞ〜」「すぐにレギュラーで来週から試合に出れちゃうよ」母たちは「ちょっとすぐに入部申込書持って来て」「ハンコいらないから、拇印でいいわ」

あっという間に拉致達成であった。こーしてまた一人キューティーQ姫の誕生であった。Karin父は仕事で不在だったが、その美人妻はニコニコ笑顔で容認しちゃう春のうららか土曜正午であった。

有馬のラーメン屋で「あさりラーメン+半チャーハンセット」の昼食を挟んでのち、フレンズ本拠地有馬スタジアムへ。子供たちがガンガン外野へかっ飛ばす打撃練習を見て心が緩む筆者。「おいおい、その打球試合で打ってくれよな〜」と笑いながら檄を飛ばすKaneda顧問。御意(ぎょい)である。実に同意しちゃう。

驚くほど急成長を見せる女子Anju。数年前入部当初は真正面に来た緩いノックのフライを「絶対ムリ!」と言って怖がり自ら避けて獲ろうとしない彼女だったが、今は積極果敢、野球が楽しくて仕方ないようだ。それがどうだろう、今では鋭い長打を連発するようになった。
「ぐわらキーーーーん」
鋭い金属音と共に青空に白球を追えば、有馬スタジアムレフト後方、倉庫屋根直撃の大ホームラン。昨年のRikoの時もそーだった。初ホームランボールを回収し記念にマジック記入。スタンドチェアに設置しインスタ映えするように桜の花びらを3、4枚散らしてみる。ん、待てよ女子だからハートマークを最後に赤で書き入れたいな。じっと見れば、おお〜!J球なんであった。ディンプルの窪みにハートマークをシコシコして完成なんであった。速攻フレンズLINEにアップ。(写真は実名を避けるため名字部分を白で加工編集)

2017年10月28日土曜日

小説「月に雨降る」あとがき(後編)

今回のブログも小説「月に降る雨」のネタばらしが多分に含まれます。
興ざめすること必至。閲覧注意。

さてあとがきの後編なんである。
●舞台設定
恵比寿
ヘビーユーザーなら耳にタコが出来るほど聞かされたと思うけれど、筆者の本籍は恵比寿で、若い頃3,4年ほど住んでいた。今のガーデンプレイスから歩いて2,3分のアパートであった。当時はサッポッロビール工場以外何もなく、のんびりした空気感があった。40歳前後に独立して恵比寿に設計事務所を持ち十数年頑張ってきたところでもある。ガーデンプレイスが出来て駅ビルアトレが立ち上がると、恵比寿はあっという間に大変貌を遂げた。今でも大好きな街だ。小説のメインとなるT&Dの会社がある場所は、全く迷わずこの恵比寿にしたんである。T&Dのモデルとなった会社は、前回ブログで書いたTsukioka君のいる会社で実際は千駄ヶ谷にある。筆者はここに2年ほどしか在籍していなかったけれど、楽しくて苦しくて濃密な貴重な時間を過ごした会社だった。

Bar Maki
真壁がマスターを務める恵比寿にある小さなバー。モデルとなった実在する店がある。以前のブログにその実際のビルの写真を掲載しているはず。当時筆者の事務所は西口の恵比寿神社のすぐ横にあった。この神社をはさんで同じくらいの近さにそのバーがあった。当時ほんの数回しか行ったことはなかったが(独り或いは女性と)、こじんまりとした雰囲気のいい空間で、めっちゃ寡黙なマスターがいたんである。眉間に皺を寄せて、必要なこと意外は口をきかない男だった。しかしこちらから話しかけるとにこりと笑い、朴訥に応じて案外心の通じる会話をした記憶がある。微かな地方の訛りがあったように思う。これが真壁のモデルではあるけれど、実はこの真壁という名前は、筆者が20代後半まで名乗っていた本名なんである。機会があればまたあのバーへ行ってみたい。

金沢
筆者が社会人になって間もない頃、当時の会社の出張で行った。大きな展示会の設計監理の仕事で、クルマ好きの先輩がどこかから外車の二人乗りオープンカーを借りて来て、それで東京から金沢まで行ったんである。自分の尻が地面をこすりながら走っているんではと思うくらい車高の低い、かつ、いつ爆発するかわからないような中古の超オンボロ車だった。実際ボンネットから白煙が上がって、途中停車して1時間ほどエンジンを冷やしてから走った。右も左も分からないペーペーの若造だった筆者は、先輩の誘いを断ることは出来ない。今なら絶対やだ。会社からもらった往復の出張経費はまるっと儲かったけれど。
仕事で行ったので金沢のことはほとんど何も覚えていない。兼六園に寄ったことと地下にあるバーでクライアントを含めてみんなで飲んだことくらいしか。小説の中で希伊の出生地をどこにするか考えた時に、極端に北や南ではなく東京から比較的近くで、日本海側の都市のどこかが良いと思ったところ、この金沢がぽんと頭に浮かび即決したんであった。

鹿児島
龍一の日常の描写の中に鹿児島への出張のクダリがある。これは前出Tsukioka君他、当時のメンバー5,6人でプレゼンに行ったんである。小説の中の飛行機が羽田を飛び立ってから、嵐で鹿児島空港到着目前で滑走路スレスレで上昇し、伊丹空港へ避難してから再度鹿児島へ向かう一文があるが、あれは全て天地神明に誓って事実と実体験に基づいた話である。最後に女子大生と思しき女の子が出てくるが、それも本当で筆者の横に座っていた子だった。実体験に基づいて一切の創造もなく架空もなく演出もなく書いたのが鹿児島の出張話である。
また、鹿児島の社長高須麿(Takasuさん=前回ブログ参照)が東京へ来て、月地(Tsukioka君)の友人が経営する代々木の小さな飲み屋に行くが、この店も実在する。店名は小説上は「ごまかし」とした。人物名や固有名詞を考えるのは楽しいものだ。ネタばらしになるがこの「ごまかし」の文字を並べ替えると「かごしま」になるんである。

●方言
前出金沢と鹿児島の方言が出て来る。これもリアリティーを重んじようとしたためである。よく他の小説で地方の年配者が流暢な標準語で会話する場面が散見されるけれど、以前から違和感を感じていたものだった。確かにガチガチのディープな方言満載では読者が意味を理解出来ないわけで、それも仕方ないけれど、極力方言をちゃんと表記したかったんである。意味がなんとか通じる程度に。鹿児島弁は実際出張の現地でさんざん聞いていたのでなんとかなったが、金沢弁はとんと分からない。ネットで検索した。運良く標準語を鹿児島弁や石川県の方言に変換するサイトが見つかり、それで作中のドライバーとの会話を書いたんである。でもかなり怪しい金沢弁ではある。金沢出身者にツッコミが入りそうな。ちなみに野田山墓苑にいた青年は若いので、あえて標準語で話させた。
また、野田山から「赤い屋根の店」を目指すシーンを書く際には、実際iPhoneでSiriを使って探索してみたが、香林坊付近にはなかった。「赤い屋根の店」は有馬小近くにある、昔「タッチ」の実写版映画で使われた実在する喫茶店をイメージしている。そこは実際は赤い屋根ではないけれど。

●女性言葉
最初はかなり気恥ずかしい思いを抱えながら書いた。たぶん、筆者を知る読者さんならば、筆者以上に気恥ずかしい思いをして読んだに違いない。もし筆者の身近な知り合いが「女言葉」を書いて小説を書いてそれを読んだら、自分なら絶対恥ずかしい思いをするに違いないはずだ。でも男だからと言って女言葉をちゃんと書けないでは小説なんか書けないし、女流作家でも男を主人公にした小説では見事に男言葉を駆使して書いている。リアリティーを出すには恥ずかしいなんて言ってらんないわけで。ただ、悩んだのは希伊が自分のことを言うときに作中では「わたし」と表現しているが、実際の日常生活で女性はどうなんだろうか?「わたし」ではなく「あたし」と言う女性もいるわけで。書き終わった今でも「あたし」のほうがリアルだったのかなと、今でも分からない。

●ベッドシーン
前出「女性言葉」以上に恥ずかしい気分で書いたのは言うまでもない。全くこういうシーン抜きでも小説は成り立ったかもしれないが、これもリアリティー追求のためなんである。最後に再会を果たした龍一と希伊がそうならずに話が終わったらむしろ現実的ではない。これでは綺麗事で現実味を欠いた小説になるはずだ。恭子との初めてのシーンでは「終電を逃してタクシー乗り場とは違う、ネオンの点滅するビルへ向かった」とやんわりと示唆するに留めたが、ラストの希伊とのベッドシーンはもっと突っ込んだ描写にしないと完結しないと真面目に考えた。でもエロっぽくなりすぎないように、なるべくドライな比喩的言葉を吟味して書いたつもりである。読者の妄想を膨らませ、あわよくば股間も膨らませられたら本望である(^-^)

●最後に
以前も書いたと思うけれど、小説を書いて少し経った頃、QueensのSatohさんに言われた。「Teshimaさん、最近の小説、村上春樹みたいですね」と。筆者びっくりしちゃったんである。それまで全くそんなつもりはなく書いていたんであるが、瞬時にはっと思ったのだった。確かに似ているかも。模倣したつもりは全くないし、書いている最中は村上の「む」の字も頭をよぎったことはない。しかし比喩的表現や、全体のストーリー展開は確かに似ているかもしれないんであった。特に筆者の好きな村上春樹の「国境の南、太陽の西」にどことなく似ているではないか。今年改めて再読した。すっかり忘れていたが主人公が北陸へ車(こちらはBMWだったかな?)で行くところや、昔小学生の時に出会った少女を探し求める展開などよく似ているシーンがある。驚いた。空気感は全く違うがストーリー展開が似た小説を書いていたことに。それだけ氏に対するリスペクトが大きく、無意識のうちにそうなっていたのだと思う。村上春樹の一部小説はおよそ「少し変わった女、失踪または別離、男が探し求める」という展開が実に多い。これに唯一無二の村上ワールドの世界観に支配されて、他者の追随を許さぬ独自の小説世界が形成されている。

百万年かかっても氏の神の領域には近づけないが、結果的に似てしまったことにちょっと嬉しいやら少し悔しいやら複雑なんであった。
続編とか、連作とか、次の全く別の小説とかは考えていないけれど、筆者の頭の中にいるチャッカマンがまたむっくり起き出して、あちこちに火をつけてまわることがあれば、話は別である。野球少女の女の子(または少年野球)を主人公にして、子ども目線で周囲の大人たちへのクールな視線や仲間との絆を描いた小説が書ければ面白いなと思うものの、筆者にはあまりに荷が重すぎる。重松清ならお手の物なんだろうけれど。
会社を定年退職し退職金と年金で悠々自適の生活を送れたら、日中暇に任せてとっくに次回作にかかっていると思うけれど、筆者は自営業でたぶん死ぬまで働かないと生きていけないんである。因果な商売である。

この小説を添削校正し文章削除追加し終えたら、Web上の投稿サイトに改めて掲載を考えています。その時はまた、ここでご報告したい。

長らく読んでいただいた読者の方に改めて感謝します。

筆者は過去に二匹の猫を飼ったことがある。その経験から「サチコ」の描写が成り立っている。寿命を迎えたサチコが希伊と出会うことで亡くなってしまうことも視野に入れて書いていたが、最後にそれを書いたのではこれも出来過ぎな感じがしてならない。それで金沢へ向かう前、自宅で死を間近に迎えたサチコを書いて暗喩として、その後のことは全く触れないようにした。二匹の猫の最後を看取ったけれど、今想い起こしても悲しくなってしまう。
小説の最初の部分で登場するサチコのイメージはこんな感じ。写真はネットからイメージに近いものを探してみた。(出典サイトは不明。ごめんなさい)

最後に自由が丘の奥沢神社。
鳥居にかかる荒縄で編んだ蛇。不細工な龍のような。
昨年友人の入院見舞いに寄った帰りに何気に撮った写真から、のちに材を得て、これを小説に取り込もうと思い立ったのだった。

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2017年10月26日木曜日

小説「月に雨降る」あとがき(前編)

今回ブログは小説「月に降る雨」のネタばらしが多分に含まれます。
興ざめすること必至。閲覧注意なので読まないで飛ばしてもらっても一向に構いません。

小説の「あとがき」は、作者が振り返って作品に対する簡単な思いを語る場である。誰か文芸評論家のような第三者に書いてもらうのは「解説」となる。ここでは「あとがき」を「晴耕雨読」的な体裁で書いてみちゃうんである。

●発端と展開について
何度か書いたけれど、これは全く小説にするつもりはなく、遊び半分で小説風に書いたブログなんである。筆者はごくまれに近所のファミレスに昼食を食べに行くことがある。いつものように、メニューを開くと迷ってしまい、なかなか決められないんである。チーズインハンバーグにしようか、いやたまにはパスタランチもいいな。さんざん迷って今日はパスタにしようと決めて、呼び鈴(無線ブザー、アレですね)をコチッと押す。しばらくするとウェイトレスのパートのおばさんが来て、筆者は告げる。
「え〜と...チーズインハンバーグお願いします」
最後の最後でどんでん返し。自分でも呆れてしまうんであった。
それをブログに書こうと思ったのだが、ふと、ただそのまま書いては面白くないと思い、架空の人物を登場させて、小説風にしてやれと考えたんである。それで最後にタネ明かしをして終わるはずだった。
ところが、書き終わってもそのあとのストーリーがぽこっと頭に浮かび、二回目から筆が止まらなくなったんである。今後の展開も何も全く考えずに適当にストーリーを進めて行ったんであった。自分の学生時代のバイト経験や当時の生活などが走馬灯のように浮かんでは消え、消えては浮かび、それを基本にかなりの演出を加えて話を膨らませていくと面白くなっちゃったんであった。
もともと「一度、小説を書いてみたい」という欲求が根底にあったため、焼けぼっくいに火がついてしまい、気がついたらぼーぼーに燃え盛ってしまうことになった。
売れっ子作家は連載締め切りでケツに火がつくが、素人の筆者は頭の中に棲むチャッカマンが脳のあちこちに火をつけて回っていたんである。

●ストーリーについて
起承転結は全く考えないで、筆が進むままに書いていった。ある朝希伊が家を出て行ったあと、「さてこのあとどーするか?」と初めて今後の展開を考えるようになった。今にして思うとホントにいい加減であった。徐々にいきなりパソコンに向かうのではなく、ノートにちょっと先までのストーリーの要点だけメモってからキーボードを叩くようになった。それでもまだ中盤以降のことは考えていない状態であった。

この小説は手法としてはよくあることだけれど、現在(2015年くらいから2017年)と過去(2000年前後)のタイムラグの中を、往復する形で書いた。龍一が40歳前後と18から20代前半の頃である。これがのちに筆者を苦しめることになる。舞台が現在から過去に飛んだときに、読者に「いったいこれは現在の話の続きなのか、或いはまた過去に戻った話なのか、いったいどっちなんだ、てめえ!」と、混乱させてしまうことになったはず。自分でも両方の時系列の整合性を正すのに大いに苦労したんであった。サッカー日本代表W杯出場や、桑田の「TSUNAMI」大ヒットなどの話を挿入し、時代の空気感を埋め込んでいった。簡単なのは、時系列に従って単純に過去の話を全部書いてから、後半現在の話に移行するのが普通である。しかしそれだと、後半の現在部分には「希伊」の存在が皆無になり、ラストシーンで再会しても「ああ、前半でそんな女性がいたな」と、印象が希薄になってしまう。だからほぼ全編に希伊の存在を漂わせるために、希伊がいた過去と現在を混沌とさせて、常に忘れさせないようにした。中盤真壁のBarで龍一が昔金沢に遊びに行ったことを回想させたあたりは、その典型である。龍一の希伊への想いが募るシーンなんであった。

ラストシーン、オチはどうするか?正直いろんなパターンが頭に浮かんだ。長年の思い叶わず傷心のまま帰京するか?それでは書いてる筆者自身が救われないではないか。どんよりしたまま悲恋の小説で終わらせることも出来たが、それでは筆者が嫌だった。もうご存知のように龍一はほぼ半分は筆者の分身みたいなものであるから。ハッピーエンドを念頭に置き書き進めた。ラストの店名のクダリは実はかなり前から決めてあったけれど、最終回のラストに書くことに決めたのはほとんど最後に決めたことであった。最初の構想では、龍一が夜になってシェンロンを再訪してすぐに希伊から明かすつもりだったんである。最後に持って来ることで、龍一だけでなく、希伊も昔からずっと龍一への想いを秘めて過ごしていたのだということを示唆したかったわけで。

余談。龍一が昼間シェンロンを訪れたとき、何気なくバイトの女子高生を登場させた。書いた時は単なるバイトだったが、何かラストにサプライズはないものかと思案していて、閃いたことがある。「女子高生=17、18歳」....おお!この子を若い頃同棲していた龍一の娘にしてはどうか?つまり17年前希伊は妊娠していることも知らずに金沢へ来て、龍一の子を産み、育てる。17年ぶりに龍一と再会した希伊は「この子はあなたの娘よ」と。龍一にしてみれば希伊に邂逅しただけでも奇跡なのに、まさか自分にもう一人の子どもがいたなんて。
...随分迷ったけれどこのアイディアは没にした。リアルガチではなくなっちゃうからだ。身寄りのない希伊が金沢に来ていきなり子どもを産み、その後の苦労を考えた時に、現代ではあまりに荒唐無稽なストーリーであり、マンガチックな安っぽい小説に成り下がってしまう気がしたからだった。まるで一時期流行った韓流ドラマみたいに、これでもかと詰め込んで安っぽくなるような気がしたからである。もしそうなったならば、なぜ希伊は子を連れて龍一に会いに行かなかったのかが問題になる。それをこじつけで後出しジャンケンで話を考えることも出来たが、現実的な小説としては破綻しちゃうような危惧があったから、その展開はバッサリ諦めたんであった。
ひとつ間違えば昔の女のことが忘れられない女々しい男のストーカー物語。
そうならないように、スレスレで「大人の純愛物語」にしたいと思った。男でも女でも独身既婚問わず、若い頃あなたの中にも初恋の人、或いは失恋した相手を想う気持ちが心のどこかにあるはず。
あの時のあの人は今どうしているのだろう?
これがこの小説の根底に流れている。

●登場人物について
龍一は半分以上は筆者の実体験に基づいている。あとの半分は全くの創作。どこが実体験でどこからがフィクションかはつまびらかに出来ない。神島龍一という名前が最後にシェンロンの店名に繋がることは筆者も全く想定していなかった。途中から閃いたアイディアだった。筆者は高知出身ではなく山形で、野球ではなくサッカーをやっていた。高知には行ったこともない。学生時代バイトしていたのは池袋ではなく新宿で、住んでいたアパートは初台と中野坂上。江古田には行ったこともない。龍一の人格や性格は半分筆者で、あとの半分は理想的創作の姿なんである。

希伊と恭子。
これは全く架空の人物設定であり現実的なモデルとなる女性はいない(たぶん)。こんな女がいたらいいなという願望が含まれている。この二人には結構共通する人格があって、その差別化に苦労した。希伊は美人ではないけれど可愛いタイプで男を惹き付ける魅力を持った女、恭子はロン毛でスラリとした若い超美人系。書いていて筆者自身が二人に恋をしてしまったくらいである。後半龍一が恭子に理不尽な別れを告げるシーンでは、本当にもったいないと筆者は思ってしまった。書く気はないけれど、続編があるならばその後恭子はBarMakiのマスター真壁と結婚するアナザーストーリーも頭の片隅にあった。スピンオフ企画で恭子を主人公にした小説を書いたら良いかもしれないが、精神的かつ体力的に無理ってもんだ。

村井、輿路、相馬健、大乗寺義満(大城寺)、冨沢健司郎。
言わずと知れた筆者の身近な少年野球関係者がモデルである。Queensとフレンズである。名前の一部を拝借して人物名を考えた。ちょっと遊んでみたのだった。遊んだとはいえ、小説執筆に楽しさを加えてくれたバイプレイヤーであった。もちろん作中の輿路(Koshimizu監督)が監督する「宮里キューティーズ」は「宮前Queens」をもじっている。

T&Dの月地と梅川と鈴木孝雄部長。
月地は実際今でも筆者と仕事をしているクライアントである。本名はTsukioka。20歳も年下だが、実に愛すべき仕事が出来るナイスガイ。昔勤めていた会社の設計部で一緒だった。鹿児島への出張や、大丸東京の仕事では何度も会社で徹夜して、200時間残業したり死ぬ思いをしたが、彼とは楽しかった思い出も多いいわば戦友である。昨年社内の超美人セレブとやっと結婚した。梅川の本名はUmezawa。リフォーム会社の社長で筆者とは大昔の会社の同僚。彼とも今では一年に何回かは仕事したり酒を飲んだりする仲である。鈴木孝雄は実は筆者が半分入っている。龍一と孝雄は表裏一体的なところがある。

その他、登場人物。
昔の知り合いをモデルにしたり、全くの架空人物だったりする。因に鹿児島の社長高須麿(たかすま)は実在の人物で、本当に宮崎と鹿児島で多角経営をするTakasuさんがモデルである。実に人間的に魅力ある人であった。先日TBSの番組「SASUKE」を観ていたら驚いた。このTakasuさんの息子さんが出場していたんである。その師匠が「SASUKE」レジェンドの長野さん。金比羅丸船長の長野さんとは、鹿児島出張の時に一度会ったことがあった。彼の武勇伝はいっぱいTakasu社長から聞いていたけれど、ここではとても書けない。
............
さて、まだ●舞台設定や、●タネ明かし的記述は続くんであるが、よもやこんな時間にまで及ぶとは想定外。0:30。
なので続きはまた次回に持ち越しなんである。
ゴメンナサイ、なんであった。
寝るぞ!
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2017年10月18日水曜日

小説「月に降る雨」あとがきのまえがき

※小説「月に雨降る」の最後まで読了されてない方は、このブログを読む前に小説のほうを読んでからここを読むことをお奨めします。
いわゆる「閲覧注意」、ネタバレが含まれますゆえ。

小説「月に雨降る」が脱稿したのだった。(脱稿とは原稿を書き終えること)
この素人小説の「あとがき」を書こうと以前のブログで宣言したは良いものの、はて、どこまで書けば良いのか素人ゆえに分からないんである。ネタバレの内容まで書いて良いものかどうか。普通の小説家は書かない。なぜなら、小説世界から一気に現実世界に引き戻されて、いわゆる「興ざめ」になってしまうから。

パソコンではネットで無料の原稿用紙ソフトを探しDLして書いた。400字詰め原稿用紙、もちろん縦書きである。SNSでは横書きが当たり前だけれど、小説を書くならば絶対縦書きでないとダメなんである。パソコンで原稿用紙に縦書きで書いてのちに、テキストファイルソフトに横書きでペーストし、更にそれをブログ投稿画面でペーストするという、信じられない手間をかけてアップしていたんであった。
400字詰で約300枚だった。

ゆくゆくは小説投稿サイトに掲載を考えているので、この文章を校正しなければならない。この校正作業は書いてしまってアップしてからの作業だから正確には校正とは言わないかも。小説を出版し書店に並んだあと「すんませーん、こことあそこ文章変えます。それにここも誤字脱字ありました」と言うようなものだ。この校正をするために筆者は文庫本と全く同じ体裁で出力したんである。A4サイズ縦書き縦43文字、横33行。これ一枚で文庫本の見開き2ページ分とほぼ同じ。概ね文庫本に換算して200ページ分。中編小説と長編のあいだくらいだろうか。
今は仕事の合間にこの用紙に赤ペンで校正チェックを入れているわけで。誤字脱字はほとんどないけれど、会話の言い回しや「テニヲハ」の間違い、削除するところ、書き加えるところetc、赤ペン満載なんであった。

で、「あとがき」を書く前に、自分の頭の中を整理する意味でも、今日改めて人物相関図なるものを手書きで作ってみた。普通は最初に作るのだろうけれど、筆者が相関図をメモ程度に作ったのは小説を半分近く書いてからだった。たぶんプロに言わせれば恐ろしい暴挙である。途中までは行き当たりばったり、筆が勝手に進むままに書いていたんである。「起承転結」や最後の落としどころも考えずに。途中からヤバいと気づきノートにあらすじを書き殴ってからMacのキーボードに向かうようになった。
というわけで、今回は「あとがき」の「まえがき」なんである。
「近い将来」と「さほど遠くない将来」の中間あたりで「あとがき」の本編を書く所存なんであった。
※図の鉛筆点線は登場人物が実際会っている関係性を示す。

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2017年10月11日水曜日

小説「月に雨降る」53最終回

希伊は迷わず頷いて、にっこり笑って返した。
「はい。こんな私で良ければ」
しかしほんの少し顔を曇らせながら続けた。
「でも、すぐには」
希伊が迷うのには訳があった。今の店をどうすればいいのか。
「この店のこと、ここでの生活のこと。一回リセットしなければいけないわ。そう簡単にはいかないよ」
それは龍一にも十分理解出来た。共同経営なら尚更複雑だろう。龍一は言った。
「うん、物理的に難しいことはいっぱいあると思う。たぶんアライグマがこれからロッキー山脈を越えようとするくらい気が遠くなることだと思うよ」
「私はアライグマかいっ」
「うん。ただし可愛いやつ」
「だったら許す」
「うちだって息子と娘に話さなきゃいけない。でもこれはたぶん、二人とも了解してくれる自信はあるんだ。実は息子にはもう話してあって、あいつ生意気にも希伊に会ってみたいなんて言ってるくらいなんだ。家が狭ければ買い替えを考えてもいい。うちは大丈夫だと思うけど問題は希伊のほうだね」
少し考えて希伊が言った。
「この店は結構順調なの。売り上げも安定してるし。でね、もう全然思いつきだから、現実味がないかもしれないけどさ」
「うん、どうした?」
「あのね。東京に金沢のこの店の二号店を出すっていうのはどうかな」
「ほう」
「ここ半年ほど前から金沢にもう一軒店を出そうかって考えてたところなの。結婚してリュウと子どもたちと一緒に住みながら、金沢じゃなくいっそ東京に店を出すの。リュウの住んでる街の近くでもいいわ。東急の田園都市線て言ったよね。金沢のここは人を雇ってちゃんと維持しながら。翔子さんとじっくり今後のことを話さなきゃいけないけどね」
「シェンロンの東京支店か。めちゃくちゃ大変だけど、逆に面白そうだな。軌道に乗ったらゆくゆくは小さくてもいいから、法人化したほうが良いかもね。金沢と東京と神奈川を行ったり来たりするわけだ」

おそらく相当な犠牲を伴う冒険かもしれないと龍一は思った。けれど自分が会社を辞めて金沢に行けるはずもない。四十を過ぎた龍一にとって、今の仕事は脂がのって良い時期を迎えていた。難しい仕事ほどモチベーションが高くわくわくした。子どもらも転校となれば絶対嫌だと言うに違いない。結婚し自分の家へ来てくれるなら、希伊の望みは出来るだけ叶えてあげたい。龍一は続けた。
「すごく大変なことだと思うよ、絶対、想像以上に。予定外、予想外、想定外のことがいっぱい降りかかってきてさ。資金のことや物理的なことや、なんやかや」
希伊は上気した顔で龍一を見ていた。
「でもさ、俺もそれに乗った。一緒に頑張ろう。東京店の設計は俺に任せてくれ」
「ありがとう、リュウ。わたしも頑張る。それよりもまず、翔子さんと話をして、そしてリュウのお子さんに会いに行かなきゃね。あの頃は子どもや結婚に対して頑(かたく)なだったけど、今は子ども大好きだから」
「うん。当分は俺が週末金沢へ来て相談にも乗るし。たっぷり時間をかけてベストな方法を二人で考えよう。あっ、今度家族旅行がてら子らを金沢に連れて来て紹介するっていうのもいいな」
二人はソファの上でもう一度きつく抱きしめあった。

ふと龍一が言った。
「話が違うけどさ、ここの店名『シェンロンの背中』って、どういう意味なの」
希伊はにっこり笑って言う。
「あっち向いて」
「えっ?」
「いいから私に背中を向けて」
龍一が言うとおりにすると、背後から希伊が柔らかくしなやかに抱きついてきた。
「一緒に住んでた頃から私、こうするのが大好きだったの憶えてる?」
「え、ああ、そう言えばそうだっけ」
「あっ、こいつ、忘れてるな」
そう言うと希伊は龍一の肩に結構な力で歯を立てた。
「痛てて。こういう時は普通、甘噛みだろ」
希伊は笑いながら言った。
「私の実家って言うのはおかしいけど、自由が丘の奥沢神社は憶えてる?」
「もちろん。さっきも言ったように希伊がいなくなってから、俺が自由が丘に行った時に、かな江さんと一緒に話し込んだ所だ」
「そう、あそこ。そこの鳥居に蛇が絡みついてるのも知ってるよね。見ようによっては龍みたいな」
荒縄で編んだ蛇に模したものが鳥居の上に飾ってあることで有名な神社だった。あれを見て龍一は蛇じゃなく、不細工で愛嬌のある龍みたいだと思ったものだった....。
「ん、蛇みたいな龍?」
「そう、龍。ドラゴンボールに出て来るシェンロンよ。七つの玉を集めると願いが叶うっていう。そこから店名はシェンロンにしようって思ったの」
「龍の背中?」
「まだ気づかないの?龍一くん」
龍一は希伊の丸い豊かな胸のふくらみを背中に感じながら考えたが、答は手が届きそうで届かないような感覚だった。
希伊が言った。
「シェンロンは漢字で書くと?」
「確か、神様の神に、ドラゴンの龍で神龍」
あっと思った。
「そう、神島の神に、龍一の龍で神龍。シェンロンの背中よ」
希伊は一層力を込めて龍一の背中を抱きしめた。

                        了
................

全くの思いつきで小説風のブログを書いたのが、昨年の5月19日。ふざけて書きなぐっただけで次を書くつもりなど全くなかった。それが気がつけば53回分の小説に。400字詰め原稿用紙で300枚超え。

この小説をいかほどの方に読んでいただいてるのかは全く想像出来ないですが、今日まで辛抱強く読んで下さった方々には、本当に心から深謝申し上げます。一年五ヶ月の長期に渡りしかも不定期での連載ゆえに、大変読みにくかったことは想像に難くありません。

読者の方々、まことにありがとうございました。
(機会があれば批評感想など聞かせていただければ嬉しいです)

さて、近いうちにこの小説の作者の「あとがき」的な文章も書いてみたいと思うわけで。
「醜い言い訳」「悪あがき」「ネタばらし」に近いブログになること必至なんである。
2017年10月11日 記
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2017年10月5日木曜日

小説「月に雨降る」52

「本当にあの時は鳥肌が立って、しばらく収まらずに呆然とした記憶があるわ」
希伊はここで少し過去の話を切った。
ここまで希伊は遠くを見る目でゆっくりと話してきた。龍一は時折ウィスキーを舐めるだけで黙って話を聞いていたが、最後の図面の「氷室工務店」のくだりでは同じように鳥肌が立った。自分も毎日図面と格闘している身で、伊三郎とはいわば同じ業界の大先輩みたいなものだ。これも何か、希伊を介して引き寄せたものがあるような気がしてならなかった。
龍一は初めて口をはさんだ。
「希伊のお父さんがその図面を描いた時は、当然希伊はまだ生まれてなくて、まさか何十年もあとに自分の娘がその店に関わるとは想像もしてなかったろうね」
「本当ね。今でも私も信じられないくらい」
ビールをくぴりとひと口飲んで続けた。
「でもなんか偶然て言うより、むしろずうっと細い糸で繋がっていたような気がするの。下を向いてその糸を何年もかけてたぐって歩いて来て、糸の端っこにたどり着いたときに、ふと顔を上げたらそこに父と母が立って待っていたような。ただ、その時の二人の顔が笑顔だったかどうかは私には想像出来ないけれど」
龍一は亡き両親の心に想いを寄せてみた。伊三郎は希伊の存在すら知らずに自らの命を絶ち、母の希沙子は絶望の中で生まれた、ちいさな希望の光だったはずの幼い我が子に、十分な愛情を注げぬまま重篤な病でこの世を去った。二人とも胸がつぶれるほど無念だったに違いなかった。

しばらくすると希伊はまた記憶の糸を引き寄せるように話し始めた。

希伊がまだ生まれる前、希伊の実の父、氷室伊三郎がFMコーポレーションの店舗工事を孫請けとして受注し、何十枚もの施工図面を一式作成していた。伊三郎が幾晩も徹夜しながら描いた図面だった。店舗が完成後FMが強引に仕上がりに難癖をつけて工事残高の支払いを拒否したため、末端の氷室工務店は一気に窮地に追い込まれた。伊三郎は上京してFM社長の永山剛に面会し直談判をしたのだが、冷徹にあしらわれたその結果、自動車事故を装い保険金目的で自殺したのだった。その時妻希沙子のおなかに小さな命が宿っていることも知らずに。「赤い屋根の店」はFMが石川県に初めて出店した店舗であると同時に、伊三郎が最後に仕事をした建築だった。

昔希伊が探偵の黒坂から聞いた話を胸に、改めて不動産屋にも話を訊いた。希伊にとっては憎むべき養父剛の店舗であったが、また反面実父伊三郎の唯一の遺品、遺産のように思えた。この父が遺してくれた家に住もうと決心した。当初二階も客席にするつもりだったが、料理を二階に上げるためのダムウェーターの増設費用が捻出出来なかったことを逆手に取り、二階は自分の住まいにしようと思ったのだった。顔も知らぬ父や母とやっと一緒になったような気持ちになれた。更にFMが赤字経営で手放したこの店を再生しなんとか成功させることで、剛に対してささやかではあるが見返すことにもなる。こうして希伊は数奇な運命のもたらす偶然から念願の店を持つことになったのだった。

金沢へ来て以来、もともと女としての魅力を持っていた希伊を男が放っておくわけがなく、その中の何人かの男ともつき合った。中には真剣にプロポーズする者もいたが、希伊は頑(かたくな)に断った。それは何も言わずに立ち去った龍一への想いがいまだにどうしても断ち切れずにいたからだった。すでに結婚や子どもに対する偏った考えは雲散霧消していたが、結婚するならやはり龍一の名前しか浮かばなかった。奇しくも龍一も希伊も何年もの間、遠くに住まいながらも互いのことを想いつつ過ごしていたのだった。
希伊は生活に余裕が出てきたころ、いっそ上京して龍一を訪ねようと思った時期もあったが、不条理に蒸発してしまった自分に負い目を感じ、龍一なら笑って優しく迎えてくれるるに違いないことは理解していても、どうしてもそのハードルを越える勇気がなかった。更に龍一がすでに結婚しており、それを知った時の自分の絶望感が怖かった。絶望を払拭しハードルを越えるには、あまりにも時間が経ちすぎていたのだった。
ずっと龍一のことを胸の底に沈めて毎日を忙しく過ごしていたそんな時、今日突然龍一が目の前に現れたのだった。

ふうっとため息をつき希伊の独白が終わった。
龍一の話と希伊の独白を混合して撹拌されたとき、二人の心の間には目に見えぬ無数の信号が行き交い、言葉にせずとも共通の認識を持ったことに同時に気づいた
「あの雨の晩結婚を申し込んだよね。今、もう一度繰り返すよ」
龍一は希伊の瞳の奥をしっかりと見据えて言った。
「一緒になろう」

...............
小説「月に雨降る」は、次回が最終回です。

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