昔読んだ小説に五木寛之の「戒厳令の夜」というのがあった。若い頃貪るように読んだ作家のひとりが五木寛之で、「青春の門」は筆者が上京を間近に控えた高校生の頃と重なる。時代背景は全く違うけれど。さて、それはともかく、川崎市コロナ禍では戒厳令の夜ならぬ、緊急事態宣言下の昼なんである。過日川崎では区をまたいでの活動が禁じられることとなった。フレンズでは予定していた練習試合を急遽キャンセルしまくり、担当Ohmoriオヤジは慌ただしい日々となる。相手チームにも申し訳ない思いである。
各小学校でも校庭開放についてはバラバラだ。ほとんどの学校では試合禁止となっているようだ。しかし幸いに試合ができる数少ない学校の一つが西有馬小だった。今日、日曜は、お互いに対外試合がキャンセルの憂き目にあったフレンズとアリコとが練習試合ができることになったのだった。ホームはアリコ。Fはビジターとなる。公式戦ではたまに対戦するも、このカードの練習試合はいったい何年ぶりだろうか。有馬VS有馬である。ニューヨークヤンキースVSニューヨークメッツのサブウェイシリーズみたいな。
2021アリコ監督はEndohさん。Qの練習にも今だに来てもらっている。野球センスは抜群でそんじょそこらの野球経験者の若えヤツなんか足元にも及ばない、と筆者は見抜いている。それをおくびにも出さずニコニコと謙虚で温厚な男なんである。
試合経過は抜きで、冬のカラリ晴天下での写真中心にて。F先発はShunto、マスクをかぶるは主将Haruto。この大きな二人が今季のFを牽引するわけだが、いかんせん選手人数は10名。おっかなびっくりの低学年の子もレギュラーというFの台所事情。それはアリコも同様らしく11名ほどの選手の半数が3年生以下らしい。有馬の子どもたちはいったいどこへ消えてしまったのだろうか。まるで神隠しにあったように忽然といなくなってしまったと思うのは筆者の杞憂だろうか。
Masaharuの打席で久々撮れた「日向に放置された月見だいふく的グニャリボール」の瞬間。
遠近の妙。何度もここで撮っているけれど。カラーコーンと本塁打席の比較対象。
この試合Haruの打率は相当良かったはずだ。長打連発であった。アリコも頑張った。主軸の主将くんが起死回生の三塁線を抜ける鋭い打球を放つ。
Masaharuの打席でヘルメにデッドボール。1年生ならば痛くなくてもギャンギャン泣き叫ぶであろう場面。この時は気づかなかったが帰宅後Macで拡大して見ると、あの硬いヘルメがグニャリと撓(しな)っているではないか。これには驚いた。がしかし、考えてみればこの程度で粉々に割れてしまったのではむしろ目に入って危険である。少々の衝撃では割れずに柔軟にしなることで、危険を回避するわけだと推察。これは車の強化ガラスや、高層ビルの免震構造にも通底する論理である。硬いと信じ込んでいたけれど実は柔軟で、硬いのはヘルメットではなくお前の頭なのだと思い知った今日この頃、年を経てもこんな小さな発見があることは実に嬉しいことである。写真右下の赤い四角を注視されたし。ヘルメのツバが餃子の皮をひねったように衝撃を吸収して変形している。
最後にHaruの素晴らしい打撃フォーム。以前はインパクトの瞬間は前がかりだったが、今はしっかりと後ろに体重を残して、いかにも長距離打者風のフォームになって来た。兄Hiroを彷彿とさせる姿に。今年に期待したい。
試合終盤だったが筆者は仕事に戻るため中座。しかし帰宅し一杯舐めながらMacを起動し、CAD設計アプリを開いた途端に猛烈な睡魔に襲われて撃沈。猛烈な睡魔はハムナプトラの砂嵐よりも猛威を振るうのである。
...さて、時系列は戻って昨日土曜日。
Q練習の後第四からFの有馬小へ。ヘルメットを脱ぎグランドへ行くとそこにはヒッチコックの「鳥」のようなおぞましい光景が...。なんちゃって。フレンズではMaeda、Nakamura夫婦を中心にジュニアフレンズなる、幼稚園児を対象としたチームを創設したことは「晴耕雨読」で既報の通り。この中から何人が本チームに入部してもらえるかは未知数だけれど、実に素晴らしい取り組みである。選手10名、家庭数7家庭のチームとは思えない現フレンズの涙ぐましい取り組みに、身内ながら心から喝采を送りたい。
グランド半分ではフレンズ10名が閑散と練習に励み、かたやもう半分ではJrのちびっこ軍団が父母も含めて大勢で賑わっていたのだった。Jrは本チームを凌駕する15名ほどの大所帯。フレンズを卒団した子の弟や妹ちゃんも参加していた。
きゃっきゃ言いながら野球を楽しむ姿に、野球のみならず本来のスポーツを楽しむ、ニンゲンの本能を彼ら彼女らに見い出して、ますます期待の春に胸が膨らむのだった。
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