これまでちょこちょこインスタにアップしていた野球関連の総括編とも言えるブログ。先日来から野球に関わってきた話だけれど、共通項は宮前出身ということ。まずはフレンズ+Queensを卒業して中学女子野球クラブ城南鵬翔に所属しているSatsuki。三年生となって最後の試合となった。誰でもいつかは来るそんな瞬間だ。Nakamura父からもらった写真を承諾の上掲載。スラリスレンダー女子に成長した。先日はHideakiの応援に兄と甲子園へ応援に行ってきたとのこと。
Queensと言えば神奈川代表YAMAYURIのYuiとShiho。ライブ配信で観戦したが、決勝は残念ながら敗戦となって準優勝に終わった。決勝戦はYuiもスタメンに名を連ねたのだが、写真を撮り損ねて残念。エースShihoが連投で奮闘した。それでも全国大会での準優勝だもの。立派なものである。彼女たちの奮闘を讃えてあげよう。
ベンチには多摩ウィンドフラワーズのMinobeさんの顔も。女子の扱いには慣れている大ベテランである。宮前Queens公式インスタにも二人の選手を労う力作画像がアップされた。数日後の今日(8/23)は帰って早々浜銀カップに出場となった。
さて今日の甲子園決勝である。筆者は今年輪番制のマンションの理事で、午前10時から理事会があり会の前に開口一番宣言したんである「私用があって11時には退室します」と。11時からなら後半戦は観戦できるだろうと画策。会議中膝の上に乗せたスマホでこっそりライブ配信を確認した時は1:1の同点だった。
急いで帰宅しNHK中継を観戦。結果は皆さん周知の通り。Hideakiの一挙手一投足に、小学生当時の面影を発見し楽しくなってしまう。
Satoh現総監(当時監督 )やYanagisawa代表の教え子である。代表はフレンズの練習が終わって解散した後、グランドに夕闇迫り薄暗くなってもHideakiを居残らせて、マンツーマンで素振りの特訓を指導していたものだ。主将だったHideakiは責任感が強く下の子の面倒見がよく、大人の言うことにきちんと耳を傾ける素直ないい選手だった。
甲子園とフレンズの繋がりを少し。Satoh総監のチームメイトのKakenoくんが東北高校から甲子園へ出場を果たした。2個下のItohくんと筆者の息子は同期だったが、その更に下の学年にMiyataくんがいた。彼も東北高校へ進学し、甲子園の決勝戦まで行ったんである。一個下の学年にダルビッシュ有がいた時代。Miyataくんもまた準優勝で涙を飲んだけれど。その後慶應大学で野球をやり、日本石油(現エネオス)でも社会人野球で活躍し、今は(たぶん)背番号77番のコーチに就任している。先日の準決勝NHKの解説者は元エネオス監督の坂口氏と知って調べたら、Miyataくんとエネオスで一緒だったようだ。実に面白いではないか。甲子園準優勝だったMiyataくんは今エネオスで、その元監督が解説している目の前の日大三高のHideaki。お互いに誰もその関係性は知らないはず。フレンズOBで甲子園準優勝選手であることを。
準決勝の本塁帰還のシーンでは、ユニフォームが真っ黒けで、まるで黒い全身タイツを着ているかのようだ。今日の試合でもファウルフライをファーストと交錯しそうになりながらダイビングキャッチを敢行していた。甲子園の黒いユニフォームは努力と勇気への勲章だ。「ケンギショウ」もいいチームだったなあ。筆者は毎年公立校を応援したいので、今回は複雑だったがフレンズ出身者が出ているので話は別だ。
そして今日の決勝戦。甲子園が始まってからフレンズOBグループLINE(80名)はもうお祭り騒ぎだった。HideakiやTsukasaを知る年代が多いこともあって「感動をありがとう」「お疲れさまでした」などの文言が飛び交い埋め尽くされるLINEとなった。Hideakiの最後の打席で痛烈なショートゴロを打った瞬間は思わず「抜けろっ!」とTVに向かって叫んでしまった。
かくして甲子園準優勝選手を二人も輩出したフレンズだけれど、取りも直さずそれはフレンズのみならず有馬の地元や宮前区、宮少連の誇りでもある。
(以下、インスタ同文+α)
高校球児3年生の皆さんへ
甲子園の夏は終わったが、キミたちは大人の階段を登り始めたばかり。周囲の人たちへの感謝を忘れずに、これまで培ってきた経験を生かして一歩ずつ階段を登ってほしい。

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