2016年6月1日水曜日

小説「月に降る雨」4-A

龍一が中野坂上のアパートに越したのをきっかけに、まるで吸い寄せられるように希伊はここで同棲することになった。ある日曜日の午後突然引っ越し業者がやって来て、決して多くはない荷物を部屋に運び込むのを唖然と見ていると、ほどなくしてショートカットの髪を汗で額に張り付かせた希伊がにっこり笑いながら言った。
「来ちゃったよ」
龍一はびっくりしながらも、この瞬間を楽しんでいる自分を発見した。可愛い猫が背後の高い棚から突然肩に飛び降りてきたように。そっか、今日から希伊と一緒に暮らすんだ。悪くない。
「それにしてもいきなりすぎじゃんよ。前もって連絡くれればいいのに」
「ほう、前もって連絡してたらどうしてた、リュウ?公衆電話代がもったいないじゃん」下から上目遣いで見上げる希伊のいたずらっぽい目に若干うろたえながら
「前もって連絡くれてたら....んまあ、変わんないか」と言って希伊を見ると、彼女はすでに業者へ向かって勝手知ったる狭い部屋に、あれを置いてこれを運んでと指示を飛ばしていた。「聞いてねえのかよ」
そんなある五月の晴れた日曜から二人の同棲は始まったのだった。

いろんなところへ行った。場所はどうでも良かった。近くの公園だったり遊園地だったり神宮での野球観戦だったり。時には金沢へ二泊三日の遠征に出かけたりもした。また時には部屋を一歩も出ず、一日中裸で抱き合ったり。二人の心と躯の距離は以前にもまして縮まり、熱したフライパンにバターをふた切れ落としたように、熱く解け合うような濃密なな一年間が過ぎた。ときどき激しく口喧嘩をしたこともあったが、互いに心が離れることは決してなく、このままずっとこの暮らしを続けたいと思うようになった。
その間、龍一も希伊もバイトを懸命に続けた。すでに店では二人の仲を知らぬ者はいなかった。皆に愛され祝福されていた。店長に至っては、きみたち結婚するときは俺に仲人やらせろよ、と強要するくらいに。「俺が今独身でカミさんと出会ってなくて子ども四人もいなかったなら、絶対きいちゃんにプロポーズしてるんだがな」と、九十キロの体躯をわっさわさ揺らして言った。破顔一笑龍一は希伊を振り返った。
「希伊、どうする?」にこにこしながら希伊が返す。
「店長。お言葉は嬉しいんですが、絶対無理っす」
「おいおい絶対はねえだろう、絶対は」
バイト仲間同士でも池袋の店が終わったあと新宿歌舞伎町まで行き、何度か朝まで飲んだこともある。「自分もいつかリュウさんときいさんみたいなカップルになりたいっす」と、今年専門学校二年生のバイト後輩に言われたこともあった。
「ダメダメ。おまえはちゃんと学校出て、ちゃんと就職してちゃんとした社会人になってから。俺みたいなバイトの不安定な立ち位置じゃあ、結婚なんて無理だぜ」
「いやいや、結婚なんて言ってないっすよ。彼女を作るならきいさんみたいな人がいいかなあって」
そうか、俺、結婚のことまで希伊とのことを考えているのだなと、はからずも思い知らされた龍一だった。今までも考えなかったわけではない。しかし、バイトの身ではどこかの会社の社員になって安定した生活を保証されている者に比べたら、まだまだ無理だと思っていた。その時ふと龍一は思った。『まだまだ...?』まだって、じゃあいつまで?龍一の胸の奥にぽっと熱い炎が灯った。希伊との今の暮らしのことばかりしか頭になくて、今日よりも明日のことに思いが至らなかった自分を恥じた。
「神島さん、何難しい顔してんすか。希伊さん、俺、なんか怒らせちゃったかな」
希伊はビールのお代わりを店員に頼んでから
「気にしない気にしない。リュウがこういう時って、なんか別のことに頭が飛んでる証拠なのよ」
後輩と希伊のその会話すら聞こえていない龍一だった。

翌日曜にコンビニへ行き履歴書を買った。消費税が3%から5%に上がっていた。その足で丸ノ内線で新宿まで出向き履歴書用の写真も撮ってきた。新宿西口は立錐(りっすい)の余地もないほど超高層ビルが林立していた。ビルの隙間から見上げる四角い空は、都会にしては珍しいほどの雲ひとつない紺碧だった。この年の十一月にサッカー日本代表がアジア最終予選で、悲願のワールドカップ・フランス大会初出場を決めることになる。
そんな1997年だった。

.....................

今日やっと分かったんである、ポチクリが少ない理由が。PCならば記事の下に「いいね」的なボタンがあるのだけれど。最近はスマホで見る人が圧倒的に多い。スマホではこのボタンが表示されないんであった。画面最下部の「ウェブバージョンに切り替える」にすれば、PCで見るのと同じ画面に変わる。そこの下にひっそりとポチクリボタンがあるのだが...。

次回は「小説4ーB」
こういう余計なあとがきは無しで掲載しちゃう。
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5 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

ポチクリしましたᐠ( ᐢᐢ )ᐟ

匿名 さんのコメント...

ポチクリしましたよᐠ( ᐢᐢ )ᐟ

テッシー さんのコメント...

匿名さん コメントありがとうございます。

ポチクリだけが小説を書く意欲ってわけでもないのですが、
反応がわからないと、ついネガティブになって、
「独りよがりの駄文」なんじゃないかって、疑心暗鬼になったりして。
一方通行のブログにはつきもののものですが。

もう迷いません。
行くところまで行く所存であります。たとえ駄作でも。

勇気をもらえるポチクリ、本当にありがとうございました。

匿名 さんのコメント...

楽しんで読ませて頂いてます♩

テッシー さんのコメント...

匿名さん ありがとうございます

当初の感覚ではもうとっくに終わってるはずでしたが。
どんどん長くなりそうな予感。