「名は体(たい)を表す」。一応小学生諸君に解説を試みると、名前というものはその人の性質や実体を表しているものだ、というほどの意味なんである。キミのクラスにもし、丘の上の豪邸に住んでいる「冨岡賢一郎」くんという秀才がいたならば、こんなふうに使われる。
「冨岡賢一郎くんは高台に住んでいるお金持ちで、しかもクラスで一番の成績の男の子だ。名は体を表すとはよく言ったものだ」と。
まるで取って付けたような例題ではあるが。
名刺というものも違った意味で名は体を表しちゃうかもなんである。
歴史があり堅実で真面目な企業にはそれなりのスタンダードで縦型白黒の名刺。
ゲーム会社などは遊び心満載でトリッキーでカラフルな横型名刺。
なんて具合に。
毎年というわけでもないが、フレンズでは役の付いたスタッフには名刺を作っている。
代表や監督、29、28、スコアラー、事務局....母マネージャーも含めて。現実的には少年野球に名刺なんかなくとも全然OKなんであるが、例えば新任の事務局は対外交渉なども多くなるため、名刺はないよりはあったほうが良いだろう。
年末から新年にかけてチームの仕事が満載だ。スコア集計、成績表編集印刷、送る会企画準備、年が明けて部員募集チラシポスター制作、先日は母たちの間でチームロゴ刺繍入りパーカーを作るという気運が盛り上がり、そのお手伝い。それに今回の名刺制作。このあとは2月対外試合解禁までにマグネットの2015年版スタメンボードの制作と続く。俺っていつからこんなんなったんだろうか?
全ては「フォアザチーム」なんである。
ではでは名刺を公開。あとで後悔しないように個人情報はボカシを入れて。
監督30、29、28番は特別に縦縞ユニフォームをモチーフにデザイン。
その他のスタッフはフレンズカラーを基調に、携帯番号とアドレスを。
毎年母マネージャーにも作っている。女性はスコアラーも含めてベースをピンクに変えて。一番の目的はチームの士気を高めることにあるのだ。使っても使わなくとも。
市販の名刺専門用紙にウチのインクジェットプリンターで印刷。
筆者はいちスコアラーなので例年皆と同じく普通に作っていた。
一人につきたった20枚だけしか作らないのだが、筆者はグランドや懇親会などで名刺を出すということに妙な気恥ずかしさや違和感を覚えるので、案外枚数は使わないのである。在庫があれば見送ったのだけれど、しかし今回はちょうど切らしてしまったので、自分のも印刷することに。
どうせならこんな風に筆者特別バージョンで自分だけリノベーションしちゃったんである。既得権益を貪るというべきか、デザイナーの特権というべきか、年長者の暴走というべきか、何はともあれ、勝手にデザインを変更しちゃったんである。
肩書きは「副代表」にすべきか「参謀」にしようか、いっそ参謀繋がりで「サンボマスター」がいいか、「フレンズCEO」、いやいや「陰の専務取締役」はたまた広報がらみで「官房長官」ではどうか....。
夜も寝ずに悩んだ末に、やっぱり普通に「有馬フレンズ コーチ・スコアラー」とした。そしてもうひとつ今回は「宮前Queens 広報担当」も加えた。
フレンズ予算で名刺にQueensの名前を入れたとしても、これを非難するほど我がチームの大人たちの心は狭量ではない。過去にHarukaがお世話になっているし、これからもKurumiなどが入ることもあり、筆者がQueens広報であることはチーム内にも浸透しているし、うちのチームならばむしろ快哉(かいさい)を叫んでくれるであろうことを期待してのデザインなんである。女子野球Queensは大きな意味で宮前全チームの宝だから。
因にとても余計なことであるけれど、筆者の本来の仕事用名刺も初公開。これは俗に言う蛇足というヤツである。
恵比寿で個人事業を開業して以来3,4回ロゴや名刺デザインを変えてきた。昔は印刷ショップでデザインデータ持ち込みでも100枚で4,500円くらいしたものだった。今はTVCMでも流れているネットの「プリントパック」に発注して約2,000円で作っている。クォリティーは抜群である。ちっぽけな個人事務所ではあるけれど、現場では大手建設会社の部長クラスともこの名刺一枚で対等に対峙(たいじ)してきたし、既得権益を保守しようとする一流企業の担当20数名を相手に、クライアントの利益を守るため怒号を発し論破したこともある。あれは晴海トリトンの現場だった....。
「名は体を表す」し、または、「スポーツはまずは格好から入る」のも良いではないか。
S会長、K代表、Yマネージャー兼大蔵大臣、並びに連盟財務省官僚S事務局長。Queensスタッフや連盟の名刺も作っちゃいますか?(^-^)
ヤッベ、「自分で墓穴を掘る」とはこのことである。
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2015年1月25日日曜日
名は体を表す
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有馬フレンズOB、宮前Queens、宮前区少年野球連盟のブログを通じた広報担当です。写真と文章のブログ、たまには個人的日々雑感も。
2015年1月23日金曜日
慢心は最大の敵
アジアカップが終わってしまった。
1:1のドローのまま最後はPK戦。まさかの先頭本田がミスをし5人ずつ蹴ってまたしても4:4のタイ。更に延長のPKで6人目の香川もポストに嫌われて、結果アギーレJAPANは負けた。香川は大好きな選手の一人だが、蹴る前のTV画面の彼の表情を見ていたら、「香川、もしかして外すんじゃないか」と思ったのだった。筆者の杞憂に終わらなかったのは不幸の極みであった。
PKの結果なんかどうだって良い。PK戦まで持ち越してしまったことが全ての敗因だと思う。
シュート数UAE3に対して日本は35本、それでも1:1の決定力のなさ。後半UAEのディフェンスの脚が止まって圧倒的な日本のボール支配率だったのにもかかわらずだった。いつかゴールが決まるはず、いつか逆転するはず、悪く言えばシュートを打っていればそのうち入るはず的な。大昔からJAPANに付いて回る「決定力不足」が露呈。
JAPANの心のどこかに慢心と焦燥はなかったか?
得点能力が仮に3:35の差があれば、野球なら確率的にほとんど後者が勝つ。
しかしサッカーはそうではない。
野球用語に「試合には負けたが勝負には勝った」という慣用句があるが、サッカーには「試合に勝ったものが勝負にも勝った者」となるんである。
転じて少年野球である。
有馬フレンズは昨年あたりから長年の低迷を脱却する兆しが見えてきた。新6年生がいつのまにやら11名、その中には人数の少ないチームにありがちなパターンで、3年生頃からAチームで試合経験を積んで揉まれて来た選手もいることが大きな財産になっている。現指導陣もさることながら、むしろこの子たちの長年の経験値の蓄積が大きい。小さい頃からここまで指導してきた数年来の監督、コーチ、ベンチスタッフ、父母たちの賜物である。負の遺産ならぬ正の遺産を受け継いで臨む今年なんである。毎年シーズンオフのこの冬の時季は、Aチームの選手でさえキャッチボールさえままならぬこともあった。ボールを後ろに逸らすたびに暗鬱な気分になる。長いあいだグランドの片隅で見てきたけれど、例年と違い今年はそのキャッチボールでも後ろに逸らすボールの数は確かに減ってきたようだ。野球の基本はキャッチボールにある。キャッチボールが出来ない選手はたぶん何をやっても上達しないはずだ。
先日Queensの新年会に参加した筆者は、会う人ごとに笑顔で「今年のフレンズさんは相当いい線いくでしょう」と言われた。もちろん半分はリップサービスと心得る。「いやいやフタを開けてみるまで分らないですよ」と苦笑で返す筆者。決して謙遜ではない。そこそこイケルところまで行くだろうとは思う。しかしそれにはふたつ条件がある。
慢心しないこと。
普段の練習どうりに力を出し切れること。
つまりは、技術よりも精神力がいかに強く保てるかである。
大人だって普段の仕事の場面でこれをキープするのは至難の技なのに、子どもにそれを求めるわけで。でもこれが出来ないと、決して上には行けないはずだ。上に行けば行くほど技術よりも体力と精神力がモノを言うのは、少年野球のみならずどのスポーツでも同じなはず。近年の宮前常勝軍団WやSなどは上部に行っても勝負強いのは、これが他のチームと違う差異と言えるだろう。
点差が開いても諦めない気持ち。点差があっても慢心しない気持ち。
私たち監督コーチや親は、選手たちにどんなに期待してもかまわないが、
子どもも大人も心の隙間に「慢心」が忍び寄ったときは己を自分で締めてかからねばならない。それは他人に指摘される前に自分で気がつくことが望ましいけれど....。
しかし「慢心」というヤツは自分ではなかなか気がつかない厄介な生き物なんである。
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1:1のドローのまま最後はPK戦。まさかの先頭本田がミスをし5人ずつ蹴ってまたしても4:4のタイ。更に延長のPKで6人目の香川もポストに嫌われて、結果アギーレJAPANは負けた。香川は大好きな選手の一人だが、蹴る前のTV画面の彼の表情を見ていたら、「香川、もしかして外すんじゃないか」と思ったのだった。筆者の杞憂に終わらなかったのは不幸の極みであった。
PKの結果なんかどうだって良い。PK戦まで持ち越してしまったことが全ての敗因だと思う。
シュート数UAE3に対して日本は35本、それでも1:1の決定力のなさ。後半UAEのディフェンスの脚が止まって圧倒的な日本のボール支配率だったのにもかかわらずだった。いつかゴールが決まるはず、いつか逆転するはず、悪く言えばシュートを打っていればそのうち入るはず的な。大昔からJAPANに付いて回る「決定力不足」が露呈。
JAPANの心のどこかに慢心と焦燥はなかったか?
得点能力が仮に3:35の差があれば、野球なら確率的にほとんど後者が勝つ。
しかしサッカーはそうではない。
野球用語に「試合には負けたが勝負には勝った」という慣用句があるが、サッカーには「試合に勝ったものが勝負にも勝った者」となるんである。
転じて少年野球である。
有馬フレンズは昨年あたりから長年の低迷を脱却する兆しが見えてきた。新6年生がいつのまにやら11名、その中には人数の少ないチームにありがちなパターンで、3年生頃からAチームで試合経験を積んで揉まれて来た選手もいることが大きな財産になっている。現指導陣もさることながら、むしろこの子たちの長年の経験値の蓄積が大きい。小さい頃からここまで指導してきた数年来の監督、コーチ、ベンチスタッフ、父母たちの賜物である。負の遺産ならぬ正の遺産を受け継いで臨む今年なんである。毎年シーズンオフのこの冬の時季は、Aチームの選手でさえキャッチボールさえままならぬこともあった。ボールを後ろに逸らすたびに暗鬱な気分になる。長いあいだグランドの片隅で見てきたけれど、例年と違い今年はそのキャッチボールでも後ろに逸らすボールの数は確かに減ってきたようだ。野球の基本はキャッチボールにある。キャッチボールが出来ない選手はたぶん何をやっても上達しないはずだ。
先日Queensの新年会に参加した筆者は、会う人ごとに笑顔で「今年のフレンズさんは相当いい線いくでしょう」と言われた。もちろん半分はリップサービスと心得る。「いやいやフタを開けてみるまで分らないですよ」と苦笑で返す筆者。決して謙遜ではない。そこそこイケルところまで行くだろうとは思う。しかしそれにはふたつ条件がある。
慢心しないこと。
普段の練習どうりに力を出し切れること。
つまりは、技術よりも精神力がいかに強く保てるかである。
大人だって普段の仕事の場面でこれをキープするのは至難の技なのに、子どもにそれを求めるわけで。でもこれが出来ないと、決して上には行けないはずだ。上に行けば行くほど技術よりも体力と精神力がモノを言うのは、少年野球のみならずどのスポーツでも同じなはず。近年の宮前常勝軍団WやSなどは上部に行っても勝負強いのは、これが他のチームと違う差異と言えるだろう。
点差が開いても諦めない気持ち。点差があっても慢心しない気持ち。
私たち監督コーチや親は、選手たちにどんなに期待してもかまわないが、
子どもも大人も心の隙間に「慢心」が忍び寄ったときは己を自分で締めてかからねばならない。それは他人に指摘される前に自分で気がつくことが望ましいけれど....。
しかし「慢心」というヤツは自分ではなかなか気がつかない厄介な生き物なんである。
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2015年1月20日火曜日
Queensオトナの新年会
宮前Queens新年会なんである。毎年恒例になった、姫たちは抜きでオトナだけでの開催。
Kasahara代表の太平洋のように広く、黄河のように太い人脈(言い過ぎである)で築いたヒトの中に、Ohsawaさんがいる。来歴を語ればきりがないのだが、あのプロ野球解説の故大沢啓二氏、大沢親分の息子さんである。その昔、親分ご存命の頃は江夏豊氏と共に、宮前のチームに少年野球教室を開きにきていただいたこともある。その息子さんのOhsawaさんは銀座久兵衛で長年修行し独立、現在は溝口で知る人ぞ知る隠れ家的有名鮨店のオーナーである。ここの鮨が絶品なんであった。普段回る系鮨店に舌が慣れてしまった筆者のような輩には、目が回るほどの目からウロコ的旨さなんである。
その溝口「鮨長」の出張握りなんである。今日は店を閉めてまで来ていただいたわけで。ちなみにMurataコーチによれば、お店のスタッフの女性も美女が多いのだそうだ。代表からOhsawaさん始め鮨職人スタッフの紹介からパーティーは始まるんでる。
昨年も筆者は参加したんだけれど、まことにもってこの鮨が旨い。今編集で写真を見てるだけでも「ああ〜、もっと食べておけば良かったなあ」と後悔しちゃうくらいである。
これに加えて嬉しいのはQueens母たち手作りの一品が持ち寄られるんである。ひと品ずつ皿に取りご相伴にあずかった。それぞれの家庭の味を味わうのはなかなかない機会であるからして。みなとてもおいしかったのは言うまでもない。心のこもった手料理、お母さんたちありがとう。しかし、どういうわけか誰が何を作ったかは我々オヤジどもには秘密なんだそうな。
少し食べて飲んでから、広報部長のミッションを遂行するべく各テーブルへ出撃する。
Queensはこういう会になると、先輩後輩、年齢男女の差など関係なくぐちゃぐちゃに入り乱れて談笑しちゃうんである。それぞれ母体チームを持ちながらもQueensでは皆ひとつになれるところが、女子野球の素晴らしいところだと筆者は常々思っているわけで。
「遅れて来た青年」は確か大江健三郎か石川達三だったと思うけれど、遅れて来たオヤジも何人もいる。その一人Juri父Okumuraさんが参戦。手にはなんと焼酎「晴耕雨読」の一升瓶が。これまた旨いのだ。過去にOgasawaraさんやMochidaさんにいただいて、いっぺんでファンになった経緯があった。決してこの焼酎からブログ名を少年野球「晴耕雨読」にしたわけではない。「晴耕雨読」ブログを始めて数年後この焼酎の存在を知ったんである。辛口好きにはたまらない。ブログのほうも時に辛口の論調で書くこともある。年間通じて滅多にないけれど。Okumuraさん「おお、Tさんのブログと同じ「晴耕雨読」じゃん」というので酒屋で購入してきたんだそうな。ありがたき幸せ。
ちなみにこの会、母の手料理に対して我々オトコどもはビール、日本酒、焼酎、ワイン、適当な酒をなんでもいいから持ち寄るのが今年の決まりなんであった。
会場はそれぞれの「分科会」で盛り上がる。渾然一体、酒池肉林、常に流動的にメンバーが入れ替わり立ち替わり....。昨年OBの女子硬式野球で頑張っているMochida夫妻、Queens姫ならぬ「Queensの歌姫」Sone母も駆けつけてくれた。
今季28番を背負う重責をあれよあれよと言う間に背負ってしまったTanakaオヤジ。例によってエンジンに火が灯った。
筆者はシャッターチャンスを求めてあちこち彷徨しそれぞれの場面を切り取ったつもりなんである。ところがこうして見るとそのほとんどの絵の中にTanakaオヤジが顔を出していたんであった。筆者よりも年下なんであるが、「昭和のオヤジ」的匂いをふんぷんさせながら徘徊している、Tanakaさん。ある意味Queensのアイドルオヤジなんであった。
「お母さん〜!今からプロの巻き鮨教室やるよー」とKasaharaさん。
のり巻き鮨の体験会開催であった。わらわらと群がったのは意外にも母よりも野郎どもが多数。筆者も興味津々。プロの使う包丁を使わせてもらってマグロやキュウリを切らせてもらう。これにオヤジどもが興味を引いたようだ。筆者も手にした包丁でキュウリを切った。ズシリと重いくせにその自重だけで空気を切るくらいの感覚でサックサクに切れるわけで。普段なら絶対素人なんぞには触らせないはずの料理人の包丁である。それを特別に。ありがたし。
左手に焼酎「晴耕雨読」のグラス、右手にNIKONを片手にまたいろいろな絵を撮った。
Sohma会長はご機嫌であった、美女に囲まれて。一見強面(こわもて)ながら奥の深い洞察力と人を見る選球眼は、氏を知らない方にはわからないだろう。(今日のブログは皆を褒め過ぎか)しかし、時には雷が轟くがごとく激高することもある。天はにわかにかき曇り、地はその怒号に震えるほどの。その半面、少年のような若さとバイタリティーとユーモアに富んだ豪快なオトコなんである。カメラを向けると満面の笑みで母たちとピースサイン。Q母たちに言わせば畏怖の念を抱きつつも、人となりを知っているので会長は飽くまで「お茶目」なおじさんなんである。
ここでもなぜかTanakaオヤジが不思議とちゃっかり存在しちゃっている。神出鬼没の変幻自在の縦横無尽の東奔西走的Tオヤジ。
「おーい、Daiちゃん、Tanakaさんをヘッドロックしちゃって」
レンズを向ければイマイチ眼鏡のズリ落ち方が美しくない。あのビミョウで芸術的なズリ落ち度が筆者には絵的に欲しかった。それをぼやいた瞬間、右からKitmatsuオヤジの手が伸びて最適な角度まで眼鏡をズラしてくれた。ナイスアシストなんである。こうでなくっちゃだわ。
最後はみんなで締めと記念撮影。
このあと十数名が二次会カラオケに流れた。筆者もその一人。
.............。帰宅したのはAM2:30頃だったように思う。
あまり記憶が確かではないけれど(^-^)/
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Kasahara代表の太平洋のように広く、黄河のように太い人脈(言い過ぎである)で築いたヒトの中に、Ohsawaさんがいる。来歴を語ればきりがないのだが、あのプロ野球解説の故大沢啓二氏、大沢親分の息子さんである。その昔、親分ご存命の頃は江夏豊氏と共に、宮前のチームに少年野球教室を開きにきていただいたこともある。その息子さんのOhsawaさんは銀座久兵衛で長年修行し独立、現在は溝口で知る人ぞ知る隠れ家的有名鮨店のオーナーである。ここの鮨が絶品なんであった。普段回る系鮨店に舌が慣れてしまった筆者のような輩には、目が回るほどの目からウロコ的旨さなんである。
その溝口「鮨長」の出張握りなんである。今日は店を閉めてまで来ていただいたわけで。ちなみにMurataコーチによれば、お店のスタッフの女性も美女が多いのだそうだ。代表からOhsawaさん始め鮨職人スタッフの紹介からパーティーは始まるんでる。
昨年も筆者は参加したんだけれど、まことにもってこの鮨が旨い。今編集で写真を見てるだけでも「ああ〜、もっと食べておけば良かったなあ」と後悔しちゃうくらいである。
これに加えて嬉しいのはQueens母たち手作りの一品が持ち寄られるんである。ひと品ずつ皿に取りご相伴にあずかった。それぞれの家庭の味を味わうのはなかなかない機会であるからして。みなとてもおいしかったのは言うまでもない。心のこもった手料理、お母さんたちありがとう。しかし、どういうわけか誰が何を作ったかは我々オヤジどもには秘密なんだそうな。
少し食べて飲んでから、広報部長のミッションを遂行するべく各テーブルへ出撃する。
Queensはこういう会になると、先輩後輩、年齢男女の差など関係なくぐちゃぐちゃに入り乱れて談笑しちゃうんである。それぞれ母体チームを持ちながらもQueensでは皆ひとつになれるところが、女子野球の素晴らしいところだと筆者は常々思っているわけで。
「遅れて来た青年」は確か大江健三郎か石川達三だったと思うけれど、遅れて来たオヤジも何人もいる。その一人Juri父Okumuraさんが参戦。手にはなんと焼酎「晴耕雨読」の一升瓶が。これまた旨いのだ。過去にOgasawaraさんやMochidaさんにいただいて、いっぺんでファンになった経緯があった。決してこの焼酎からブログ名を少年野球「晴耕雨読」にしたわけではない。「晴耕雨読」ブログを始めて数年後この焼酎の存在を知ったんである。辛口好きにはたまらない。ブログのほうも時に辛口の論調で書くこともある。年間通じて滅多にないけれど。Okumuraさん「おお、Tさんのブログと同じ「晴耕雨読」じゃん」というので酒屋で購入してきたんだそうな。ありがたき幸せ。
ちなみにこの会、母の手料理に対して我々オトコどもはビール、日本酒、焼酎、ワイン、適当な酒をなんでもいいから持ち寄るのが今年の決まりなんであった。
会場はそれぞれの「分科会」で盛り上がる。渾然一体、酒池肉林、常に流動的にメンバーが入れ替わり立ち替わり....。昨年OBの女子硬式野球で頑張っているMochida夫妻、Queens姫ならぬ「Queensの歌姫」Sone母も駆けつけてくれた。
今季28番を背負う重責をあれよあれよと言う間に背負ってしまったTanakaオヤジ。例によってエンジンに火が灯った。
筆者はシャッターチャンスを求めてあちこち彷徨しそれぞれの場面を切り取ったつもりなんである。ところがこうして見るとそのほとんどの絵の中にTanakaオヤジが顔を出していたんであった。筆者よりも年下なんであるが、「昭和のオヤジ」的匂いをふんぷんさせながら徘徊している、Tanakaさん。ある意味Queensのアイドルオヤジなんであった。
「お母さん〜!今からプロの巻き鮨教室やるよー」とKasaharaさん。
のり巻き鮨の体験会開催であった。わらわらと群がったのは意外にも母よりも野郎どもが多数。筆者も興味津々。プロの使う包丁を使わせてもらってマグロやキュウリを切らせてもらう。これにオヤジどもが興味を引いたようだ。筆者も手にした包丁でキュウリを切った。ズシリと重いくせにその自重だけで空気を切るくらいの感覚でサックサクに切れるわけで。普段なら絶対素人なんぞには触らせないはずの料理人の包丁である。それを特別に。ありがたし。
左手に焼酎「晴耕雨読」のグラス、右手にNIKONを片手にまたいろいろな絵を撮った。
Sohma会長はご機嫌であった、美女に囲まれて。一見強面(こわもて)ながら奥の深い洞察力と人を見る選球眼は、氏を知らない方にはわからないだろう。(今日のブログは皆を褒め過ぎか)しかし、時には雷が轟くがごとく激高することもある。天はにわかにかき曇り、地はその怒号に震えるほどの。その半面、少年のような若さとバイタリティーとユーモアに富んだ豪快なオトコなんである。カメラを向けると満面の笑みで母たちとピースサイン。Q母たちに言わせば畏怖の念を抱きつつも、人となりを知っているので会長は飽くまで「お茶目」なおじさんなんである。
ここでもなぜかTanakaオヤジが不思議とちゃっかり存在しちゃっている。神出鬼没の変幻自在の縦横無尽の東奔西走的Tオヤジ。
「おーい、Daiちゃん、Tanakaさんをヘッドロックしちゃって」
レンズを向ければイマイチ眼鏡のズリ落ち方が美しくない。あのビミョウで芸術的なズリ落ち度が筆者には絵的に欲しかった。それをぼやいた瞬間、右からKitmatsuオヤジの手が伸びて最適な角度まで眼鏡をズラしてくれた。ナイスアシストなんである。こうでなくっちゃだわ。
最後はみんなで締めと記念撮影。
このあと十数名が二次会カラオケに流れた。筆者もその一人。
.............。帰宅したのはAM2:30頃だったように思う。
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2015年1月16日金曜日
時限爆弾付き便座
今日仕事中に聴いていたJ-WAVEでちょっと面白いダジャレを知った。
いまだに大人気の「アナと雪の女王」にひっかけて....
「雨と雪の情報」
明日は神奈川地方、どうやら晴れの予報である。
さて、野球の話ではないんである。
筆者サラリーマンを辞めてから13年間ほど恵比寿で設計事務所を持っていた。ヘビーユーザーの方ならご存知のはず。開業して2年目にMacを購入した。全くの独学で設計ソフトのVectorWorksやグラフィックソフトIllustraterやPhotoshopを習得。パソコンのモニターはサードパーティー製で三菱と中古のI社製を使っていたんであった。当時は液晶ではなくまだCRT画面が主流だった。あの後ろにどすんと長いズングリムックリの重たいモニターである。
パソコンモニターの寿命はおおよそ5年と言われていた。今でもそうかもしれない。最後の中古I社製のモニターがある日突然「ボンッ!!!」という低い小さな音とともに画面がブラックアウトし焦げ臭い匂いが鼻をつく。とうとう天に召されたんであった。そのあとモニター裏面にあるシールの製造年月日を見てみたら、なんと製造日はぴったり5年前の同じ月なんであった。つまりあらかじめ決められたかのような5年の寿命を全うしたんであった。嘘のような本当の話である。まるで映画「ブレードランナー」のレプリカントの寿命のように。
さてトイレ、それも暖房便座のウォシュレットである。
ウォシュレットはTOTOのブランド、シャワートイレはINAXの商標。ウチのトイレは10年ほど前にキッチン風呂洗面含めて水回りを全面改装した。トイレはINAXの暖房洗浄便座。
先日この便座の電源ランプがせわしくチカチカ点滅し始めた。気になるのでネットで調べたら、10年目を目安に点検買い替えを促すために点滅する機能なのだった。つまりちょうど10年経ったからそろそろヤバイヤバイよ、というサインなんである。
それから数日して、なんと.....。
まるで冒頭のパソコンモニターのように、ぴったりその時はやってきた。
まるで正確な時限爆弾が仕掛けられたように。
温水タンクから水漏れしはじめたんである。排水は問題ないのだが、お尻の洗浄時のみぼったんぼったん、ちゃっぱんちゃっぱん漏れちゃうのだ。漏れていけないのは屋根の雨漏りとトイレの漏水と個人情報と企業秘密、と、昔から相場が決まっているのだ。下の階に漏水するのが恐いったらありゃしないわけで。必死こいてさんざん修理調整してみたが素人ではどうにも出来ないことが判明。サービスセンターなどで修理可能なものの、買い替えよりも高くつくみたいだった。
Amazonの登場である。
これまたさんざん調査した。なぜなら洗浄便座は洗浄時の「水圧」「水勢」が命なんである。今まで使っていた機種はめっちゃ凄い勢いなんである。ネットにも書いてあったが、あるトイレマニアの書込みでは「私は水圧命です。あの強力な水圧に慣れてしまうと最近の機種の弱い水圧では生きていけません」なんて。ワカル気がするわけで。
しかしその強力水圧のDNAを持つ最新後継機はこれまた高いんであった。デジカメ一眼レフ並みの値段なんである。先日高い一眼レフをあきらめてヒッチコックDVDを購入したばかり。
一刻も早く安価なものを手に入れるか、高くとも理想のものを購入するか、考え中の筆者なんである。
年末ジャンボがハズレた筆者は、たぶん前者を選択しそうだ。
宝くじが当たった暁には、お尻から直腸を通り大腸・胃袋を経由し食道から最後は口まで達して、口から噴水のように吹き上げるほどの超洗浄水圧の便座を購入してやろうじゃないか。お尻洗浄どころか、一気に体内洗浄出来ちゃうような(^-^)/
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いまだに大人気の「アナと雪の女王」にひっかけて....
「雨と雪の情報」
明日は神奈川地方、どうやら晴れの予報である。
さて、野球の話ではないんである。
筆者サラリーマンを辞めてから13年間ほど恵比寿で設計事務所を持っていた。ヘビーユーザーの方ならご存知のはず。開業して2年目にMacを購入した。全くの独学で設計ソフトのVectorWorksやグラフィックソフトIllustraterやPhotoshopを習得。パソコンのモニターはサードパーティー製で三菱と中古のI社製を使っていたんであった。当時は液晶ではなくまだCRT画面が主流だった。あの後ろにどすんと長いズングリムックリの重たいモニターである。
パソコンモニターの寿命はおおよそ5年と言われていた。今でもそうかもしれない。最後の中古I社製のモニターがある日突然「ボンッ!!!」という低い小さな音とともに画面がブラックアウトし焦げ臭い匂いが鼻をつく。とうとう天に召されたんであった。そのあとモニター裏面にあるシールの製造年月日を見てみたら、なんと製造日はぴったり5年前の同じ月なんであった。つまりあらかじめ決められたかのような5年の寿命を全うしたんであった。嘘のような本当の話である。まるで映画「ブレードランナー」のレプリカントの寿命のように。
さてトイレ、それも暖房便座のウォシュレットである。
ウォシュレットはTOTOのブランド、シャワートイレはINAXの商標。ウチのトイレは10年ほど前にキッチン風呂洗面含めて水回りを全面改装した。トイレはINAXの暖房洗浄便座。
先日この便座の電源ランプがせわしくチカチカ点滅し始めた。気になるのでネットで調べたら、10年目を目安に点検買い替えを促すために点滅する機能なのだった。つまりちょうど10年経ったからそろそろヤバイヤバイよ、というサインなんである。
それから数日して、なんと.....。
まるで冒頭のパソコンモニターのように、ぴったりその時はやってきた。
まるで正確な時限爆弾が仕掛けられたように。
温水タンクから水漏れしはじめたんである。排水は問題ないのだが、お尻の洗浄時のみぼったんぼったん、ちゃっぱんちゃっぱん漏れちゃうのだ。漏れていけないのは屋根の雨漏りとトイレの漏水と個人情報と企業秘密、と、昔から相場が決まっているのだ。下の階に漏水するのが恐いったらありゃしないわけで。必死こいてさんざん修理調整してみたが素人ではどうにも出来ないことが判明。サービスセンターなどで修理可能なものの、買い替えよりも高くつくみたいだった。
Amazonの登場である。
これまたさんざん調査した。なぜなら洗浄便座は洗浄時の「水圧」「水勢」が命なんである。今まで使っていた機種はめっちゃ凄い勢いなんである。ネットにも書いてあったが、あるトイレマニアの書込みでは「私は水圧命です。あの強力な水圧に慣れてしまうと最近の機種の弱い水圧では生きていけません」なんて。ワカル気がするわけで。
しかしその強力水圧のDNAを持つ最新後継機はこれまた高いんであった。デジカメ一眼レフ並みの値段なんである。先日高い一眼レフをあきらめてヒッチコックDVDを購入したばかり。
一刻も早く安価なものを手に入れるか、高くとも理想のものを購入するか、考え中の筆者なんである。
年末ジャンボがハズレた筆者は、たぶん前者を選択しそうだ。
宝くじが当たった暁には、お尻から直腸を通り大腸・胃袋を経由し食道から最後は口まで達して、口から噴水のように吹き上げるほどの超洗浄水圧の便座を購入してやろうじゃないか。お尻洗浄どころか、一気に体内洗浄出来ちゃうような(^-^)/
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2015年1月12日月曜日
ブロガー冥利
新年にあたり今年の新年会兼、選手も大人も心をひとつにする「決起会」なるのもが開催された。以前は連絡網では「決起集会」と書いてあった。昔から思うのだけれど「決起集会」はいくらなんでも、そりゃないだろーよ、と思い、チームのHPの予定欄では筆者独自に「壮行会」と書き直していたんであった。決起集会というと、ブルジョワジーに虐げられたプロレタリアートが地下深くもぐり込み、反逆ののろしを上げるために深夜密かに集会を設けるアレのイメージがあるんである。またはメーデーでの労使関係を彷彿とさせる印象もある。ベア5%を絶対勝ち取るぞー、なんてシュプレヒコールを叫んだり、とかね。
翻って筆者中学の頃の昔。中体連を前日に控えた体育館で、各部活の登録選手ら全員が壇上に立ち、全校生徒の前で主将が意気込みを語るイベントがあった。これを「壮行会」と呼んでいた。部活のメンバーはそれぞれのユニフォームを着用するんである。こんな時どういうわけか、剣道部の連中が一番カッコ良かった。あの剣道着を着て竹刀を持って壇上に上がるとカッコ良くないわけがない。女子生徒も目をハートマークにしちゃうわけで。筆者もサッカーのユニフォームを着てなんだか誇らしかった想い出がある。それと....。体操女子はあのユニフォーム(レオタード)で登場するし、女子テニス部はあのミニスカートで行進しちゃうしで、思春期の男子ヤローどもは神聖なスポーツの場で、頭の中は違うことを考えてしまうんであった。「頭の中はスカートの中」のことでいっぱいいっぱいなんであったあの頃。告白しちゃう。筆者の初恋の女の子は同級生のテニス部のマドンナなんであった。グループ交際(=死語)を経て日曜日にデートしたけれど、僕の初恋は淡雪のように消えてしまったのであった。
なので決起会という名称はいかがなものか。壮行会がしっくりくると思うのは、筆者が国語やコトバにたいして妙な愛着があるせいだろうか。しかしまあ、少なくとも「決起集会」よりは「決起会」ならばはるかにまともだし、決して用法は間違いではないから、今年はこれを容認しちゃった筆者なんである。
例によって地元夢庵にて。珍しくいつもはほとんど顔を見せない審判のNishiオヤジも来てくれた。Kaneda顧問の発声で乾杯なんである。
何度か書いたけれど、ここ少年野球「晴耕雨読」的には、筆者よりも年下のオトコ親に対して「○○オヤジ」という表現は、最大限の敬称であり愛称なんであるからして、そのへん4649なんである(^-^)/
煙草休憩....ん、休憩とは言わないか。喫煙ルームから帰ると、いつの間にか子どもたちの今年の抱負コーナーになっていて、高学年の子らはあらかたしゃべり終えていた。セコくて申し訳ないが、全員の膨大な写真編集をせずにすむと人知れず安堵のため息を漏らした筆者なんである。終盤の低学年の子だけ掲載。色味が黄色がかってしまっている。カメラの腕前もまだ中学生並みなんであった。
あえて皆を撮らないようにしよっと。今年はなるべくそうしよっと。無作為抽出的偶発的発作的にシャッターを押そうっと、今年は。ブログを書く時間を削減するにはまず写真の枚数を減らすことから。我が社の経費削減の第一歩は、コピー用紙のムダ使いを減らすことから、みたいな。全員撮ってしまうと親心で全員分編集したくなっちゃうからだった。よし、決めた。.......しかし、一年の計は元旦にありというが、その決意をまず遂行出来たためしはない。今年は禁煙するぞ〜と言って、松の内も明けぬうちに煙草に手が伸びてしまった貴兄も多いのでは。新年に誓った「写真枚数減らす大作戦」は、果たして実行できるだろうか。
父母たちからもひと言コーナー。これまた無作為に撮った。ボケボケ写真は掲載しない。女性は特にね。今年の母マネージャー(他チームなら母の会会長という呼称もある)はフレンズ母元気印娘のひとり、Sameshima母。和歌山の産で和歌山みかんのように明るい、LINEではKeiが愛称の彼女である(写真左上)。他チームの方たちにも今年1年どーぞよろしくなんである。
驚きびっくりサプライズプレゼントがあった。本当は昨年末の送る会で手渡す計画もあったようだけれど、逆に子どもには嬉しいお年玉である。チームの篤志家により全員にロゴ入りVネックジャンパー(正式名称は自信がない)がプレゼントされた。毎年チームで持ち送りして後輩に残すことが前提である。
この前に日中父母会が開催されたんであるが、実はここで今年チームジャンパーを作ろうと提案するつもりであった。その前に筆者はこのジャンパーの存在を知っていたので何も言わなかったけれど。期せずして天から降ってきたようにこのタイミングでチームジャンパーが実現したんである。マンモスチームのような潤沢な資金源によっていろんなチームグッズを持っているチームは羨ましい限りだが、メンバーが増えたとはいえまだまだ20数名の小さなチームの士気を高めるには十分すぎるほどの贈り物であった。
これに留まらないサプライズ。筆者含め数名のコーチにも同じVジャンが贈られるんである。チーム一丸の士気が高まる。数年前Queensからこれもサプライズでもらったジャンパーの記憶が蘇る。驚き嬉しかった。
本当に、ありがとう。感謝!
最後は恒例集合写真撮影。
筆者ここでよくフレンズやQueensや他チームの子らの写真を掲載するのは、宮前チームアピール的広報部長の任を全うする意味も多分にあるけれど、もうひとつにはブログに載せることで永く親や子どもたちのひとつの想い出に残ることも願って載せている。
いつか子らが大人になり、或いは親が年齢を重ねてまだなおこの「晴耕雨読」が運良く閉鎖されずに健在だったならば、気まぐれでも偶然でもいいからブログを見てほしい。「そーいえば昔、少年野球セーコーナントカっていう変なブログに小学生の頃のうちの子が載ってたなあ」みたいな感じで。
パソコンまたはスマホ画面の向こうで、きっとあなたは小さかった頃の、我が子の目が輝いている写真を見ることになるに違いない。
将来この小欄がそんなブログになっていたらブロガー冥利に尽きるわけで.....。
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翻って筆者中学の頃の昔。中体連を前日に控えた体育館で、各部活の登録選手ら全員が壇上に立ち、全校生徒の前で主将が意気込みを語るイベントがあった。これを「壮行会」と呼んでいた。部活のメンバーはそれぞれのユニフォームを着用するんである。こんな時どういうわけか、剣道部の連中が一番カッコ良かった。あの剣道着を着て竹刀を持って壇上に上がるとカッコ良くないわけがない。女子生徒も目をハートマークにしちゃうわけで。筆者もサッカーのユニフォームを着てなんだか誇らしかった想い出がある。それと....。体操女子はあのユニフォーム(レオタード)で登場するし、女子テニス部はあのミニスカートで行進しちゃうしで、思春期の男子ヤローどもは神聖なスポーツの場で、頭の中は違うことを考えてしまうんであった。「頭の中はスカートの中」のことでいっぱいいっぱいなんであったあの頃。告白しちゃう。筆者の初恋の女の子は同級生のテニス部のマドンナなんであった。グループ交際(=死語)を経て日曜日にデートしたけれど、僕の初恋は淡雪のように消えてしまったのであった。
なので決起会という名称はいかがなものか。壮行会がしっくりくると思うのは、筆者が国語やコトバにたいして妙な愛着があるせいだろうか。しかしまあ、少なくとも「決起集会」よりは「決起会」ならばはるかにまともだし、決して用法は間違いではないから、今年はこれを容認しちゃった筆者なんである。
例によって地元夢庵にて。珍しくいつもはほとんど顔を見せない審判のNishiオヤジも来てくれた。Kaneda顧問の発声で乾杯なんである。
何度か書いたけれど、ここ少年野球「晴耕雨読」的には、筆者よりも年下のオトコ親に対して「○○オヤジ」という表現は、最大限の敬称であり愛称なんであるからして、そのへん4649なんである(^-^)/
煙草休憩....ん、休憩とは言わないか。喫煙ルームから帰ると、いつの間にか子どもたちの今年の抱負コーナーになっていて、高学年の子らはあらかたしゃべり終えていた。セコくて申し訳ないが、全員の膨大な写真編集をせずにすむと人知れず安堵のため息を漏らした筆者なんである。終盤の低学年の子だけ掲載。色味が黄色がかってしまっている。カメラの腕前もまだ中学生並みなんであった。
あえて皆を撮らないようにしよっと。今年はなるべくそうしよっと。無作為抽出的偶発的発作的にシャッターを押そうっと、今年は。ブログを書く時間を削減するにはまず写真の枚数を減らすことから。我が社の経費削減の第一歩は、コピー用紙のムダ使いを減らすことから、みたいな。全員撮ってしまうと親心で全員分編集したくなっちゃうからだった。よし、決めた。.......しかし、一年の計は元旦にありというが、その決意をまず遂行出来たためしはない。今年は禁煙するぞ〜と言って、松の内も明けぬうちに煙草に手が伸びてしまった貴兄も多いのでは。新年に誓った「写真枚数減らす大作戦」は、果たして実行できるだろうか。
父母たちからもひと言コーナー。これまた無作為に撮った。ボケボケ写真は掲載しない。女性は特にね。今年の母マネージャー(他チームなら母の会会長という呼称もある)はフレンズ母元気印娘のひとり、Sameshima母。和歌山の産で和歌山みかんのように明るい、LINEではKeiが愛称の彼女である(写真左上)。他チームの方たちにも今年1年どーぞよろしくなんである。
驚きびっくりサプライズプレゼントがあった。本当は昨年末の送る会で手渡す計画もあったようだけれど、逆に子どもには嬉しいお年玉である。チームの篤志家により全員にロゴ入りVネックジャンパー(正式名称は自信がない)がプレゼントされた。毎年チームで持ち送りして後輩に残すことが前提である。
この前に日中父母会が開催されたんであるが、実はここで今年チームジャンパーを作ろうと提案するつもりであった。その前に筆者はこのジャンパーの存在を知っていたので何も言わなかったけれど。期せずして天から降ってきたようにこのタイミングでチームジャンパーが実現したんである。マンモスチームのような潤沢な資金源によっていろんなチームグッズを持っているチームは羨ましい限りだが、メンバーが増えたとはいえまだまだ20数名の小さなチームの士気を高めるには十分すぎるほどの贈り物であった。
これに留まらないサプライズ。筆者含め数名のコーチにも同じVジャンが贈られるんである。チーム一丸の士気が高まる。数年前Queensからこれもサプライズでもらったジャンパーの記憶が蘇る。驚き嬉しかった。
本当に、ありがとう。感謝!
最後は恒例集合写真撮影。
筆者ここでよくフレンズやQueensや他チームの子らの写真を掲載するのは、宮前チームアピール的広報部長の任を全うする意味も多分にあるけれど、もうひとつにはブログに載せることで永く親や子どもたちのひとつの想い出に残ることも願って載せている。
いつか子らが大人になり、或いは親が年齢を重ねてまだなおこの「晴耕雨読」が運良く閉鎖されずに健在だったならば、気まぐれでも偶然でもいいからブログを見てほしい。「そーいえば昔、少年野球セーコーナントカっていう変なブログに小学生の頃のうちの子が載ってたなあ」みたいな感じで。
パソコンまたはスマホ画面の向こうで、きっとあなたは小さかった頃の、我が子の目が輝いている写真を見ることになるに違いない。
将来この小欄がそんなブログになっていたらブロガー冥利に尽きるわけで.....。
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