2018年1月28日日曜日

グランドを使える喜び

この土日は記録的な大雪の残雪で、どのチームも学校側からの規制、或いは物理的に雪の影響でほぼグランドが使えず難儀したはずである。筆者は土曜午前はQueensで 第四公園へ。ここも日陰では雪が残り一部が使えずに、陽の当たるグランドがぐずっていない部分で練習となった。午後は有馬小へ。フレンズではこの日の午前は予定を変更し、急遽アリーノでの「野球座学」講座開催なんであった。特別講師は前監督のSatoh先生。先生の授業内容は上々の評判だったらしい。午後はグランドの片隅のみを使ってのトレーニングやトスバッティング。一部はグチョリとぬかるむために痛められずに温存。

グランド整備に精を出す父母たち。ミレーの「落ち穂拾い」にはほど遠いものの、どこか似ている。なにやら作業しながら時折笑い声が爆発する。チームマネージャー兼ムードメーカー兼やんちゃ坊主飼育係...じゃなかった教育係のOhmoriオヤジが、たいていはその笑いの震源地にいる。Toyodaオヤジとコンビを組めば遅咲きのお笑い芸人デビューも夢ではない。
「ブラジルのみなさ〜ん!お元気ですか〜」と言わんばかりに、地球をばすばす、どすどすトンボでド突いていた。実は腹の中では笑いながら「鬼嫁Natsukiめ、これでも喰らえ〜」と心で叫んでいたのかもしれない。

グランドを徘徊してみる。


レフト外野席プールには薄い氷が張りつめていた。

数年前に北海道網走の少年野球母からこのブログにメールをいただいたことがある。スコアブックのExcel集計ソフトの件だったが、メール文によると網走では少年野球シーズンが開幕するのは5月なのだそうだ。深い雪でグランドが使えないわけで。筆者が甲子園が始まると雪国の学校を密かに応援するひとつの理由である。それに引き換え我々は幸せ者である。病気になって初めて健康のありがたみを知るように、グランドが使えることの意味の大きさを改めて思うのだった。今年は体育館の建て替え工事が予定されており、それに伴いグランド使用がかなり制限されることが容易に想像される。(松風スラッガーズもそうだと聞いている)他チーム小学校へ遠征を余儀なくされた時は、皆様どーぞよろしくお願い致しまする。


翌日の日曜日。今日は午前西有馬だったがやはりグランドが使えず、有馬小での片隅トレーニングに変更。筆者はQueens関係の卒団式に向けたちょっとした仕事をしたのち、午後有馬小へ。グランドを共有するサッカーに交渉し邪魔にならないスペースで、3グループに分けてトレーニング。坂道ダッシュ、体幹の鍛錬、階段登り。うちには職業柄トレーニングのプロが二人いる。Tsuruちゃんと今年から入部してくれたNakadaオヤジだ。しかもフレンズは昔に比べて「野球経験者のオヤジ率」が格段に高くなったと思う、今日この頃なんである。悪くない。


昨日と同じくプールを覗いてみた。薄かった氷は昨日よりも少し厚くなっていた。俊敏な小鳥が氷の上でスケートの練習をしていた。Matsui母によると「セキレイ」という鳥らしい。「ピョンチャンオリンピックのチャンピオン」を目指しての練習なんだろうか。氷上をスイスイ滑って約一名の観客オヤジ(筆者)と目が合っても一向に意に介さず、羽生弓弦ばりの4回転半サルコーを繰り返していた....んなわけねーか。氷の下に虫がいるわけでもないのに、やたら氷を突ついていたのはなぜだろう、なぜかしら?

※iPhoneで撮った動画はたぶん観れないと思うけど、一応アップしてみる。
※PCでは可能なはず。
※土曜は宮前少年野球連盟の大きな転換点。連盟総会のあと新年会があった。長年重責を負って会長の激務に就いていたSohmaさんから新会長Matsuiさんへ。筆者は都合により参加しなかったが大いに盛り上がっただろうことは想像に難くない。
全世界の少年野球関係者の皆様、今年も宮前少年野球連盟をよろしくお願いします。
フレンズ事務局NakamuraオヤジからLINEに来た写真を2枚ほどアップ。
連盟役員とQueensメンバーである。Sohmaさんは連盟会長は勇退となるがQueens会長はそのままである。夜の仕事と土日の会長職を兼ねていた激務を知っているだけに、本当にお疲れさまと申し上げたい。


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2018年1月23日火曜日

本日関東地方は4年ぶりの大雪警報、もう皆さんご存知のように人それぞれの、この日いちにちの悲喜こもごもがあったに違いない。雪国の人から見ればこの程度の積雪ごときで首都圏の慌てようは「笑止千万、片腹痛いわ」となる。筆者も雪国の産出物なのでその気持ちはよくワカル。半面首都圏に居を構えて幾星霜、すでに我が身は都会のカラダになってしまい、雪が積もればスッテンコロリン、足元をすくわれることもある。

そー言えばこんなことがあった...。
山形の冬。僕は高校三年生、もうすぐ春になれば上京し晴れて東京の学生になる。そんなとき免許取りたての僕は果敢にもニッポンレンタカーでHONDAシビックを借りて、雪降る真っ白な街へ繰り出した。こんなに雪道が怖いものだとは思わなかった。自分が操縦する機械は己の意に反して暴れまくる。アクセルの加減では簡単にタイヤがスリップし、コーナーではケツを振る。自分の思い通りにならないことってこんなにも恐ろしくかつ、悔しいことなのかと思い知った。

そー言えばこんなことがあった...。
Queensが年間三冠達成のご褒美でディズニーランドへ。その日は宮崎台バーズTakahashiさんの葬儀の日でもあった。私は葬儀に参列しそのあと近くのカフェで熱いブラックコーヒーで暖をとる。窓外では真横に吹き殴る圧倒的な風雪が、心にぽっかり出来た空隙を埋めることはなく、むしろ痛ぶるように冷徹な威力を誇示していた。

そんな雪の思いに馳せながら、粛々と仕事に勤しんでいたんであった。
時間軸的に窓外の光景をiPhoneとNikonで活写したんである。その写真を数枚でブログる。
おお、降って来たぞ。

もっと降って来た。

更に降って来た。

ぎゅんぎゅん降って来た。

夜はしんしん降って来た。

マンションの管理人さんだったか。雪かきをしてくれていた。

しかし、そののちそれは全く無駄だったことを知る。

筆者は日中一件の仕事を終えて、別件の仕事にかかる前にセブンにアイコスマルボロを買いに外出した。大人になっても雪を見ればナンかうきうきしちゃうわけで、周囲を徘徊することに。
有馬川の橋からの一枚。川の中央に横断歩道がかかったみたい。(※iPhoneにて)

有馬神明神社に寄ってみた。ちょっと期待通りの「幽玄な」または「荘厳な」写真を撮れた。カラーも良いけれど、モノトーンに支配された神社の画というものは実に良いものである。


セブンの帰り路面をパシャリ。

筆者のマンションでは階下に降りるとよく、三人の小学生が遊んでいる光景を目にする。仲良しらしくいつもマンションの自転車置き場の前で遊んでいるのだった。この日筆者が行った時には見ず知らずのオッサンに「こんちは〜」と声をかけてくれた。筆者もこんな子どもが大好物である。「おお〜!デカいねえ〜」と笑顔で返してやった。
彼らは頬を真っ赤に染めながら、嬉々として大きな雪だるまを製作していたのだった。手を模して傘をブッさしていたのが笑えた。

夜になっても雪は降り止まず。
ことあるごとに窓を開けて写真を撮ってみる。お手軽にiPhoneではなくNikonの一眼レフで真下の街路灯を撮ってみる。黒ゴマのように見えるのは、宙に舞う雪片の影が路面に投影したもの。

久々に「エフェクト効果」で撮ってみる。白黒の世界を「ミニチュア効果」のエフェクトすればどんな風に写るんだろうか。

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2018年1月22日月曜日

期待の「光」

土曜はQueensに顔を出した。自宅を出る前に準備していたらグラブをどこかで忘れちゃったらしく、どこにもないではないか。仕方なく第一公園でのQの練習では素手で球拾いをやったのだった。普段子らには「道具を大事にしろよ」と言ってるオトナとしては、いかにも肩身の狭い思いであった。物忘れは決して年のせいではなく、若いころでも山手線の電車の網棚に鞄を置き忘れて東京駅まで取りに行ったことは数度、東急田園都市線の網棚に鞄を置き忘れて長津田まで取りに行ったこともあった。あの時はサラリーマン時代の30代、会社の忘年会の幹事をやっていた時で、こともあろうに鞄には皆から集めた会費の札束が入っていたんである。長津田駅でまるっと保管されていた鞄を取り戻したときは泣きたくなったものである。日本人の道徳観に今さらながら感謝なんであった。
但し仕事ではかつて一度も「物忘れ」的な失態を犯したことはないのであしからず。どの業界においても仕事の「品質と納期」だけは最低限守るのがプロの絶対的資質である。

さてさて、今日日曜はフレンズの練習であった。風もない穏やかな陽気の一日、絶好の練習日和。午前は西有馬ドーム。近隣から新6年の体験練習の子が来た。素晴らしい選手だった。まだ正式入部ではないのでここではつまびらかには出来ないけれど、是非入部して欲しいものだ。親御さんと話したらこの「晴耕雨読」も毎回読んでいただいてるとのこと。親御さんもとても感じの良い方で、是非今年の全国大会制覇に力を貸していただきたいものである(^-^)

午後は有馬小ドームへ移動。今度はまた近隣から別の体験希望の子が参戦。練習風景を見れば一目瞭然、これまた素晴らしい。こちらも細かいことはまだ書けないのだが、昨年末から何度か体験に来てくれて、満を持して今年から正式入部してくれたTsukasaを始め、フレンズには今ちょっとしたウェーブが起きている。もし体験の彼らがみんな入部してくれたら今年のフレンズのレギュラーメンバー地図は大きく様変わりするはずで、もちろんそれは大いに喜ばしいことである。まるで荒漠としたサハラ砂漠にナイアガラの滝が出現し、大きなうねりとなってオアシスを形成するみたいに。現選手はこれに刺激を受け切磋琢磨しシノギを削って欲しい。それがチーム全体のチカラの底上げに繋がるはずである。

グラブが倉庫に保管されて見つかったので、久々に子らに混じってバッティング練習の守備位置に入った。腰を痛めたり、肩を壊したりして全く投げれない時期が数年ごとにやってくるんであるが、今日は調子良くボールに絡むことが出来たことが嬉しい。動くたびに左の腰の筋肉が固まりかける予感がありながらも、だましだましながら軽く汗をかくくらいに動けたのだった。今の若いお父さんたちに負けないくらい、現役オヤジだった当時の華麗なフィールディングを見せることが出来なくなったことがちょっぴり悔しいのだが。山中湖合宿の時に外野ノックをダイビングキャッチしたり、有馬小プールにホームランをぶち込んだことや、代表に憧れて練習でピンポイントの外野ノックを打っていたことも、今となっては父母の誰も信じまい。でもそれが歳を取るということだ。

練習終盤、そろそろ陽が陰り始めて気温も下がって来た。グランドでは薄着の練習着で子らが元気良くバッティング練習をやっていた。子どもってなんであんなに寒さに強いのだろうか。オトナが彼らと同じ薄着でいたら速攻凍死しちゃうだろう。ナポレオンのロシア遠征で大量のフランス軍兵士が凍死したようにバタバタと。もしフレンズ軍のKohnoshinがナポレオンに加担していたらきっと独りでロシアを制覇していたはずだ。ランニングシャツ一丁の小さな怪獣は口から火を吐き、厳寒のモスクワを壊滅状態に陥落したに違いない。寒さに強い子って、ヤツらは超人である。

そんな中、レフト外野の日だまりを見つけてプールのネットを背に、Kanedaさんと話しながら打撃練習を見つめていた。
筆者は心の中で「今日は写真は撮ってないし、ブログは20行くらいの文章だけで軽く書いておしまいにするか。楽で良いけど、なんかネタないかな」と心中思っていたんである。ならばせめてあのキレイな夕陽でもiPhoneで撮っておこうかとか、全面ペンキで塗装替えし生まれ変わった倉庫を撮ってブログネタにしちゃうかとか、思っていた矢先であった。

「ぐわらきーーーーん!」

本塁方向からバットが火を噴く咆哮(ほうこう)が聞こえたかと思った瞬間、瞬く間に筆者らのプールへ向かって白球が唸りをあげて飛翔してきたのだった。ライナー性の見事なホームランは、目の前1メートル先のネット上を通過し外野席へ着弾したのだった。その時筆者の目にはボールの縫い目(エンボスだけど)まではっきり見えたくらいであった。
すぐにホームランボールを拾いに行き、母らのいる本塁方向へ行った。筆者は誰が打ったか知らなかったんである。
「誰打ったの?」
「Riko、Riko!」
「ええ〜Riko!?」
今年新6年のRikoはフレンズに入って野球を始めてまだ半年くらいだろうか。女子ながら足が速いのと男子を凌駕するガッツあるプレーと天真爛漫な笑顔とでチームに新風を巻き起こし、昨年のお別れ会では名誉ある「Yanagisawa代表特別賞」を受賞した逸材なんであった。昨日のQueensでもSashiki母から「是非Queensへ」と熱きラブコールをもらっていたんである。今年の主将ゆりっちと幼稚園が同じで、二人の兄も有馬中野球部で同僚、更にカープ女子でも親子共通している。筆者も入部以来ちょっとカープファン繋がりやQueensがらみもあって特別な目線で見守ってきたんであった。

練習でホームランを打っても普段はそんなことしないが、今日は特別に記念のホームランボールを進呈することにした。ブルーに塗装したばかりの倉庫の屋根を直撃したボールには、生々しく青いペンキ痕が付着し、それもまた良い記念になるはずだ。筆者わくわくしながらその場でマジックで書入れた。
「祝 ホームラン A.Riko 2018.01.21 有馬小」
すかさずNatsuki母がスマホでカシャリ、速攻フレンズLINEにアップ。
今日は写真を全く撮らなかったけれど、この一枚がいつもの何十枚分にも匹敵する、価値あるものとなった。
新人くんたちへの期待や女子のRikoの晴れやかな笑顔で、ナニか今年のフレンズに新たな清々しい「光」が見えてきた一日であった。

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