昨日はお台場で打合、今日は夕方から大宮で現場打合。
電車に揺られることが少なくなった今、遠くへ仕事で遠征するのは....嫌いではない。
ナゼか?
本が読めるからに他ならない。サラリーマン時代や恵比寿に事務所を持っていた頃に比べて、今は読書量が極端に減ってしまった。昔の一兆分の1くらいに。今日も大宮へ行ったのだけれど、駅のホームでiPhoneに入っているMr.Childrenのベスト盤1992-1995を再生し、大宮に着いた時がちょうどアルバム一枚聴き終わる頃であった。電車移動のその間、ずんぶり、ずぶずぶと本の世界に浸り込んだのは言うまでもない。
これからこの作家にハマりそうな確かな予感。以前も書いたような気がするけれど、奥田英朗の直木賞受賞作「空中ブランコ」。果てしなく面白い。最後の一滴まで面白い。正に遠い将来「晴耕雨読」を実践出来る日が来たのなら、雨の日以外でも毎日読んでみたいと思う作家である。
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首都圏にある「伊良部総合病院」の薄暗い地下にある精神科には様々な患者が訪れる。ここの担当医師は院長の跡取り息子である伊良部一郎。緑のポルシェに乗りカバ並みのデブで短足、髪の毛はボサボサ、自分の欲望を叶えるには金に糸目をつけず、犯罪まがいのことでも平気でやっちゃうし、話し言葉と思考能力は5歳児と同じレベルのとんでもない男なんである。半面子どもと同じく純真無垢で、患者は最初は彼に反駁するも知らず知らずのうちに、彼のペースに巻込まれいつのまにか精神の病が癒されてゆく展開。診察室にはケバイ化粧の胸元ぱっくり、ミニスカートのナース服を着た美人看護婦がいて、無口で無愛想いつもベンチに寝そべって雑誌を読んでいる女がいる。ほとんど注射をすることしか仕事のない女である....。
こんなシチュエーションだけでも読書魂に火がついちゃうのであるが、今日書きたかったのは、少年野球「晴耕雨読」であるからして、野球にまつわる短編なんである。
余談ではあるが、願わくば一度でいいからこの伊良部一郎なる人物と酒を飲んでみたいと思う筆者なんである。
余談ではあるが、願わくば一度でいいからこの伊良部一郎なる人物と酒を飲んでみたいと思う筆者なんである。
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「ホットコーナー」
奥田英朗著 文藝春秋社刊 2004年「空中ブランコ」収蔵
奥田英朗著 文藝春秋社刊 2004年「空中ブランコ」収蔵
ドラフト指名で名門東京カーディガンズに入団以来、プロ入り10年目のベテラン坂東真一はチームをしょって立つ三塁手のスター選手だ。ゴールデングラブ賞も何度も獲っていて名選手の呼び声も高い。しかしチームメイトを仲間と思ったことはない。チームメイトではなくレギュラー争いをするライバルである。その坂東があることがきっかけで、突然三塁から一塁への送球が全く出来なくなる。投げるボールは全て暴投、焦れば焦るほどコントロールが利かなくなってしまう。周囲から精神科を勧められしぶしぶ「伊良部総合病院」の伊良部一郎のもとへ。
ドアをノックすると
「いらっしゃ〜い!」と伊良部一郎の間の抜けた声。
「へえ〜、プロ野球選手なの、凄いね。じゃあ今度イチローのサインもらって来てよ」
「馬鹿言わないで下さい。そんなもんもらえるわけないじゃないですか」
「そーなの?んじゃあ、貴乃花のサインでもいいよ。注射10本分サービスするからさあ。ねね、いいでしょ」
頭で考えていることが体に正常に伝わらなくなる「イップス症候群」
ゴルフのパッティング・イップスというのが有名だが元々はピアニストの指が動かなくなるのを指して言ったそうで、どんな職業にも潜在する精神病なのだった。形態は違うが筆者も仕事で軽くこれに似た状態に陥った経験があるし、昔バッティングピッチャーをやっていて、気持ちが焦るほどストライクが入らないことや、ノックの時もこの子には絶対正面のゴロを打たなきゃと思えば思うほど、あさっての方向へ打ってしまうことがあった。
坂東の症状は一向に治る気配もなく、スローイングは右へ左へ上に下に暴投を繰り返すのみ。そんな折り伊良部は病院仲間の草野球に参加することに。伊勢丹外商部に届けさせた5万もするプロ仕様のグラブ持参で。誘われるまま現役プロの坂東も参加する。
うららかな日曜のグランド。厳しいプロの世界とは正反対の、腹の出た中年オヤジや女子も混じっての楽しい野球だ。空では天高くヒバリも鳴いている。坂東がふと近くを見回すと幼児が独りで壁当てをしていた。
「ぼく、おじさんとキャッチボールしようか」
「.....うん」
幼児なので当たり前だが5メートルの距離でもとんでもないノーコン。
伊良部の言葉を思い出す。「コントロールってなんなのだろう?」
一球どんぴしゃのストライクが来た。
「おっ凄いぞ」とたんに子どもの目が輝いた。
1メートル下がらせてもう一球。今度もストライク。
「いいぞ、今の感じを忘れないで投げてごらん」
このブログで書きたかった一文にやっとたどり着けた。
このシーンのあと作者奥田英朗氏の文章をそっくり抜き出してみたい。
続けてストライクが来た。1メートルほどうしろに下がる。それでもストライクが来た。
乳児が立ち上がる瞬間を見た気がした。この子の成長の1ページに、自分は立ち会ったのだ。
これなんである。
これこれ、これである。少年野球コーチの醍醐味と言ってはおこがましいけれど、この時のほんわりとした感覚が忘れられず、未だに飽きもせずコーチをやっているのだ。乳児から幼児へ、幼児から少年少女へ、それぞれの子どもの成長の1ページに立ち会うことが出来ることほど素敵なことはない。
坂東はその子に返球する時は取り易いようにワンバウンドで投げていた。優しくぴったり胸元へ行くように。伊良部が言った。
「ちゃんとキャッチボールしてるじゃん。治ったんじゃないのぉ〜」
「子ども相手に、ワンバウンドで返球してるだけですよ」
「そっちのほうが難しいじゃん。相手が捕れるように、同じ場所に同じ角度でワンバウンドさせなきゃいけないんだから」
見る見る間に心の闇が晴れていく坂東.....。空のヒバリにも追いつくほどに心が舞い上がる。
うちのYanagisawaフレンズ代表がキャッチボールの時によく言う言葉。
「キャッチボールは相手への思いやりだ。ノーバンでもワンバンでも、相手がいかに取り易いボールを投げるのが送球の基本」
最後は身長よりも高いクソボール球に、飛びつくように食らいついた伊良部のバットが快音を放ち、天高くボールが舞い上がるのであった。
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奥田英朗さんの原文を作者及び文藝春秋社になんの断りもなく引用させていただいた。
また、部分的に原文を多少アレンジしてしまっていることは、作者に対する冒涜であろうと自省するも、勢い余って書いてしまった。個人ブログとは言えひたすらごめんなさい。
この小説に興味を持たれた活字中毒者及び野球大好きブログユーザーは是非、出版不況を救うささやかな一助となるべく、書店でこの一冊を手にして、レジへ迷うことなく直行してみるべし、....なんである。
因に筆者、BOOKOFFで105円でこの感動を手に入れた。
出版不況救出になんも寄与してないか....。
お疲れ様です。
返信削除たしか、家に、奥田英朗の[サウスバウンド 上下]があったと思うので今度グラウンドに持っていきます(^-^)
Oさん、コメントありがとうございます。
返信削除内野手全員が、この気持ちを持って一塁へ送球したら、Hiroも捕球が楽になること間違い無し...ですね(^-^)
サウスバウンド、是非貸して下さい。楽しみにしてます。