防犯大会決勝。写真多め、文章少なめ。
鷺沼ヤングホークスVS花の台フラワーズ戦である。
序盤から互いに両者譲らず、際どいプレーあるもゼロ行進、ゼロ更新。
3裏HFが待望の先制点。
それでも一喜一憂の両応援団。
流石の決勝ともなれば、普段は中立の審判服という鎧に身を固めるKatsuさんも、この日だけは思い切りヤングのTシャツに身を包み、心置きなく応援す。
4表にはすぐにSYが同点に追いつく展開。
しかし5裏にはまたしてもHFが追加点を入れることに成功。1:4と差をジワリ広げる。
Fの守備ではファインプレーも。更に投手はHarukaにスイッチ。
すでに終盤であった。閉塞感漂うYベンチ。このままでは敗戦濃厚となる最終回、クロスプレーの末やっと1点を加点し追随す。
結果はそのまま逃げ切り花フラの勝利。歴史ある2019年令和最初の防犯大会を制したのだった。
行くぞ、行くぞ。来るぞ、来るぞ。
キター!決勝名物帽子投げ。
閉会式である。協賛はセレサ川崎さんとRawlingsJapanさん。豪華賞品がズラリ。
閉会式はそれこそ写真にて。
優勝旗授与。
準優勝ヤングもここまであっぱれであった。
3位モンタ、ジュニアの部優勝はモンタB、準優勝はウルフ。
RawlingsのHandaさんからご挨拶。小田和正似のダンディースポンサーである。
最後の記念撮影、集合写真。あえて正面から撮らずに筆者なりの目線とアングルで。
試合前は鼻息荒く、ニコニコ顔で言葉を放出していたKurosuさんだが、負けた後でもその滑らかな舌に衰えは見られず、潤滑油を注入したかのように舌鋒鋭くブイブイ言わしていたのだった。
粛々と撮影は進む。
その後レベルアップを経ていよいよ本格始動の連合チーム。これもRawlings主催の朝霞世界大会へ向けての連合である。
夕刻からは防犯慰労会。HandaさんやSasakiさんはもちろん、連合スタッフも参戦し大勢で和気藹々なんであった。
もちろんスポンサーであるJA川崎専務、Queens代表のMurataさんも。JAは今月で退職となるのだった。
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2019年6月5日水曜日
2019年6月3日月曜日
無題
※本日決勝戦ブログを書く予定でしたが、
私の敬愛する宮前少年野球、Sチームや連合のベテランスコアラー、
Tさんのご家族の訃報に接し、
今日あすはブログを控えたいと思います。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
私の敬愛する宮前少年野球、Sチームや連合のベテランスコアラー、
Tさんのご家族の訃報に接し、
今日あすはブログを控えたいと思います。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
有馬フレンズOB、宮前Queens、宮前区少年野球連盟のブログを通じた広報担当です。写真と文章のブログ、たまには個人的日々雑感も。
2019年6月2日日曜日
決勝プロローグ
土曜の防犯大会決勝ブログなんである...
と、言いたいところなんであるが1。
本日日曜、筆者チトお疲れモードにて本編はご勘弁願いたし。今週から仕事が忙しくなるので、本来なら今日中にブログアップすればあとが楽になるのは重々理解すれども、如何ともし難い疲労感にて本編は次回に譲りたいわけで。
と、言いたいところなんであるが2。
とは言え、月曜にアクセス数が飛躍的にアップしちゃう当サイト。期待感を胸に訪れたらアップされていなくてガッカリ感。少しでも残ったパワーを使って「サワリ」の導入部分だけでもアップしたい。スマホで言えば「バリ3」ではなく、バッテリー残量5%で最後の一本の電話をかけるようなもの。言わば小説で言うところのプロローグなんである。
決勝戦直前の試合開始までの、あの独特のワクドキ感満載の空気感を活写。少年野球「晴耕雨読」的なおちゃらけ感も滲ませつつ。
試合前のインターバル間に、砂塵舞い上がり防止策にて、宮前少年野球の聖地、第一公園グランドへ散水する。いつもならFujisawa工務店の出番なんであるが、今回は宮前の大御所、巨大ゼネコンOgasawara建設の仕事であった。
放水越しに花フラナインのいい感じの絵が撮れた。
花フラシートノック。監督はTadaiさん。
Fujisawa工務店の次期社長、Makotoくん。Ohtakeさん提供の6千円もする超高級海鮮丼をワシワシ頬張る。(※Makotoくん、名前を間違えた。ごめんなさい。6/4訂正)
※ネタバラシは不粋なことではあるが、言わずもがな、Ogasawaraさんも、Fujisawaさんも建築業界ではなく、あくまでも比喩的表現なので、誤解なきよう、斟酌されたし。
ヤングホークス、シートノック。監督はIshikuraさん。
ベンチ前集合。審判団によるグランド整備、ライン引きが粛々と執り行われる。
世界に誇る川崎宮前審判団の、ウグイス嬢(母)からの紹介アナウンス。決勝ならではの光景である。
「集合〜!」
いよいよ決勝戦の火ぶたが切って落とされた。
ではでは、次回に続くんである。
と、言いたいところなんであるが1。
本日日曜、筆者チトお疲れモードにて本編はご勘弁願いたし。今週から仕事が忙しくなるので、本来なら今日中にブログアップすればあとが楽になるのは重々理解すれども、如何ともし難い疲労感にて本編は次回に譲りたいわけで。
と、言いたいところなんであるが2。
とは言え、月曜にアクセス数が飛躍的にアップしちゃう当サイト。期待感を胸に訪れたらアップされていなくてガッカリ感。少しでも残ったパワーを使って「サワリ」の導入部分だけでもアップしたい。スマホで言えば「バリ3」ではなく、バッテリー残量5%で最後の一本の電話をかけるようなもの。言わば小説で言うところのプロローグなんである。
決勝戦直前の試合開始までの、あの独特のワクドキ感満載の空気感を活写。少年野球「晴耕雨読」的なおちゃらけ感も滲ませつつ。
試合前のインターバル間に、砂塵舞い上がり防止策にて、宮前少年野球の聖地、第一公園グランドへ散水する。いつもならFujisawa工務店の出番なんであるが、今回は宮前の大御所、巨大ゼネコンOgasawara建設の仕事であった。
放水越しに花フラナインのいい感じの絵が撮れた。
花フラシートノック。監督はTadaiさん。
Fujisawa工務店の次期社長、Makotoくん。Ohtakeさん提供の6千円もする超高級海鮮丼をワシワシ頬張る。(※Makotoくん、名前を間違えた。ごめんなさい。6/4訂正)
※ネタバラシは不粋なことではあるが、言わずもがな、Ogasawaraさんも、Fujisawaさんも建築業界ではなく、あくまでも比喩的表現なので、誤解なきよう、斟酌されたし。
ヤングホークス、シートノック。監督はIshikuraさん。
ベンチ前集合。審判団によるグランド整備、ライン引きが粛々と執り行われる。
世界に誇る川崎宮前審判団の、ウグイス嬢(母)からの紹介アナウンス。決勝ならではの光景である。
「集合〜!」
いよいよ決勝戦の火ぶたが切って落とされた。
ではでは、次回に続くんである。
2019年5月31日金曜日
28,29,30。39と61
妙な数字を並べて、まるで東野圭吾の「マスカレードホテル」の暗号数字のようなタイトルではある。28,29,30,39,61...新田刑事も首をひねるに違いない。
28番コーチ、29番ヘッドコーチ、30番監督。これは少年野球界ではジュラ紀か白亜紀くらいの大昔からの常識なんである。おっとすみません、ジュラ紀か白亜紀とはいくらなんでも大袈裟に言い過ぎた。せいぜい鎌倉か室町時代からの常識なんである。
我がフレンズで言えば。
28Maeda、29Shohta、30Itohである。
Queensならば。
28Jinushi、29Mochida、30Satohである。
更にもう一つあるんでる。
28Aya、29Kako、30Makabe(筆者Teshimaの旧姓)
実は筆者、今まで黙っていたが夜のオトナ野球の監督をしている....
....なわけない。誓ってあるわけないわけで。
先日28日に山形中学3年9組LINE(39LINE)に、女子のオヤブンAyaちゃんの誕生日を祝うコメントが、39LINE盛り上げ隊の隊長のYohkoちゃんからあった。若い読者からすれば還暦を過ぎたバーサンズにちゃん付けは気色悪いと思われるだろうか。しかし気持ちは中学の思春期の「あの頃」にワープしちゃうので、ついちゃん付けになっちゃうんである。但し当時中学生だった頃はもちろん我々男子は女子を全員、ぶっきらぼうに苗字かあだ名で呼び捨てだったけれど。LINEにはみるみるうちに多方面の女子から「誕生日おめでとう」の投稿が。どんだけ「みるみるうちに」かと言えば、沸騰したお湯に温度計を差し入れた水銀みたいに。それを見た筆者が思い出したのは、この5月28日誕生日がAyaで29日がKako、んでもって今日30日が筆者のそれであった。同級生で三人連続で誕生日が続くわけで面白いという思いから、ナニげに早速それを39LINEに投稿しちゃったんであった。
そして一日置いて今日は筆者の61回目の誕生日であった。朝から女子の「おめでと〜Makabe君」の嵐であった。みるみるうちにほぼ全女子から祝辞をもらった。どんだけ「みるみるうちに」かと言えば、高熱で学校を休む朝に脇の下に差し入れた体温計の水銀柱がギュンギュン上昇するみたいに。39LINEでは当然Teshimaではなく旧姓Makabeである。筆者もそのほうが嬉しいわけで。LINEは女子12名、野郎どもが8名、計20名の奇跡的大所帯である。当時のクラスは40名でそれが45年後に20名ものLINEグループを形成できるなんて、ちょっぴりアンビリーバボーな快挙だと思うのであった。男子よりも女子を中心に、日々の暮らしぶりや仕事のことや、日常の何気ない風景をアップしたり、それを互いに伝え合って、そのたびに盛り上がるわけで。実に素敵な同級生LINEなんである。
唯一野郎からも「おめでとう」のLINEがあった。
筆者の息子からであった。毎年息子の嫁さんからもらったりしていたが、今年は息子からきた。
「誕生日おめでとうございます。ところで...何歳だっけ。58?」
思わず笑ってしまった。68?としなかっただけでも儲けものだ。息子と男親との関係性なんてこんなものだと思う。まだ覚えてくれていたことに嬉しさを感じるくらいだ。息子のことを非難出来ない理由がある。転じて筆者の親が還暦60の時などは、自分が若過ぎたせいもあり、親の誕生日なんて気にしたこともなかった。それは多分、家で誕生日を祝う慣習そのものがなかったせいだろうか。もちろん昔とは言え、現代と同じく家族の誕生日を祝う家も多数あったに違いない。時代と家庭環境の違いだろうかと思う。小学生の頃は数回友達の家の誕生会に呼ばれたこともあったけれど。ある家に呼ばれた時は、小遣いがなかったので、家中を探して挙げ句の果てに数本の鉛筆をプレゼントに持って行ったことが、昨日のことのように蘇る。
今の若い親やその子どもたちは、誕生日のみならず記念日には何かとイベントをすることが当たり前になって身に染みついているから、(オッサン的にはちょっぴりやり過ぎと思うこともなくはないが)、きっと大きくなっても親の誕生日にもちゃんと心を尽くしているだろうと思う。
これも既報の通りこの日の61歳になる前に60歳のうちに、どーしてもやらねばあとで後悔すると思い、還暦のうちにやりたかったのが、同い年のHONDAスーパーカブ60thアニバーサリーマグナムレッドの入手であった。61を超えてから買い換えたのでは自分的に自分を許せないのだった。同い年の新しい恋人?伴侶?戦友?同僚?友人?を得た気分。風貌から見てこれは雄ではなく雌であると確信している。
これは昨年の同窓会、その後の39LINEの繋がりが、自分の中では大きく影響されているのだった。
すでに食傷気味かもしれないが、見飽きたかもだけれど、はいこれ。
彼女とともに61年目を走り続ける今日この日なんであった。
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28番コーチ、29番ヘッドコーチ、30番監督。これは少年野球界ではジュラ紀か白亜紀くらいの大昔からの常識なんである。おっとすみません、ジュラ紀か白亜紀とはいくらなんでも大袈裟に言い過ぎた。せいぜい鎌倉か室町時代からの常識なんである。
我がフレンズで言えば。
28Maeda、29Shohta、30Itohである。
Queensならば。
28Jinushi、29Mochida、30Satohである。
更にもう一つあるんでる。
28Aya、29Kako、30Makabe(筆者Teshimaの旧姓)
実は筆者、今まで黙っていたが夜のオトナ野球の監督をしている....
....なわけない。誓ってあるわけないわけで。
先日28日に山形中学3年9組LINE(39LINE)に、女子のオヤブンAyaちゃんの誕生日を祝うコメントが、39LINE盛り上げ隊の隊長のYohkoちゃんからあった。若い読者からすれば還暦を過ぎたバーサンズにちゃん付けは気色悪いと思われるだろうか。しかし気持ちは中学の思春期の「あの頃」にワープしちゃうので、ついちゃん付けになっちゃうんである。但し当時中学生だった頃はもちろん我々男子は女子を全員、ぶっきらぼうに苗字かあだ名で呼び捨てだったけれど。LINEにはみるみるうちに多方面の女子から「誕生日おめでとう」の投稿が。どんだけ「みるみるうちに」かと言えば、沸騰したお湯に温度計を差し入れた水銀みたいに。それを見た筆者が思い出したのは、この5月28日誕生日がAyaで29日がKako、んでもって今日30日が筆者のそれであった。同級生で三人連続で誕生日が続くわけで面白いという思いから、ナニげに早速それを39LINEに投稿しちゃったんであった。
そして一日置いて今日は筆者の61回目の誕生日であった。朝から女子の「おめでと〜Makabe君」の嵐であった。みるみるうちにほぼ全女子から祝辞をもらった。どんだけ「みるみるうちに」かと言えば、高熱で学校を休む朝に脇の下に差し入れた体温計の水銀柱がギュンギュン上昇するみたいに。39LINEでは当然Teshimaではなく旧姓Makabeである。筆者もそのほうが嬉しいわけで。LINEは女子12名、野郎どもが8名、計20名の奇跡的大所帯である。当時のクラスは40名でそれが45年後に20名ものLINEグループを形成できるなんて、ちょっぴりアンビリーバボーな快挙だと思うのであった。男子よりも女子を中心に、日々の暮らしぶりや仕事のことや、日常の何気ない風景をアップしたり、それを互いに伝え合って、そのたびに盛り上がるわけで。実に素敵な同級生LINEなんである。
唯一野郎からも「おめでとう」のLINEがあった。
筆者の息子からであった。毎年息子の嫁さんからもらったりしていたが、今年は息子からきた。
「誕生日おめでとうございます。ところで...何歳だっけ。58?」
思わず笑ってしまった。68?としなかっただけでも儲けものだ。息子と男親との関係性なんてこんなものだと思う。まだ覚えてくれていたことに嬉しさを感じるくらいだ。息子のことを非難出来ない理由がある。転じて筆者の親が還暦60の時などは、自分が若過ぎたせいもあり、親の誕生日なんて気にしたこともなかった。それは多分、家で誕生日を祝う慣習そのものがなかったせいだろうか。もちろん昔とは言え、現代と同じく家族の誕生日を祝う家も多数あったに違いない。時代と家庭環境の違いだろうかと思う。小学生の頃は数回友達の家の誕生会に呼ばれたこともあったけれど。ある家に呼ばれた時は、小遣いがなかったので、家中を探して挙げ句の果てに数本の鉛筆をプレゼントに持って行ったことが、昨日のことのように蘇る。
今の若い親やその子どもたちは、誕生日のみならず記念日には何かとイベントをすることが当たり前になって身に染みついているから、(オッサン的にはちょっぴりやり過ぎと思うこともなくはないが)、きっと大きくなっても親の誕生日にもちゃんと心を尽くしているだろうと思う。
これも既報の通りこの日の61歳になる前に60歳のうちに、どーしてもやらねばあとで後悔すると思い、還暦のうちにやりたかったのが、同い年のHONDAスーパーカブ60thアニバーサリーマグナムレッドの入手であった。61を超えてから買い換えたのでは自分的に自分を許せないのだった。同い年の新しい恋人?伴侶?戦友?同僚?友人?を得た気分。風貌から見てこれは雄ではなく雌であると確信している。
これは昨年の同窓会、その後の39LINEの繋がりが、自分の中では大きく影響されているのだった。
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