2013年9月13日金曜日

エールと円陣

息子、娘が有馬フレンズを卒業したあとの一年間はほとんどフレンズに行かなかった。当時のオヤジたちのジョーク半分、本気半分で言われていたことは「卒業の親は最低2年間はフレンズにご奉公するべし」というOBコーチの不文律があったんである。ノッカーでも球拾いでも設営でも審判でも良い。フレンズへの恩返しという名目でフリーのコーチとして週末グランドへ行こうじゃないかと....。しかし、なかなかそうもいくまい。子どもが中学になってシニアに行ったり中学野球をやったりすれば、親心としてはどうしても息子のオッカケになってしまうものだ。それでも何人かのOBコーチは残ってくれた。筆者もその一人だが、私は息子の中学野球にはほとんど行かずじまいだった。当時は中学校の野球を親が観に行くという慣習がなかったせいもある。

筆者はある理由があって1年間はあまりフレンズに足を向けなかったとは冒頭の言。たまに行ってもBチームに帯同することが多かった。
一年後から約束を果たすべくフレンズに通うようになる。どんどんハマっていく自分。親コーチの立場とは違う感覚の楽しさがある。でも自分独自の貢献の仕方はないものだろうか、と考えた末にたどりついたのがスコアラーなんであった。もともと興味はあったものの、「俺には絶対ムリ!」「こんな一瞬にして記号で記録するなんて天才じゃねえの」とまで思っていた。しかしなんでもやってみるもんである。およそ勉強が出来たとは言い難い筆者の娘だって、高校1年のころは野球部マネージャーとして完全無欠のスコアを付けていた。5色のボールペンを駆使してストレート、カーブなどの球種まで色分けで付けていたんである。この驚愕の事実を知った時は娘に負けたと思った。ノルマンディーの崖っぷちから厳冬の海へ突き落とされた気分であった。半面娘の成長にもの凄く嬉しかったのも事実。やってみれば誰でも出来るものだ。ただし向き不向きの個人差はあるけれど。

そうこうしているうちに少年野球にはまり込み、フレンズにどっぷり浸ってしまうこと20年近く。会社員と違い不安定なフリーランサーなので、毎週末とまではいかないけれど、仕事を調整しながらなるべく週末は空けるようにして足繁く通った。ノッカーをやったりバッティングピッチャーもやったりした時期もある。4,5年前の子どもの人数が減ってフレンズ解散、分裂の危機の時は夜も眠れない時もあった。

「経験したことのないような未曾有の豪雨」みたいに、筆者のフレンズ史上、経験したことのないような「グランドへ行けてない状態」の今年である。こんなにフレンズに行けてないのは久々のことだ。以前東京大丸の仕事をやっていた時も3ヶ月ほど全く行けなかったことがあるけれど。あの時は精神的に弱っていてフレンズからのメールに返信することすら出来なかった。
それでこのブログも更新が滞りがち。今まで2,3日のローテーションで書いていたけれど、今は一週間に1度くらいか。今筆者が「ブラック企業」に就職したならば、すでにこのブログは崩壊しているに違いない。

そうやってせっかく試合の写真を撮ったのにもかかわらず、ブログ没になったものは数知れず。もっとも今年は試合そのものに行けてないから、写真も撮れてないんであるけれど。先日9/1に鷺沼ヤングホークスと南部リーグがあった。仕事をほっぽり出し試合だけ観に行った。サブスコラーの監修も兼ねて。「うんうん、いいよいいよ、そうそう」「あっそこ、ちょと違うなあ。満塁で押し出し四球を選んだ打者には打点が付いてね、ココに赤丸を付けて....」
没にしたくなかったので、なんとか今日ブログアップ。シンプルに行こう(^-^)

巨大なチームにはA1,A2からB1,B2チームまである。世田谷区の知り合いにはCチームまであるらしい。対戦したヤング戦はA2であった。少人数フレンズにとっては羨ましいと思う半面、人数の多いチームにはそれなりの苦労があるはずだ。両チームとも子どもらはみんな顔が日焼けして逞しい表情が印象的だった。夏の終わり、こんがり真っ黒に日焼けした少年たち。ロティサリーチキンかシシカバブーのように。夏の子どもはこうでなくっちゃなんである。

筆者は目が悪い。遠くのものが見えないし、近くのものも見えない(これはローガン)。じゃあ、いったい何が見えるのかというと、遠くと近くの中間のものしか見えないのだ(^-^)もちろん大袈裟ではあるけれど。
写真を撮って初めて誰かと分ることもある。ヤングベンチにはA2といえど豪華メンバーが軒を連ねていた。監督Kurosuさん、Ishikuraさん、Yamamotoさん....。
更にあちこちの野球チームに助っ人で出没しているという、Kitamatsu父、将来Queensを背負ってたつであろう、その愛娘Kurenaもいたんであった。滑り台で遊んでいる姿がなんとも愛くるしいではないか。

結果はA2戦ということもあって圧勝であった。記憶が確かならば15:5。これがA1相手なら「やられたらやり返す。10倍返しだっ」と結果は全く逆転していたに違いないが、何はともあれ、A2とはいえヤング相手に勝ったのは嬉しいことだ。勝ち負けよりも違う視点でやるのが南部リーグだが、単純に喜んでいいと思う。今年のチームは勝つ喜びに飢えていたのだから。指導陣は手放しでは喜べないけれど。
それにしても試合後の相手への「エール」
円陣を組んで「フレッフレッ、ヤング....」は良いが、このだらけたような円陣はいかがなものか。
円というより楕円にもなっていない、幾何学的図形の円陣。子どもたちもかなり疲れていたようにも思うが。先日の横浜DeNAベイスターズガールズの猛暑の中のWヘッダー2試合目最後の円陣と比べてみた。こちらは千葉マリンスタジアムを上空から空撮したような綺麗な円陣であった。或いはナスカの地上絵みたいな整然さ。
まあ、しかし、このフレンズのぐにょぐにょの円陣もフレンズらしいと言えばらしいのではあるけれどね(^-^)/

さて、週末はフレンズ恒例レクリエーション。アスレチックフィールドで遊び、昼はBBQ大会である。
仕事的に予断を許さない状況ではある。たぶん80%無理だなと思っていたが、レク担当Nishinaka母から確認のメールが来た。
「....。お忙しいとは思いますが、ちょっと息抜きに子どもたちの笑顔を見にきませんか?」
この文言にグッときてしまった筆者は、後先考えず参加の意向を返信したのはいうまでもない(^-^)/
にほんブログ村 野球ブログ 少年野球へ
にほんブログ村


2013年9月8日日曜日

プレゼンテーション

今日の日本人は終日いったいどうしたら良いと言うのだろう。
早朝の東京オリンピック招致プレゼンと最終決定。
男子バレー、宿敵韓国との試合。
そして高校野球世界大会18Underの米国との決勝戦。松井がマウンドに登る。
更に21:00からの「半沢直樹」は絶対はずせないわけだし。

転じて極私的に言えば仕事で今日も野球に行けない筆者。悶々とするも気分転換を兼ねて西有馬ドームへ1時間だけ顔を出した。子らの元気な声を聞くとなんだか自分も元気になったような気がする。

それにしても東京オリンピック招致プレゼンである。
印象に残ったのはシルビア・クリステルの....おっと違った(^-^)滝川クリステルの「お・も・て・な・し」ココロに響く完璧なプレゼン内容であった。
ミズノ元会長水野さんの素晴らしい表情のプレゼン。練習に頼らず、持って生まれたモノを持つ人だけが出来る表情ではないか。
震災にあった気仙沼出身のパラリンピック佐藤選手。画像を交えての感動的なスピーチだった。

反して水を差すようで申し訳ないが、身振り手振りを交えてトークすることが苦手なニッポン人。いかにも急造でいかにも練習を重ねました的な匂いがふんぷんとするのが、東京都知事のジェスチャー。自然な動きではなくクサイ匂いがしちゃっている。練習してやっとここまで出来ましたよ的な。昭和のオヤジなら致し方ないか。こういう人はたぶんダンスなぞやらしたら手足バラバラな踊りをするに違いないんである。偉そうにかく言う筆者も、20代ディスコ全盛期に最も得意とするダンスは.....チークダンスであった(^-^)
首相の流暢さは今に始まったことではない。国際舞台で場数を踏んでいるのだから、流暢で当たり前だ。それより、全世界に向かって公約した日本の安全を全うしてもらいたい。口先だけの言葉にならぬよう。

筆者はこういう国民的イベントの陰では必ず大手広告代理店が暗躍することを知っている。今回も電通、博報堂、東急エージェンシーのどれかが全てを仕切って、裏でシナリオを書いているに違いない。以外だったのはオリンピック招致請負人と言われる英国人がプレゼンの指導コーチングをしたということだった。彼が言っていた。
「最後に勝つためには練習、練習、また練習」
まるで日本野球の神髄みたい。そのお陰か見事に誰も言葉をかむことなくプレゼンを終えた。筆者なら壇上に立ったとたんに頭が真っ白になり、せっかく覚えた英語もどこへやら、きっと開口一番「This is a Pen!」「ジャックとベティーは話しました....」なんて言っちゃうであろう。東京招致は木っ端みじんになったに違いない。

興味の中心は果たしてこのプレゼンの文言を作ったのは誰なのかということ。
筆者はちっぽけなブロガーではあるし、同じ土俵でもの申す立場にはないけれど、毎回駄文を書いている者として、それぞれのプレゼンターの立ち位置に応じてこんな素晴らしい文章を書いた人をリスペクトしたいと思う。

さて7年後。
サッカーの聖地「国立」は超近代的な競技場に生まれ変わる。おそらく建築解体時にはサッカーファンによる盛大なイベントがあるだろうことは容易に想像できちゃうわけで。
開会式入場料は数万円から15万円までするんだそうだ。他の競技会場は平均7,700円らしい。EXILEの全国ドームツアー料金とほぼ同じ。

ああ、絶対観に行きたいぞ!今からわくわくしちゃう(^-^)
にほんブログ村 野球ブログ 少年野球へ
にほんブログ村

2013年9月7日土曜日

NPB CUP女子学童野球対山梨戦

前置きが長いのがこの小ブログの特徴でもあり欠点でもある。では本題の前に....。

ジブリの宮崎駿監督の引退会見が楽しみでもあり淋しくもあった。ニュースで断片的に観ただけであったけれど、印象に残ったのがこの言葉。
「僕らは子どもたちに、この世は生きて行くに値するものなんだ、ということを伝えるのが根幹にある」....この言葉の奥底を咀嚼して行間を一瞬で読み解けば、何かしらジンとくるものがあった。もうひとつ。
「ジブリ美術館の展示物を修復せねば...そのうち自分が展示物になっちゃうかも...」
うまいこと言うなあ、この人は。改めて見るとどこかイチローの顔立ちに似てるなと思ったのは筆者だけではあるま..........。いや、筆者だけか(^-^)

もうひとつ、前置きPART2。
とにかく今年は異常である。仕事のタイミングが絶妙で、金曜で終わるから久々フレンズに行けると思うのも束の間、すぐに別件が舞い込み自転車操業ながらの大車輪。土日が休めないその繰り返しが延々続くわけで。本来なら忙しいピークを過ぎるとガックシ暇になるのだけれど、ここ数ヶ月はそれがない。
今日も別件依頼でアキバで打合。その往きと帰りにショップを5軒廻った。今奈良県の社会人軟式野球チームから依頼を受けている、BBB野球スタメンボードの基材購入のためだった。A4サイズのホワイトボードだけれど、どこも売り切れ。売り切れというよりメーカーサイドで出荷停止しているんだそうだ。アレがないと製品は完成しない。足を棒にして東京横浜川崎のショップを廻ったけれど徒労に終わる。マズイ、どうしようもないんである。Amazonやネットで調べてみて類似の別製品に切り替えるか....。

アキバでの打合の帰りにヨドバシカメラに寄った。iPhone5のストラップが欲しかったんである。いつもケツのポケットから取り出す時に、もしかしたら手が滑って落すんではないかと、一抹の不安を抱えながら日々過ごしてきたのであった。精神衛生上良くないことこのうえない。それでiPhoneカバーに穴をあけて無理矢理ストラップを付けることにした。イヤホンジャックに装着するタイプのものは簡単に抜け落ちるのでヤバイのだ。このアイデアは良かった。明日からひとつ人生の不安が解消された気分である。実際はデザインで衝動買いしたようなものだが。
DoCoMoさんよ、iPhone供給のタイミング1年遅いぞ。去年実現していればauに浮気はしていなかったのに。

やっと本題である。
先週開催されたNPB CUP女子学童野球交流大会なんである。
昼ご飯をはさんで午後はいざ山梨代表との対戦。結果は前回に書いたとおり圧勝であった。
であるからして試合内容よりも写真的コメントでいきたい。
(てゆーか、正直に言うと内容はあまり覚えてないんである。カメラを中心に構えていると試合経過はほとんど忘却の彼方なんである。嘘だと言うならみなさんも試してみるがいい。ホントだってば。嘘じゃないってば!)

横浜DeNAベースターズガールズのピンク少女軍団。それを指揮するのは横浜青葉の少年野球チームの監督、29番は我が宮前から送り込んだ精鋭Queensの名将Koshimizuさん、更に28番コーチ。この3人は偶然皆、ちょい悪オヤジ系の風貌で髭をたくわえているのであった。監督、29、28が全員髭オヤジというのはなかなかないと思う。筆者も髭歴は19歳あたりからずっと伸ばしている。学生バイト時代と会社員になって2,3年だけつるりと剃った記憶があるが、それ以外はあご髭も含めてウン十年の長きに渡る。同じヒゲオヤジを見ると親近感が湧くのは筆者だけではあるま..........。いや、筆者だけか(^-^)

1回戦では先発のマウンドに上がったものの、2回戦目はまったりとボールガールを務めたHinata。肩は大丈夫か?他のメンバーに比してボールガールはずっとヘルメをかぶらねばならぬ。前試合のNoeriもそうだ。熱中症は大丈夫か?筆者がボール(オールド)ボーイをやったならば、3回裏あたりでヘルメを投げ捨ててシャワーを浴びに敵前逃亡するに違いない。
この2試合目もHimariが大活躍だった。2試合通じて出塁率は凄い数字だ。ところでこの大会、女子野球だけのルールなのかどうか?いわゆる「走者のリード」が許されないのだ。投手がボールを投げるまでは離塁が許されない。だから皆、ベースに片足を着き投球と同時に第一リードに入る。よっていわゆる第二リードはない。その理由を聞いたら驚いた。真偽のほどは確証がないのでここではつまびらかに出来ないけれど、まるで都市伝説を聞いたようなものだった。

Queens5年生Noeri。体操選手としても有望視されてる彼女は、少女野球との二足のわらじ。神奈川の精鋭女子が集合したチームでは2試合ともさすがにベンチウォーマーだった。それでも皆と一緒に一生懸命グランドに声援を送っていた姿は、きっとナインの姫たちにも届いていたはずだ。期待以上の結果をもたらしたのは、実力以外に彼女たちのベンチの陰の応援があったからに他ならない。

筆者は1塁側と3塁側の記者席を行ったり来たり。負けが濃厚だった相手ベンチの暗い裏通路を通る時に、少女野球ではあまり耳にしたくないような指導者の怒声が聞こえてきたことも....。
3塁側からファインダーを覗いてみるとバックネットごしにQueensの28番Mochidaコーチがいた。炎天下ずっとこの姿勢で球場を凝視していた。普段はQueensのベンチスタッフであるが、今日だけはHimariのいちオヤジとしての目線で、肩の荷を降ろし、じっと見つめていた。....いや違う。Himari他、Hinata、Noeriの父母はむしろQの時とはまた違った感覚で、手に汗を握っていたのではないか。選手としてよりも純粋に愛娘を見守る親の眼差しであったと思う。
筆者も含めてOBコーチとなった読者諸兄。自分が親コーチだった時を想い起こして欲しい。
我が子が打席に立った時の緊張と不安と期待は、OB指導陣になった今とは比べようもないほどだったはずだ。OBコーチにはチームに対してそれなりの責任感と楽しみと思い入れがあるが、現役親だった頃の高揚感と感情の起伏は今とは比べようもないくらい最高だったはずだ。連盟の重鎮や全国のOBコーチ読者諸兄もそれぞれの胸に去来する映像があるに違いない。
泣いて笑って存分に今を楽しんで欲しいと思う。子どもも親も。
筆者は100回笑ったことに匹敵する1回の涙を経験した。それは悔しさの涙と同時に感涙の熱い経験である。親でしか経験しうることの出来ない熱い思いってあるものである。

圧勝に終わった2回戦。
まだまだ元気な姫たちは円陣を組んでエンジン全開であった。

このあと、帰りの車中で祝勝会やるかという当然の帰結的な話になり、地元に帰りKasaharaさんの号令のもと酒を酌み交わしたのは言うまでもない。連盟会長Sohmaさんが「せっかくだからTさんとも呑みたいじゃん」と言っていただき嬉しくなり、Murataさんとも3人で昔話に華が咲いた。
しかし、「力道山の街頭テレビ中継」や「片岡千恵蔵が全盛の頃」の話にはさすがについていけなかったが(^-^)、宮前少年野球連盟に旧態依然ではない新しい風を吹き込みたいと常に考えている会長の熱い姿勢には感服した。

決勝戦は今月末である。
Queensの女子野球シーズンも到来。こちらも行きたいのだが、仕事で思うに任せない状況だ。ぼちぼちフレンズのスコアブック集計の季節到来でもあり、頭が痛いことこの上無し。
フレンズ用、Queens用、仕事用、それぞれのパーマンコピーロボットを3体用意して働かせ、生身の筆者本人はワイキキビーチで美女のビキニ姿に鼻の下を伸ばし、冷たく結露したブルーハワイのグラスを片手に、オレンジ色に輝く夕日に乾杯するのを夢想する筆者なんであった(^-^)/

にほんブログ村 野球ブログ 少年野球へ
にほんブログ村


2013年9月4日水曜日

NPB CUP女子学童野球対茨城戦

女子チームの行進というのは、どうしてこうも楽しげなのだろうか。こぼれる白い歯の輝きが、厳しい残暑の澱んだ空気に爽やかな風を送り込んでくれる。
NPBCUP男子学童野球と女子の交流大会の開会式には、現役女子プロ野球で活躍する2人の選手も挨拶に駆けつけ、注目の的であった。会場は大宮公園野球場。かつては長嶋選手もプレーしたのだそうだ。横浜DeNAベイスターズガールズ(以下横浜ベイガー)軍団は各々の自チームのヘルメを持参。しかしこのピンクのユニフォームは賛否両論あれど、ベイスターズからの支給品で、しかも背中には個人のネーム入りなんである。一生の記念になるに違いない。

先に書いたように「川崎の広報」として筆者は潜入取材に成功し、カメラ片手にベンチの内外をうろちょろ、銀座の地下を徘徊するドブネズミのようにどん欲にシャッターを切った。
先発メンバー表を覗き込んでいたら、妙齢のスコアラー女史が親切に筆者に見せてくれた。ありがたい。Queensの面々は先発のマウンドをHinata、セカンドで2番打者がHimari、ベンチでボールガールを務めるのは、すでにプロの大舞台で経験済みのNoeri。

1回表、1番2番とさい先良くクリーンヒットで走者1,2塁、相手投手の動揺を誘い、連続四球を選んで満塁からの安打...一気に2得点。2回にも先頭打者のHinataは痛烈な中前安打を放った。とりあえず宮前Queensはヒットを打ったかんねと、筆者胸をなでおろす。

試合後Koshimizu監督(横浜ベイガー29番)が言っていたが、QのHimariがこの試合のラッキーガールであった。5打数4安打4打点の大活躍。圧巻は1点負けている場面での6回、走者を置いて起死回生のレフトオーバーのタイムリーツーベースの同点打。これでのちに特別延長に持ち込むことになる。2塁に達した時に「Himari、ガッツポーズしてくれよ!」と念じてカメラを構えていたら、見事、片手を挙げて笑顔を見せてくれた。(次の次の次の写真)

ところでカメラマン席というのがある。一般客はなかなか入れないであろう。筆者は「川崎の.........広報」なので、自由に出入りした。プロカメラマンが熱心にファインダーを覗いて仕事をしていた。白い望遠レンズだから一発でCanonと分る。ノートパソコンにつないで画像を熱心にチェックしていたので、声を掛けそびれた。打席のワンシーンをかしゃかしゃ約10連写して撮るごとに、次はレンズを電光掲示板の打順やアウトカウントをワンカットだけ撮り、また打席へレンズを向けてシャッターを切る。これのひたすら繰り返し。こうやって時系列の整理をしているのだろうと分った。この選手の名前は何で、何回の打席でボールカウントがいくつからこんな打撃をした...というのがあとから一発で分る仕組みだった。
なるほどプロは凄い。声をかけてお友達になりたかったが、真剣な表情に気圧されて二の足を踏んだ。もっとも向こうもサングラスをかけた変なシロウトのオッサンとは話はしたくなかっただろうが。

無失点で押さえていたHinataを見て、ちょっと休憩、Q応援団のいるスタンドへ帰還した。
「良い展開ですね」と途中Hinata父に声をかけたら、浮かない表情、顔面蒼白で「いやあ〜」....。ん?
スコアボードを見ると筆者がベンチからスタンドへの移動中にいつの間に失点していたんである。球にスピードは乗っているものの制球が定まらないのであった。途中交代となってしまった。
スタンドに戻ると冷たいビールをMochidaコーチに手渡され、灼熱のゴビ砂漠で奇跡のオアシスを発見したような気分であった。
Kasaharaさん曰くあんなに調子の悪いHinataは初めて見たとのこと。10万人の大観衆の空気に呑まれたのだろうか。(しかし試合後の彼女はケロッとしていたが)

3塁側の横浜ベイガーベンチに寄り添いカメラをグランドに向けていたが、これだと右打者の表情が撮れないし、ベンチスタッフの表情も撮れないんであった。グランドに出れないので斜め後ろからのショットばかりになる。益してやファウルグランドにいるQのNoeriの写真が撮れない。仕方なく後ろからのショット数枚。(2戦目は1塁3塁両方のカメラマン席から撮ったので、それは次回)

結果は特別延長戦に我が軍が持ち込み、Himariの安打も含めて2得点、8回裏にはリリーフピッチャーが無死満塁を無失点に抑えて7:5の辛勝、逆転勝ちであった。
ベンチでその瞬間を見届けた筆者は真っ先に監督、29Koshimizuさん、28コーチに握手を求めた。みんな笑顔で応えてくれた。名も知らぬオッサン同士が笑顔で固い握手をする。いい気分であった。
明日以降、時間があればまた2回戦の山梨戦を振り返りたい(^-^)
にほんブログ村 野球ブログ 少年野球へ
にほんブログ村


2013年9月3日火曜日

NPB CUPブログ序章

ブログをやっていて心苦しくなることのひとつに、せっかくアクセスしていただいたのに、こちらは全く更新出来てなく、読者を手ぶらで帰してしまうことである。ご祝儀持参でやって来た結婚式の客に、「本日の式は諸般の事情により中止となりました」と言って帰してしまうようなものだ。昨日も仕事のスキを見てヤング南部リーグ戦の試合だけを観にいって、終われば速攻帰り仕事に戻るわけで、とてもブログを書くエネルギーが残っていないんである。

先日の「NPB CUP関東学童女子野球大会」の横浜DeNAベイスターズガールズの.....もうこのクダリを書くだけでへろへろなんである。
しかし、それでも今日のアクセスは久々の奇跡の80超え。これは何か行動を起こさねばというので、「NPB CUP関東学童女子野球大会」の横浜DeNAベイスターズガールズのプロローグ編なんである。

前日寝たのはいつもより超早くて0:30、翌朝は4:30起床、5:30には自宅前にモッチーことMochidaファミリーのクルマがお迎えに。お気遣いありがたいことである。Qの主将でもあるHimariがハニカミながら「おはようございます」と挨拶してくれた。宮崎台JA経由でQueensの面々が大集合、一路大宮へ首都高経由でクルマのエンジンが唸りを上げる。乗り換えたクルマの操縦桿を握るのはNoeri父、Nissanワンボックスのブラックボディーの巨体を揺すりながら空を飛ぶように疾駆する。オスプレイよりも速くオスプレイよりも安全快適な操縦であった。

車中「早く着き過ぎちゃったんじゃないの」てゆーくらい早く着き過ぎちゃったんであったが、あにはからんや、いざ大宮の会場に着いてみたら、サハラ砂漠ほどの広さのある駐車場はほぼ満車に近い。関東中から少年少女軍団が大集合なんである。「早く着き過ぎた」と思えるくらいでちょうど良い時間であった。

ここからのブログは次回からおいおい書いて行こうと思う筆者なんである。
プロローグとして写真を1,2枚。
プロカメラマンによる例の記念撮影。こういう時に一般父兄のカメラマンは遠慮して脇で撮ってはいけない。脇から撮ると皆こっちのレンズを向いてないので、とんちんかんな写真になりがちなのだ。こういう時は遠慮せずプロの真後ろに立ち、プロと同じタイミングでシャッターを切るのが極意である。筆者は川崎市の広報という触れ込みでグランドを徘徊することに。「川崎市の広報」には違いない。ただし「川崎市宮前区宮前Queensの広報担当」の「宮前区宮前Queensの」部分を省略したのであるが(^-^)これは押しの利くKasahara代表と実行犯のKoshimizu監督の成せるワザである。おかげでグランドレベルでの撮影とカメラマン席での撮影が可能になった。

この大宮球場の大きさを理解させるに足る写真を撮ってみた。
試合前にハマの姫たちがアップのためにセンター付近をランニング。巨大な電光掲示板の前の彼女らは、アリンコがピンクの米粒を運んでいるようだった。

時系列は飛んでしまうけれど、次の写真は2試合目も終盤のもの。
横浜の連盟から来た素敵な若い女性がスコアラーをやっていた。筆者などよりもよっぽどきちんと付けているようだ。「私はオリジナルなので」と言いつつも撮影を許してくれた。スコアをつけながらも細々と選手に気を遣っていた。
スコアボードはみての通り、「大宮なう」シリーズにも書いたが山梨戦は圧勝であった。

さて明日以降仕事のスキマを見て「横浜DeNAベイスターズガールズ」のQの姫たちのことを中心に書いていこうと思う。その前に250枚の写真セレクト、加工がある。これだけでも東京ドーム3個分くらいの労力を必要とするので、ブログをいつ書けるかは「神の味噌汁」(^-^)/
にほんブログ村 野球ブログ 少年野球へ
にほんブログ村