さて2013年有馬フレンズ6年生を送る会、いわゆる卒団式というその年を締めくくる重要なセレモニーである。思えば18年ほど前筆者の息子が入部した頃は、翌年の1月末ころに行われていた。会場は大きな団地の1階にある集会場の畳の部屋であった。翻って今は近隣のオンワード研究所の大バンケットルームである。隔世の感有り。光陰矢の如し。昔も懐かしいが今のこれもまた良し。
例年のように筆者も含め先遣隊が会場準備をし、入口の横には母たち手作りの色紙や贈呈品、筆者の力作記念の写真立てなどがずらりと並ぶ。
Otsubo監督、来賓の織田川崎市議会議員の挨拶、乾杯発声といつものようにレジュメが進む。Nishihara永年司会担当の「それではしばらくご歓談を」となった時が筆者の唯一の酒とメシにありつける時間帯である。15分もすればあとはほとんど席に座ることすらままならない。次のレジュメの打合や微調整、ブログ用写真撮影で忙殺されちゃうからだ。しかし考えてみれば筆者は送る会の委員でもなんでもないんである。ワタクシは名も無き通りすがりの一介のスコアラーに過ぎないのだから。いつの頃からかこんなんなっちゃったわけで、乗りかかった舟というやつか。
成績発表と来季背番号授与は子どもたちの楽しみのひとつだ。今年は徹夜までには至らなかったが、年間成績表をA3で4枚に印刷しA1サイズに貼り合わせ。これを元にマイク片手にステージで司会をする。若い頃は大勢の人前ではアガリ症で、かつ美人を前にすると寡黙になってしまったものだが、これも隔世の感ありで、歳を経るごとにアガることもとんと少なくなった。但し美人を見るといまだに緊張しちゃう筆者なんである。
いつだったかQueensの集まりで鷺沼ヤングホークスのKurosu監督から聞いた話。「俺が60になった時、チームから赤いちゃんちゃんこをもらったんだよ」とニッコニコの笑顔で話していた。この話を聞いた時に、これもKurosu氏の人徳の成せることだし、またヤングの父母たちはなんて素敵なセンスを持っているのだろうと思った。と同時に、転じて俺たちフレンズは70歳Yanagisawa代表、76歳Kanedaコーチにいったいどうしたと言うのだろう。感謝はココロでするものだけれど、時にはそれをきちんとコトバや見えるカタチで伝えることも必要だ。本人たちには内緒のサプライズで、是非今年の送る会では永年勤続表彰的な感謝のしるしを刻んでおきたい。そんな話を10月ころに一部の母たちに話をして提案し当然絶賛の快諾を得て、今年のレジュメに強引に組み込んだのだった。
椅子をふたつ用意し会場を暗転する。前日そんな作文をしそれを読み上げながら会は粛々と進行するのであった。作文の内容はこれだけで一個のブログが書けるほどの内容。文章は短いけれど心を込めて作った。記念品は母たちが選んで買って来たもの。
(※後日談。このブログを読んだQueens新母会会長のKitamatusu母から翌日メールがあった。ちゃんちゃんこは筆者の記憶違いで、真っ赤な特製ヤングホークスTシャツを贈ったのだそうだ。背番号は60。益々素敵な話である。Kitamatsuさんありがとう(^-^))
来季スタッフの発表である。昨年に続きInoueOBコーチから卒業生へのお祝いのプレゼント。特筆は父は卒業すると同時にチームとは縁遠くなってしまうものだが、Mamoruの父コーチSuekiさんは来季も29番をOBコーチとして留任してくれたことだ。昨年のInoueコーチに続き大いに貴重な人材である。(このブログを書いているのは12月21日土曜。この日は日中レクに参加したのち会社に出勤、睡魔と戦いながら深夜仕事をしているSuekiオヤジなんであった)
来季スコアラーの挨拶をしたあとは、筆者はカメラマンであるがゆえ当然このシーンには写ってない。仕方ないので若い頃の写真を中央に載せておこう(^-^)ピースサインでムヒヒ。先日のツーショット写真の正体はこれだ。最近東京ガスの変なCMにも出ている。
卒業生父母からの挨拶がどのチームの卒部式でもハイライトであろうと思う。過去にいくつもの父母の涙を見てきた。来年1月のQueensの卒団式も楽しみである。照明を落し中盤の佳境に入るわけで。
一人卒業生の中でBenは特別の生い立ちがある。詳しくは書けないけれど。それをみな分った上で大人たちは時に厳しく、時に愛情をもって接してきた。その保護者からの手紙をOhmori母が代読。フレンズコーチたちへと我が子Benへの短い文章の二通の手紙。ことにBenへの言葉にはファインダーを通して思わずジンとくるものがあった。
転じて後半は明るく来季の希望にあふれた(?)展開である。新主将10番、副将などの発表、OBの子たちの挨拶と続く。OB主将Takumiもすっかり中学生らしくなり、Shouyaも驚くほど背が伸びた。
背番号授与と一緒に成績表冊子も子らに配られる。熱心に見入る選手たち。数字の羅列では子らにとって面白くないだろうと思い、数年前から写真を多用するスタイルに変えた。昔に比べページ数は格段に増えた。おかげで筆者はこの時季安眠できないでいるけれど、自業自得といえば確かにそうだ。自分で自分の首を絞める、天に向かってつばを吐く...あれ、ちょっと違うか(^-^)
様々な理由がありネットでプリントパックに発注した。やはり格段の仕上がり。全16ページフルカラー厚手用紙36部で¥11,000。これを高いとするか安いとするか。筆者は後者に諸手をあげて軍配を挙げる。
主将副将の挨拶。今年入部したShouとKurumiも17番・18番の背番号をゲット。Shouは抜群の野球センスを持ったRuiのDNAを継承する弟だ。Kurumiは将来女子野球Queensに入りたいのだそうだ。QKoshimizu監督はじめスタッフみな泣いて喜ぶに違いない。少しはQ広報筆者の洗脳教育が実を結んだかもしれない。2年生ながらトミーオヤジ譲りの野球センスの評価は上々である。近い将来この子のQの赤いユニフォーム姿を見れると思うと今からわくわくしちゃうのであった。
恒例の集合写真撮影。土曜開催に起因してか若干(ワカセンではない)、参加人数が少ないのはいた仕方なし。今年もなんとか無事に乗り切った。
このあと有馬の老舗銘店「葵扇寿司」で肉厚の刺身に舌鼓を打ち2次会、更にラーメン屋で3次会になだれ込んだのは言うまでもない。
2013年、今年も暮れなずもうとしている。
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2013年12月22日日曜日
時に言葉に出して言うべきこと
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チームをめぐる仕事と遊び,
ひと・友人・家族,
少年野球
有馬フレンズOB、宮前Queens、宮前区少年野球連盟のブログを通じた広報担当です。写真と文章のブログ、たまには個人的日々雑感も。
2013年12月19日木曜日
姑息な手段を弄する
一時期に比べればだいぶ仕事も先が見えてきたし、年末のフレンズ関連業務も収束を迎えつつある。とは言うものの、やらねばならぬ事柄はいまだ山積しちゃっているのだった。ことにブログネタもたくさんあるので、一個ずつ書いていこうという意欲はあるのだけれど、写真編集段階で疲れてしまい執筆意欲のほうはこと切れてしまうんである。年賀状などは毎年仕事バージョンと個人バージョンの2種類を作らねばならず、途方に暮れてしまう今日この頃である。
まずは鮮度の高いうちにと先日のフレンズ6年生を送る会の記事を書こうと思い立ち、写真編集まで手をつけたはいいが、やはり途中から意欲が減衰し断念してしまった。これは決して歳のせいではなく、頭の中の些事が整理がつかないままだとニンゲン集中力を欠いてしまうためである。
しかしながらここでいきなり筆を置くわけにもいかないので、送る会の写真を少し掲載してお茶を濁す姑息な手段に転じるのである。
最後の代表の言葉で来季の必勝祈願をしたシーン。土曜のためもあってか参加人数が少し淋しいのが気にはなったが、今年も無事終了。
解散あとのダラダラした時間帯にあちこちで写真を撮るのが恒例である。
フレンズ母四天王と自称する仲良し4人組のショット。こういうパワフルな母たちがどこのチームにも少なからずいるに違いない。指導陣や父コーチたちだけではチーム運営はやっていけない。母たちの支えあってこそのチームである。ただ、パワフル母ちゃんたちが強大な権力を持ち始めると、我々オヤジどもはタジタジとなってしまうこともしばしば。まるで家庭内の縮図を見ているように(^-^)
話はそれるけれど、筆者このブログに自身の写真を載せることを頑に拒んでいるわけではない。掲載されないのは自身の写真そのものが存在しないからにほかならないわけで。今年少年少女野球で数百枚、いや数千枚写真を撮ったけれど、自分が写っているものはたった2枚だけであった。成績表冊子用に撮ったコーチ集合写真の片隅と、送る会の全員集合写真の端っこに納まったものだけである。ん?あと等々力球場でQueensの集合写真の左端に写ったものもあったか。計3枚である。
いつも人の写真を勝手に載せちゃって、自分のものを載せないのはヒトとして平等とは言えないのではないか。男女雇用均等法に抵触するのではないか。なので今回は筆者の写真を載せてしまおうと思う。
二次会は有馬の老舗銘店「葵扇寿司」。フレンズ・QueensOBHarukaの祖父祖母が経営する店である。高校1年になってすっかり大人っぽくなったHarukaも店に寄っていた。
宴会場で興が乗りOhmori母がKasaharaQ代表にLINEで写真を送っちゃうからと、iPhoneで撮ったツーショット写真なんである。30代の頃は竹野内豊似と言われた筆者である。
ではいよいよ公開。
ほれっ(^-^)....まあ、これもそこそこ姑息な手段ではある。
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まずは鮮度の高いうちにと先日のフレンズ6年生を送る会の記事を書こうと思い立ち、写真編集まで手をつけたはいいが、やはり途中から意欲が減衰し断念してしまった。これは決して歳のせいではなく、頭の中の些事が整理がつかないままだとニンゲン集中力を欠いてしまうためである。
しかしながらここでいきなり筆を置くわけにもいかないので、送る会の写真を少し掲載してお茶を濁す姑息な手段に転じるのである。
最後の代表の言葉で来季の必勝祈願をしたシーン。土曜のためもあってか参加人数が少し淋しいのが気にはなったが、今年も無事終了。
解散あとのダラダラした時間帯にあちこちで写真を撮るのが恒例である。
フレンズ母四天王と自称する仲良し4人組のショット。こういうパワフルな母たちがどこのチームにも少なからずいるに違いない。指導陣や父コーチたちだけではチーム運営はやっていけない。母たちの支えあってこそのチームである。ただ、パワフル母ちゃんたちが強大な権力を持ち始めると、我々オヤジどもはタジタジとなってしまうこともしばしば。まるで家庭内の縮図を見ているように(^-^)
話はそれるけれど、筆者このブログに自身の写真を載せることを頑に拒んでいるわけではない。掲載されないのは自身の写真そのものが存在しないからにほかならないわけで。今年少年少女野球で数百枚、いや数千枚写真を撮ったけれど、自分が写っているものはたった2枚だけであった。成績表冊子用に撮ったコーチ集合写真の片隅と、送る会の全員集合写真の端っこに納まったものだけである。ん?あと等々力球場でQueensの集合写真の左端に写ったものもあったか。計3枚である。
いつも人の写真を勝手に載せちゃって、自分のものを載せないのはヒトとして平等とは言えないのではないか。男女雇用均等法に抵触するのではないか。なので今回は筆者の写真を載せてしまおうと思う。
二次会は有馬の老舗銘店「葵扇寿司」。フレンズ・QueensOBHarukaの祖父祖母が経営する店である。高校1年になってすっかり大人っぽくなったHarukaも店に寄っていた。
宴会場で興が乗りOhmori母がKasaharaQ代表にLINEで写真を送っちゃうからと、iPhoneで撮ったツーショット写真なんである。30代の頃は竹野内豊似と言われた筆者である。
ではいよいよ公開。
ほれっ(^-^)....まあ、これもそこそこ姑息な手段ではある。
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2013年12月17日火曜日
宮前QueensTV放映
業務連絡。宮前Queens敏腕マネージャーYamaguchiさんから。筆者は一ヶ月前Kasahara代表からのTV放映スケジュールのメールをもらった時点で、速攻iPhoneのカレンダーにアラーム付き予定を入れていたんであった。
川崎市少年野球秋季大会での等々力球場決勝戦、富士見台ウルフ、各区代表6年生連合、そして宮前Queens(宮前スマイリーズ)の試合が、ケーブルTV3社によって放映されるのである。以下、再度業務連絡。
12月16日から20日までの5日間、夜19:00から1時間宮前Queensの優勝の試合が放映。すでに先週6年連合などは観たし、今日はQの試合も観た。あのときの感動が蘇って楽しかったんである。明日から金曜までまだまだ観れちゃうのであるが、もの凄く残念なのはイッツコムなどのケーブルTVと契約してないと観れないのである。筆者は数年前に幸運にもネットプロバイダをイッツコムに変えたので、TVでイッツコムが観れちゃうのである。仕事上高速インターネットがないとストレスが溜まるので変えたのだった。
不幸にもTVで観れないQ関係者は、おそらく誰かに録画してもらいDVDに焼いてもらうのではないのかな。そんな方たちのために広報部長としてはデジカメでTV画面を撮影した画像をいくつかブログアップしちゃおうと思ったんである。デジカメでの動画撮影も考えたがきりがないので断念。以下15枚を厳選し4点にまとめた。
最後の映像に筆者も映っているとはオドロキだった。筆者がTVに出たのはこれで人生3回目である。
一回目は高校時代に、全国高校サッカー選手権大会での見事なボレーシュートを決めた時。パツンパツンのサッカーパンツから○○○がはみ出しそうになっていた。
二回目は42歳の時に、直木賞候補作家として電話を待つ銀座のバーでのマスコミ取材の時。もちろん落選してしまい、その後ホステス相手にクダ巻いたのは言うまでもない。
三回目が今回のイッツコムであった。
....というのは真っ赤な嘘なんである(^-^) 本当は....。
一回目はTBSの番組「クイズ100人に聞きました」で、親戚の応援で観客席で関口宏に振られた時。
二回目は神宮でのヤクルト広島戦を観に行って家に帰り、その晩のプロ野球ニュースを観ていたら、緒方のホームランをレフト外野席で素手で捕ろうとした筆者が、階段で勢い余って5,6段落下してコケたシーンだった。翌日右脚スネが真っ赤に腫れてしまったのは言うまでもない。
そして三回目が今回のイッツコムであった(^-^)/
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川崎市少年野球秋季大会での等々力球場決勝戦、富士見台ウルフ、各区代表6年生連合、そして宮前Queens(宮前スマイリーズ)の試合が、ケーブルTV3社によって放映されるのである。以下、再度業務連絡。
12月16日から20日までの5日間、夜19:00から1時間宮前Queensの優勝の試合が放映。すでに先週6年連合などは観たし、今日はQの試合も観た。あのときの感動が蘇って楽しかったんである。明日から金曜までまだまだ観れちゃうのであるが、もの凄く残念なのはイッツコムなどのケーブルTVと契約してないと観れないのである。筆者は数年前に幸運にもネットプロバイダをイッツコムに変えたので、TVでイッツコムが観れちゃうのである。仕事上高速インターネットがないとストレスが溜まるので変えたのだった。
不幸にもTVで観れないQ関係者は、おそらく誰かに録画してもらいDVDに焼いてもらうのではないのかな。そんな方たちのために広報部長としてはデジカメでTV画面を撮影した画像をいくつかブログアップしちゃおうと思ったんである。デジカメでの動画撮影も考えたがきりがないので断念。以下15枚を厳選し4点にまとめた。
最後の映像に筆者も映っているとはオドロキだった。筆者がTVに出たのはこれで人生3回目である。
一回目は高校時代に、全国高校サッカー選手権大会での見事なボレーシュートを決めた時。パツンパツンのサッカーパンツから○○○がはみ出しそうになっていた。
二回目は42歳の時に、直木賞候補作家として電話を待つ銀座のバーでのマスコミ取材の時。もちろん落選してしまい、その後ホステス相手にクダ巻いたのは言うまでもない。
三回目が今回のイッツコムであった。
....というのは真っ赤な嘘なんである(^-^) 本当は....。
一回目はTBSの番組「クイズ100人に聞きました」で、親戚の応援で観客席で関口宏に振られた時。
二回目は神宮でのヤクルト広島戦を観に行って家に帰り、その晩のプロ野球ニュースを観ていたら、緒方のホームランをレフト外野席で素手で捕ろうとした筆者が、階段で勢い余って5,6段落下してコケたシーンだった。翌日右脚スネが真っ赤に腫れてしまったのは言うまでもない。
そして三回目が今回のイッツコムであった(^-^)/
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2013年12月15日日曜日
小さな燃え尽き症候群
終わった、やっと。燃え尽き症候群というにはいささか大仰だけれど。
2013年卒部式というか、お別れ会というか、卒団式というか、6年を送る会というか、納会というか、忘年会というか、2次会、3次会.....。
なにしろ一年の区切りがおわった。毎年結構つらいので、来年はもう少し簡単にしようと思いつつ様々な準備をするのであるが、逆に良いものを作ろう、創造しようと思うと苦労は増量の一途を辿るんであった。
それでも毎年の楽しみはこの子どもたちからの色紙である。
OBコーチ成り立ての頃は大抵の子の言葉は、
「Tコーチ、バッティングピッチャーをやってくれたり、ノックをやってくれたりしてありがとうございました...」
次第にスコアラーをやるようになってからは、
「Tコーチ、いつも試合でスコアブックをつけてくれてありがとうございました...」
となる。近年になってスコアのことに加え、ブログのことにも触れた文言が増えた。今年の6年生3人からの色紙には全て「ブログを見ることが楽しみでした」という言葉が並んでいた。嬉しいものである。
ただ、嬉しい半面困りものでもある。なぜか。このブログは少年少女野球中心のものではあるが、3,4割は野球以外の個人をめぐるバカでアホなことも書いているわけで。フレンズの子どもも見ているし、Queensの可憐な少女たちも見ているし、更にはQueensの上品な奥様方も見ておられるんであるからして、ゆめゆめ軽い下ネタジョークなどは書けなくなっちゃうんである。一方でオトコどもからは野球以外の話も面白いからそっち方面ももっと書けという、野郎どもの支持率も高いのである。
困ったものである。
母たち手作りの色紙も近年の主流になった。Akane母の刺繍が完成したのは送る会当日の朝5時だったそうだ。また今年は16ページにも及ぶスコアの成績表冊子を、費用対効果を考慮して、思い切ってTVCMでも流れている「ネットでいんさ〜つ」のプリントパックに頼んだ。今までは手作りコピーでやっていたけれどやはりプロの印刷は仕上がりが全然違う。もらった側の印象はいざ知らず、制作者としてはプチ感動ものであった。子どもらに配り皆熱心に読みふける姿を見てると、今までの苦労が早春の渓流の雪溶けのように、ココロのしこりがゆるんと溶けていく気がした。
さてこの送る会や、引出しにあるブログネタはなんとかこれから書いていこうか。
でもとりあえず今晩だけは様々な呪縛から解放されたので、今までのちいさなご褒美に、フランスブルゴーニュ産赤のフルボディー、ラ・ターシュと上質なブルーチーズを買い込み、極上の大人の恋愛映画をDVDで独り楽しむのだった。
.....というのは理想であって。
実際は練習の帰りにコンビニでコンチャイトロのチリワイン698円とチーズ鱈のパックを買い込み、先月TSUTAYAから送られてきてまだ封すら切っていない高村薫原作の映画「レディー・ジョーカー」中編を観る筆者なんである(^-^)/
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2013年12月13日金曜日
敗者の記憶
いつかは書かねばと思う話がある。このところの忙しさとちょっぴり重い内容で、思いのほかペンに手が伸びなかったんであった。
今日少し地獄から生還しつつあったものだから、この隙に書くに至ったわけである。コレを逃したら、じゃあいつ書けるというのか。書けるのはいつ?...「今でしょ!」
Queens6年生最後の試合である。
女子野球年間4大大会の最後、三多摩大会の準決勝。ここまで数々のドラマを演じながら、Qの姫たちは時に圧倒的に、時にギリギリの辛勝で3大会を制覇してきた。ブログには書ききれない裏話、エピソードもある。例えば...。主将Himariが無念の骨折で出場を断念した試合。その試合前のシートノックではKoshimizu監督がいつもの使い慣れた自前のノックバットを使わず、あえてHimariのバットで一球一球、魂を込めてノックをしたこと....などなど。
当時仕事をしながら気が気ではない筆者は、時間帯を見計らってKasahara代表にメールで結果を打診すると、ちょうど僅差の緊迫の場面だった。数十分後代表から1行、メールが来た。
「今年は終わりました」
試合後数日していろんな方へメールしたりいろんな方からメールがきた。試合直後にメールするのは何か、傷口にいらぬ塩をすり込むような罪悪感があったからに他ならない。
もらったメールの中にはYamamatoコーチからの写真があった。晩秋の暮れなずむ暗さの中で撮ったに違いないはずで、光量が足りずに薄黒い画像がどこかこの日の選手たちの心情を逆に見事に表現していたんであった。おそらくは試合後のミーティングでの場面であろうことは容易に想像ができた。うなだれる子どもたち。6年生の子らにはそれぞれの胸に去来する思いが渦巻いていたに違いない。
Qのある人からのメール文が素晴らしかった。彼女たち、特に6年生たちの心情を見事に表した内容....。引用しつつ要約す。負けたことの悔しさよりも、ああ、これで終わったんだ、もうこの仲間たちと野球をすることは出来ないんだ、という思いのほうがあとからこみ上げてきて。涙で言葉を失う6年生たち。それを見て掛ける言葉もなく佇む周囲の小さい子たち。
特に普段から明るくQueensを牽引してきた主将のHimariの心境はいかばかりか。
不慮の事故とはいえ大事な時期に試合に出場出来なかったチームへの責任感。試合に出て全力を出し尽くして負けるよりも、出れずに終わってしまった彼女の忸怩たる思いはいかばかりだろうか。何倍もの辛い気持ちを抱えていたのではないだろうか。号泣するHimariの心情をおもんぱかれば、何も成す術なく声を掛けられずにまた呆然と立ち尽くす大人たち。
YamamotoコーチからのこのHimariの一枚。晩秋の枯れ木を画角に収め、松葉杖で球場をあとにする彼女の姿を捉えた姿は、いかにも言葉よりも多くのことを物語っていたのだった。
それでも明日を向こう。
誤解を恐れずに言うならば、筆者が思うにこの結果は考え方次第でとても良かったことなのではないかと最後に思い至ったんである。
とんとん拍子に勝ちを決めて良い思いをするのももちろん素晴らしいこと。筆者も祝勝会でうまい酒を呑みたかった。でも長い目で見ると、人生思いどうりにならないこともあるのだと、小学生の小さな少女たちのハートで感じること、敗者の気持ちを経験することで人への思いやりの気持ちを持てたであろうこと....。敗者になってしか経験出来ない素晴らしい記憶というものがあるはずだ。
大人になってもこの日の記憶を心の糧とし大切にして欲しい。
++++++++++++++++++++++++++++++
話は違うんである。
仕事とフレンズ送る会の準備で連日深夜まで爆走。プリントパックに頼んだ成績表の印刷も無事届いたようだ。今日はホワイトボードに貼るA1サイズの表彰式成績表の印刷を制作。A3で印刷、4枚貼り合わせてA1サイズに。良い記録を残せなかった卒業生にとってしてみれば、こんな表彰式はやめたほうがいいのかと自問自答しつつ数年過ぎた。
それでも今年もやるのだ。これも明日へ向かっての「敗者の記憶」になって欲しいという思いを抱えて。
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今日少し地獄から生還しつつあったものだから、この隙に書くに至ったわけである。コレを逃したら、じゃあいつ書けるというのか。書けるのはいつ?...「今でしょ!」
Queens6年生最後の試合である。
女子野球年間4大大会の最後、三多摩大会の準決勝。ここまで数々のドラマを演じながら、Qの姫たちは時に圧倒的に、時にギリギリの辛勝で3大会を制覇してきた。ブログには書ききれない裏話、エピソードもある。例えば...。主将Himariが無念の骨折で出場を断念した試合。その試合前のシートノックではKoshimizu監督がいつもの使い慣れた自前のノックバットを使わず、あえてHimariのバットで一球一球、魂を込めてノックをしたこと....などなど。
当時仕事をしながら気が気ではない筆者は、時間帯を見計らってKasahara代表にメールで結果を打診すると、ちょうど僅差の緊迫の場面だった。数十分後代表から1行、メールが来た。
「今年は終わりました」
試合後数日していろんな方へメールしたりいろんな方からメールがきた。試合直後にメールするのは何か、傷口にいらぬ塩をすり込むような罪悪感があったからに他ならない。
もらったメールの中にはYamamatoコーチからの写真があった。晩秋の暮れなずむ暗さの中で撮ったに違いないはずで、光量が足りずに薄黒い画像がどこかこの日の選手たちの心情を逆に見事に表現していたんであった。おそらくは試合後のミーティングでの場面であろうことは容易に想像ができた。うなだれる子どもたち。6年生の子らにはそれぞれの胸に去来する思いが渦巻いていたに違いない。
Qのある人からのメール文が素晴らしかった。彼女たち、特に6年生たちの心情を見事に表した内容....。引用しつつ要約す。負けたことの悔しさよりも、ああ、これで終わったんだ、もうこの仲間たちと野球をすることは出来ないんだ、という思いのほうがあとからこみ上げてきて。涙で言葉を失う6年生たち。それを見て掛ける言葉もなく佇む周囲の小さい子たち。
特に普段から明るくQueensを牽引してきた主将のHimariの心境はいかばかりか。
不慮の事故とはいえ大事な時期に試合に出場出来なかったチームへの責任感。試合に出て全力を出し尽くして負けるよりも、出れずに終わってしまった彼女の忸怩たる思いはいかばかりだろうか。何倍もの辛い気持ちを抱えていたのではないだろうか。号泣するHimariの心情をおもんぱかれば、何も成す術なく声を掛けられずにまた呆然と立ち尽くす大人たち。
YamamotoコーチからのこのHimariの一枚。晩秋の枯れ木を画角に収め、松葉杖で球場をあとにする彼女の姿を捉えた姿は、いかにも言葉よりも多くのことを物語っていたのだった。
それでも明日を向こう。
誤解を恐れずに言うならば、筆者が思うにこの結果は考え方次第でとても良かったことなのではないかと最後に思い至ったんである。
とんとん拍子に勝ちを決めて良い思いをするのももちろん素晴らしいこと。筆者も祝勝会でうまい酒を呑みたかった。でも長い目で見ると、人生思いどうりにならないこともあるのだと、小学生の小さな少女たちのハートで感じること、敗者の気持ちを経験することで人への思いやりの気持ちを持てたであろうこと....。敗者になってしか経験出来ない素晴らしい記憶というものがあるはずだ。
大人になってもこの日の記憶を心の糧とし大切にして欲しい。
++++++++++++++++++++++++++++++
話は違うんである。
仕事とフレンズ送る会の準備で連日深夜まで爆走。プリントパックに頼んだ成績表の印刷も無事届いたようだ。今日はホワイトボードに貼るA1サイズの表彰式成績表の印刷を制作。A3で印刷、4枚貼り合わせてA1サイズに。良い記録を残せなかった卒業生にとってしてみれば、こんな表彰式はやめたほうがいいのかと自問自答しつつ数年過ぎた。
それでも今年もやるのだ。これも明日へ向かっての「敗者の記憶」になって欲しいという思いを抱えて。
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有馬フレンズOB、宮前Queens、宮前区少年野球連盟のブログを通じた広報担当です。写真と文章のブログ、たまには個人的日々雑感も。
2013年12月8日日曜日
社内広報です。
さてブログ書くことが満杯と言っておきながら、また少し別件のことを書いてしまうのだった。
Queensでは新チームが始動し、今回新たにミズノのミニバッグというものを新調するらしい。購入希望者を募るメールが回って来た。しかし、フレンズでも使っている「らくらく連絡網」では写真などの添付が出来ないので、新母の会のKitamatsu母がバッグの説明に四苦八苦しているようだ。
路傍(ろぼう)で女子供が泣いているのを見捨てておけぬのはニッポン男児の本懐。
筆者も広報部長として新体制での初仕事をしちゃおうじゃないのよ。同じ広報でも、今回は社内広報なんである。
Kitamatsu母にその旨メールして、早速ミズノにアクセス...。ふむふむ。
小さめのエナメルバッグだ。ショルダーにもウェストバッグにもなるベルトが装着され、前面の小物入れ部分は脱着可能らしい。
更に中央にVジャンと同じ「燦然と輝く栄光のQueens」ロゴが鎮座し、左下部分には金糸で筆記体のネームが入るという、豪華版である。
社内広報なのでQ関係者はご確認あれ。
ちなみに筆者、この冬はQのVジャンを大変重宝し、フレンズ行くのもこれで颯爽と行っちゃうのだ。すんげえ温かいし、なんと言っても「燦然と輝く栄光のQueens」ロゴがめちゃカッコイイからだ。フレンズの連中の羨望の眼差しが突き刺さり、痛いのなんのってありゃしないわけで(^-^)
これなんである。
※溜め込んでいるブログネタはまだ仕事とお別れ会の準備でいつになるかはわからない。除夜の鐘を聞きながら書いていたりして...m(_ _)m
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Queensでは新チームが始動し、今回新たにミズノのミニバッグというものを新調するらしい。購入希望者を募るメールが回って来た。しかし、フレンズでも使っている「らくらく連絡網」では写真などの添付が出来ないので、新母の会のKitamatsu母がバッグの説明に四苦八苦しているようだ。
路傍(ろぼう)で女子供が泣いているのを見捨てておけぬのはニッポン男児の本懐。
筆者も広報部長として新体制での初仕事をしちゃおうじゃないのよ。同じ広報でも、今回は社内広報なんである。
Kitamatsu母にその旨メールして、早速ミズノにアクセス...。ふむふむ。
小さめのエナメルバッグだ。ショルダーにもウェストバッグにもなるベルトが装着され、前面の小物入れ部分は脱着可能らしい。
更に中央にVジャンと同じ「燦然と輝く栄光のQueens」ロゴが鎮座し、左下部分には金糸で筆記体のネームが入るという、豪華版である。
社内広報なのでQ関係者はご確認あれ。
ちなみに筆者、この冬はQのVジャンを大変重宝し、フレンズ行くのもこれで颯爽と行っちゃうのだ。すんげえ温かいし、なんと言っても「燦然と輝く栄光のQueens」ロゴがめちゃカッコイイからだ。フレンズの連中の羨望の眼差しが突き刺さり、痛いのなんのってありゃしないわけで(^-^)
これなんである。
※溜め込んでいるブログネタはまだ仕事とお別れ会の準備でいつになるかはわからない。除夜の鐘を聞きながら書いていたりして...m(_ _)m
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2013年12月6日金曜日
地獄からの弁明
ブログが更新できないでいる。
なぜか? 筆者は今日本にいないからだ。
ぬな、豪勢に海外旅行か? 違う。正確に言うと日本にいないというより、地上にいないんである。以前にも書いたようにこの時季仕事とチームのスコア集計冊子制作が渾然一体、曖昧模糊の地獄に落ち入り、底なしの泥濘に足を取られて、ついにまた地獄の3丁目あたりを徘徊しちゃっているんである。つまり地獄で今、もがきつつ地上からの微かな光に向かって咆哮しているのだった。
Queens6年最後の涙の試合のことや、フレンズ試合ブログ、先日の神木マーキュリーズのことなど、書きたいこと或いは書かねばならぬこと満載ながらも、胸中にしまうこと久しい。そのうち胸の抽斗(ひきだし)が錆びついて開かなくなることが怖いくらいだ。
先日Qの連絡網が回ってきた。来季のスタッフ構成決定のメール。畏れ多くも筆者は広報部長留任とのこと。東京新聞の著作権をめぐりあわや起訴されるかもしれぬ暴挙に出て、Queensの社会的信用失墜のおそれがあり、懲戒解雇も覚悟の上の決断だったのにもかかわらず、CEOのKasahara氏からの直々の一斉メールであった。28番Mochidaコーチは総合コーチにスライド、代わりに経験豊富なYoshida氏に白羽の矢が立ち28番に就任、それに母の会最高顧問は.....。おっと、いけない、内部人事機密をリークしたら「特定秘密保護法案」怒号の中の可決でニッポン当局にタイホされちゃうかもしれぬ。あな、恐ろしや。そしたらまた、Q代表のポケットマネーで1,000万円の保釈金を払ってもらわねばならぬ(^-^)
仕事は都内某所の保育所の設計をしている。普段子どもと接する身であるし、まさに今、筆者のマーゴが3歳であり、0歳児から3歳児までの乳幼児を預かる保育所であるがゆえ、細部にわたり余計に気を遣う設計をしてしまうんである。だから思考時間がかかってしまうわけで。全国的にもそうだが、ここ川崎では先日川崎市長に福田さんが当選し、公約のひとつが「待機児童の解消」。これから公的資金が民間に投入され益々保育所事業は発展する展望がある。
そんなこんなで、本日も仕事のあとフレンズスコア集計冊子デザインをやりーの、風呂入りーの、AM1:30からのブログ執筆となった次第。冊子印刷はフレンズ史上初の印刷会社に発注することとなった。全16ページ36部フルカラー印刷。ちまちまと手作業でやるも良いが、原価と手間ひまを考慮すると、安価なネットで注文したほうが良いとの結論。一週間地獄に落ちて今日やっと原稿完成。明日、ネットで発注の段取りなんである。連盟の20周年記念誌制作当時を彷彿とさせる気分である。
地獄の主、閻魔大王と夜な夜な酒を酌み交わすうちに、三途の川地獄の3丁目も悪くないなと思うことしばしば。酒を呑んで腹を割って話せばヤツも以外にもいい野郎なんである。
しかし、筆者にはやらねばならぬ使命があるのだった。だが、もう少し憎めないヤツとつき合ってやるかと思う今日この頃の筆者なんである。
今、AM2:50。
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なぜか? 筆者は今日本にいないからだ。
ぬな、豪勢に海外旅行か? 違う。正確に言うと日本にいないというより、地上にいないんである。以前にも書いたようにこの時季仕事とチームのスコア集計冊子制作が渾然一体、曖昧模糊の地獄に落ち入り、底なしの泥濘に足を取られて、ついにまた地獄の3丁目あたりを徘徊しちゃっているんである。つまり地獄で今、もがきつつ地上からの微かな光に向かって咆哮しているのだった。
Queens6年最後の涙の試合のことや、フレンズ試合ブログ、先日の神木マーキュリーズのことなど、書きたいこと或いは書かねばならぬこと満載ながらも、胸中にしまうこと久しい。そのうち胸の抽斗(ひきだし)が錆びついて開かなくなることが怖いくらいだ。
先日Qの連絡網が回ってきた。来季のスタッフ構成決定のメール。畏れ多くも筆者は広報部長留任とのこと。東京新聞の著作権をめぐりあわや起訴されるかもしれぬ暴挙に出て、Queensの社会的信用失墜のおそれがあり、懲戒解雇も覚悟の上の決断だったのにもかかわらず、CEOのKasahara氏からの直々の一斉メールであった。28番Mochidaコーチは総合コーチにスライド、代わりに経験豊富なYoshida氏に白羽の矢が立ち28番に就任、それに母の会最高顧問は.....。おっと、いけない、内部人事機密をリークしたら「特定秘密保護法案」怒号の中の可決でニッポン当局にタイホされちゃうかもしれぬ。あな、恐ろしや。そしたらまた、Q代表のポケットマネーで1,000万円の保釈金を払ってもらわねばならぬ(^-^)
仕事は都内某所の保育所の設計をしている。普段子どもと接する身であるし、まさに今、筆者のマーゴが3歳であり、0歳児から3歳児までの乳幼児を預かる保育所であるがゆえ、細部にわたり余計に気を遣う設計をしてしまうんである。だから思考時間がかかってしまうわけで。全国的にもそうだが、ここ川崎では先日川崎市長に福田さんが当選し、公約のひとつが「待機児童の解消」。これから公的資金が民間に投入され益々保育所事業は発展する展望がある。
そんなこんなで、本日も仕事のあとフレンズスコア集計冊子デザインをやりーの、風呂入りーの、AM1:30からのブログ執筆となった次第。冊子印刷はフレンズ史上初の印刷会社に発注することとなった。全16ページ36部フルカラー印刷。ちまちまと手作業でやるも良いが、原価と手間ひまを考慮すると、安価なネットで注文したほうが良いとの結論。一週間地獄に落ちて今日やっと原稿完成。明日、ネットで発注の段取りなんである。連盟の20周年記念誌制作当時を彷彿とさせる気分である。
地獄の主、閻魔大王と夜な夜な酒を酌み交わすうちに、三途の川地獄の3丁目も悪くないなと思うことしばしば。酒を呑んで腹を割って話せばヤツも以外にもいい野郎なんである。
しかし、筆者にはやらねばならぬ使命があるのだった。だが、もう少し憎めないヤツとつき合ってやるかと思う今日この頃の筆者なんである。
今、AM2:50。
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有馬フレンズOB、宮前Queens、宮前区少年野球連盟のブログを通じた広報担当です。写真と文章のブログ、たまには個人的日々雑感も。
2013年12月2日月曜日
話は違うけれど。
今日もいろいろあった。年末12月第一週の日曜。
午後の試合までギリギリ仕事をし、その間南部リーグBが優勝したとの知らせ。
午後神木マーキュリーズ戦の有馬ドームへ急行すれば、6年送る会の母たちとの諸打合。
本日のスタッフ会議についてのオヤジたちとの下打合、根回し、コンセンサス....。
落ち着いたところでマーキュリーズ戦の写真撮影。ほとんどフレンズは撮らず、気がつくと神木の子らばかりをレンズで追っていた。これはフレンズ今週の連絡網をもらった数日前から決めていたことだった。
煙草休憩でのマーキュリーズ指導陣との談笑。
Aoki、Nagamata、Yamaguchi、Ishioka各氏の話を訊いていると、必然的に数年前のフレンズの記憶が蘇ってくるのであった。
「灯(ひ)を消してはならぬ」という熱き思い。子どもたちのことを考えた時に、俺たち大人は何を選択すべきか?
これはまたいずれ....。
試合中にはバーズTakahashiさんへメールをしゅらしゅら、iPhoneで送信。
(※話は違うが、ガラケーの時のメールを打つ擬音が「パチパチ」または「プチプチ」だったのに対して、スマホ(iPhone)は「しゅらしゅら」または「しゅんしゅん」または「すらすら」か?)
更に数通メール発信とその返信。友人知人愛人恋人へ。...すいません、見栄張りました。
18時からのスタッフ会議には時間があるので一旦帰宅。ほどなく筆者の娘と来月3歳になるマーゴのMinami、今年生まれたMiuがご来店。
(※話は違うが、筆者、「じいじ」と呼ばれるのが大嫌いなんである。男として男の権利を剥奪されたような気分になるからである。だからマーゴには、生まれた時から筆者のことは「じいじ」ではなく「J=ジェイ」と呼ぶように洗脳教育してきたんであった。同じ理由で自分が「孫」と発言したとたんに、男として男の権利を剥奪されたような気分になるから、記載上は「マーゴ」としている。「孫」と言うより「マーゴ」と言ったほうが、幾分ジジ臭さが緩和されるし、ちょっぴりオシャレなんである。そのかいあってか、最近やっと日本語を話せるようになったMinamiは筆者のことをちゃんと「J=じぇい」と言うようになった。洗脳教育の成果が現れたと言ってもよいだろう、ムフフ)
夕刻スタッフ会議に出かけようとし、「Minamiごめんな、いまからお出かけするんだよ」と言うと、Minamiが言った。
「やだ。じぇいといっしょにいたいよ〜」とGパンの裾をつかむ。
....。心を鬼にして後ろ髪を引かれる思いでドアを締めたのは言うまでもない。
....。引っ張るほどの後ろ髪はすでに消失してるのは、もっと言うまでもない。
(※話は違うが、みなさんにご心配いただいた白血病のMinamiのその後は、いつかご報告せねばと思い、それも叶わず日々流されている筆者なんである。元気です。いずれまた)
スタッフ会議。主に来季のコーチングスタッフについてだ。
事後承諾的な側面もありの真面目に忌憚のないところを話し合い、懇親会的飲み会へ突入。
途中、Takahashiさんや、QのKoshimizuさんからのメール。
帰宅後返信。本当に今日の神木マーキュリーズやQueens監督スタッフ始め、宮前の男たちはみな素晴らしいと改めて実感す。
Macに火を灯し、メールチェック。今日は飲み会といえど早めに切り上がったので、まだ元気がある。ロックグラスにサントリー角をどぼどぼ注いで、昼間やりかけだった仕事を仕上げて図面をクライアントへ送付。
メール受信BOXにはQueensのYamamotoさんから写真数枚が送られてきていた。
先日の準決勝、試合後の少女たちの写真だった。
写真や絵よりも言葉が多くを語る場合もあるが、時として言葉よりも数葉の写真が、言葉を凌駕することもあるわけで。
すかさずYamamotoさんへ返信。
「こんばんは、Yamamotoさん。
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午後の試合までギリギリ仕事をし、その間南部リーグBが優勝したとの知らせ。
午後神木マーキュリーズ戦の有馬ドームへ急行すれば、6年送る会の母たちとの諸打合。
本日のスタッフ会議についてのオヤジたちとの下打合、根回し、コンセンサス....。
落ち着いたところでマーキュリーズ戦の写真撮影。ほとんどフレンズは撮らず、気がつくと神木の子らばかりをレンズで追っていた。これはフレンズ今週の連絡網をもらった数日前から決めていたことだった。
煙草休憩でのマーキュリーズ指導陣との談笑。
Aoki、Nagamata、Yamaguchi、Ishioka各氏の話を訊いていると、必然的に数年前のフレンズの記憶が蘇ってくるのであった。
「灯(ひ)を消してはならぬ」という熱き思い。子どもたちのことを考えた時に、俺たち大人は何を選択すべきか?
これはまたいずれ....。
試合中にはバーズTakahashiさんへメールをしゅらしゅら、iPhoneで送信。
(※話は違うが、ガラケーの時のメールを打つ擬音が「パチパチ」または「プチプチ」だったのに対して、スマホ(iPhone)は「しゅらしゅら」または「しゅんしゅん」または「すらすら」か?)
更に数通メール発信とその返信。友人知人愛人恋人へ。...すいません、見栄張りました。
18時からのスタッフ会議には時間があるので一旦帰宅。ほどなく筆者の娘と来月3歳になるマーゴのMinami、今年生まれたMiuがご来店。
(※話は違うが、筆者、「じいじ」と呼ばれるのが大嫌いなんである。男として男の権利を剥奪されたような気分になるからである。だからマーゴには、生まれた時から筆者のことは「じいじ」ではなく「J=ジェイ」と呼ぶように洗脳教育してきたんであった。同じ理由で自分が「孫」と発言したとたんに、男として男の権利を剥奪されたような気分になるから、記載上は「マーゴ」としている。「孫」と言うより「マーゴ」と言ったほうが、幾分ジジ臭さが緩和されるし、ちょっぴりオシャレなんである。そのかいあってか、最近やっと日本語を話せるようになったMinamiは筆者のことをちゃんと「J=じぇい」と言うようになった。洗脳教育の成果が現れたと言ってもよいだろう、ムフフ)
夕刻スタッフ会議に出かけようとし、「Minamiごめんな、いまからお出かけするんだよ」と言うと、Minamiが言った。
「やだ。じぇいといっしょにいたいよ〜」とGパンの裾をつかむ。
....。心を鬼にして後ろ髪を引かれる思いでドアを締めたのは言うまでもない。
....。引っ張るほどの後ろ髪はすでに消失してるのは、もっと言うまでもない。
(※話は違うが、みなさんにご心配いただいた白血病のMinamiのその後は、いつかご報告せねばと思い、それも叶わず日々流されている筆者なんである。元気です。いずれまた)
スタッフ会議。主に来季のコーチングスタッフについてだ。
事後承諾的な側面もありの真面目に忌憚のないところを話し合い、懇親会的飲み会へ突入。
途中、Takahashiさんや、QのKoshimizuさんからのメール。
帰宅後返信。本当に今日の神木マーキュリーズやQueens監督スタッフ始め、宮前の男たちはみな素晴らしいと改めて実感す。
Macに火を灯し、メールチェック。今日は飲み会といえど早めに切り上がったので、まだ元気がある。ロックグラスにサントリー角をどぼどぼ注いで、昼間やりかけだった仕事を仕上げて図面をクライアントへ送付。
メール受信BOXにはQueensのYamamotoさんから写真数枚が送られてきていた。
先日の準決勝、試合後の少女たちの写真だった。
写真や絵よりも言葉が多くを語る場合もあるが、時として言葉よりも数葉の写真が、言葉を凌駕することもあるわけで。
すかさずYamamotoさんへ返信。
「こんばんは、Yamamotoさん。
ヤバイです。歳をとることと元来の涙腺の緩さが正比例して、この写真を見てるだけで、思わずボロリきてしまいました...。
写真ありがとうございます。
いずれブログには今回のこと書くつもりでした。
これらの写真が言葉よりも多くを物語っていると思います」
というわけで、フレンズBチーム優勝、Queensのこと、そして神木マーキュリーズのこと...。
年末の仕事とフレンズ仕事の間隙を縫って書かねばならぬことがテンコ盛りなんである。
いつアップ出来るかは筆者とてわからないんである。
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2013年11月29日金曜日
大快挙!Vol5(号外版)
前回「深夜の咆哮」でブログに書きたいことは山ほどあるのだと書いた。今日、もうひとつ山が増えてしまったんである。「大快挙シリーズ」のQueens続編とでも言うべきか。
明日のQueensの三多摩大会準決勝には仕事で行けなくなり、忸怩たる思いを胸に孕んで仕事に埋没していた。今日は先日行われた川崎市少年野球秋季大会の宮前スマイリーズ(Queens)の記事が、東京新聞Todayかわさきスポーツ特別版に掲載される日でもあった。
さきほどの夕刻、Kasahara代表から新聞に関しての一斉メールがきた。200部(?)くらいあるらしい。明日は応援に行けないことと新聞一部確保お願いね、の旨を返信したところ、かの東京新聞一面の写真が送られてきたんである。速攻iPhoneからMacへ転送し、添付写真を拡大して記事を読んだ。なんともドデカく載っているではないか。Himari、Hinataバッテリー間で相手を互いに称賛する言葉、4番主砲Akariの活躍、準決勝戦でのMisakiの涙...など6年生中心のインタビューの数々。Noeri、Ichika、Yumi、Ayanoの6年美女軍団のコメントも満載だ。そして監督就任7年目のKoshimizuさんのコメントもとても良かった。読み進めるうちにあのときの感動や興奮がじゅんじゅわっと、蘇ってきた。
こりゃ、少年野球「晴耕雨読」誌上でも号外を発行せねばいかんという思いにフツフツと至ったわけで。仕事の手をいったん止めて「晴耕雨読」にアクセスしちゃってるんである。仕事中はポール・マッカートニー来日記念を祝してずっとビートルズのナンバーをiTunesでごんごん大音量で聴きながらであったが、このブログ号外を書きはじめて流れてきたのは、筆者の「邦楽Best」集に入っている曲たち。奇しくもゆずの「栄光の架け橋」やスーパーフライの「STARS」、そしていきものがかりの「ありがとう」...。あたかもQueensの感動の場面にかぶさるように出来過ぎた選曲であった。
ずいぶん前に朝日新聞本社へメールの問い合わせをしたことがある。この件は昔のブログにも書いた。新聞写真を個人ブログといえども勝手に掲載してはいけないのだ。著作権法に抵触する怖れ有り。しかしここは我がQueensをここまで大きく世に知らしめてくれた東京新聞に敬意を込めリスペクトする意味で、畏れ多くも掲載しちゃうんであった。こちとらだって宮前Queensの広報部長という名誉ある地位を剥奪、懲戒解雇されかねない危険を冒して書いているのだ。
最低限のマナーとして出典を明記しておこう。庶民の味方東京新聞さんなら看過黙認してくれるだろう。
東京新聞TODAYかわさきスポーツ特別版(2013年11月29日付)から。
(写真クリックすれば拡大して読めるはず)
これではまだ安心出来ない筆者は、すぐにQ代表Kasaharaさんへその旨をメール。
「もし自分が訴えられて網走刑務所に投獄されたら、Kさん保釈金を積んで出してね」と。
速攻返事がきた。「了解しました!(絵文字かちゃかちゃ)」
...実は「おお、1,000万くらいなら出してやるよ〜(絵文字ほにょろろ)」なんてゆー返信を胸中期待していた筆者なんである(^-^)
今サザンの「希望の轍」が流れてきた。
明日の試合は、Queens少女たちの奮起、健闘を希望したい。
さて仕事に戻ろっと(^-^)/
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明日のQueensの三多摩大会準決勝には仕事で行けなくなり、忸怩たる思いを胸に孕んで仕事に埋没していた。今日は先日行われた川崎市少年野球秋季大会の宮前スマイリーズ(Queens)の記事が、東京新聞Todayかわさきスポーツ特別版に掲載される日でもあった。
さきほどの夕刻、Kasahara代表から新聞に関しての一斉メールがきた。200部(?)くらいあるらしい。明日は応援に行けないことと新聞一部確保お願いね、の旨を返信したところ、かの東京新聞一面の写真が送られてきたんである。速攻iPhoneからMacへ転送し、添付写真を拡大して記事を読んだ。なんともドデカく載っているではないか。Himari、Hinataバッテリー間で相手を互いに称賛する言葉、4番主砲Akariの活躍、準決勝戦でのMisakiの涙...など6年生中心のインタビューの数々。Noeri、Ichika、Yumi、Ayanoの6年美女軍団のコメントも満載だ。そして監督就任7年目のKoshimizuさんのコメントもとても良かった。読み進めるうちにあのときの感動や興奮がじゅんじゅわっと、蘇ってきた。
こりゃ、少年野球「晴耕雨読」誌上でも号外を発行せねばいかんという思いにフツフツと至ったわけで。仕事の手をいったん止めて「晴耕雨読」にアクセスしちゃってるんである。仕事中はポール・マッカートニー来日記念を祝してずっとビートルズのナンバーをiTunesでごんごん大音量で聴きながらであったが、このブログ号外を書きはじめて流れてきたのは、筆者の「邦楽Best」集に入っている曲たち。奇しくもゆずの「栄光の架け橋」やスーパーフライの「STARS」、そしていきものがかりの「ありがとう」...。あたかもQueensの感動の場面にかぶさるように出来過ぎた選曲であった。
ずいぶん前に朝日新聞本社へメールの問い合わせをしたことがある。この件は昔のブログにも書いた。新聞写真を個人ブログといえども勝手に掲載してはいけないのだ。著作権法に抵触する怖れ有り。しかしここは我がQueensをここまで大きく世に知らしめてくれた東京新聞に敬意を込めリスペクトする意味で、畏れ多くも掲載しちゃうんであった。こちとらだって宮前Queensの広報部長という名誉ある地位を剥奪、懲戒解雇されかねない危険を冒して書いているのだ。
最低限のマナーとして出典を明記しておこう。庶民の味方東京新聞さんなら看過黙認してくれるだろう。
東京新聞TODAYかわさきスポーツ特別版(2013年11月29日付)から。
(写真クリックすれば拡大して読めるはず)
これではまだ安心出来ない筆者は、すぐにQ代表Kasaharaさんへその旨をメール。
「もし自分が訴えられて網走刑務所に投獄されたら、Kさん保釈金を積んで出してね」と。
速攻返事がきた。「了解しました!(絵文字かちゃかちゃ)」
...実は「おお、1,000万くらいなら出してやるよ〜(絵文字ほにょろろ)」なんてゆー返信を胸中期待していた筆者なんである(^-^)
今サザンの「希望の轍」が流れてきた。
明日の試合は、Queens少女たちの奮起、健闘を希望したい。
さて仕事に戻ろっと(^-^)/
※ブログアップ後追記。
Kさんにブログアップのメールを送り、仕事に戻った筆者。
「保釈金は1,000万で!」と。
ほどなくしてKasaharaさんから返信あり。
「読んだよ。最高! 1,000万?ずいぶん安いねえ。俺のポケットマネーじゃん!」って(^-^)
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深夜の咆哮
ブログで書きたいことは山ほどあるんである。蟻塚のアリンコの数ほど。しかし、いよいよ、にっちもさっちも、どうにもこうにも、ブルドッグ〜♪状態に突入しちゃったんであった。
年末を控えて仕事が立て込んできた。今週末はQueensの大事な試合もフレンズ試合にも行けなくなった。
年末恒例のスコアブックの集計業務、成績表冊子の制作、6年生へ贈る写真立ての制作、送る会のイベント計画、色紙に貼り込む写真編集、成績表のA1サイズ出力....etc。
来年はもう誰か父母に任せてリタイヤしちゃいたいな、とさえ思う今日このごろなんである。
おまけに以前の仕事上のトラブル(クライアントからの設計報酬未払い問題)は、いまだに尾を引いたまま未解決。
プライベートでは不動産の抵当権抹消登記で法務局にも行かねばならぬ。ずっと放置したまんまでヤバイんである。いっそ、「仕事上のトラブル」と「抵当権抹消登記」ひっくるめてSuekiコーチに頼んじゃおうか。Suekiさんの職業は司法書士なんである。
晩秋の深夜の咆哮(ほうこう)なんである。
まるでティム・ロビンス主演映画「ショーシャンクの空に」のDVDケース表紙の写真のように、降りしきる雨に向かって両手を広げ、空を仰ぎ見て咆哮したい気分なんであった。
年末を控えて仕事が立て込んできた。今週末はQueensの大事な試合もフレンズ試合にも行けなくなった。
年末恒例のスコアブックの集計業務、成績表冊子の制作、6年生へ贈る写真立ての制作、送る会のイベント計画、色紙に貼り込む写真編集、成績表のA1サイズ出力....etc。
来年はもう誰か父母に任せてリタイヤしちゃいたいな、とさえ思う今日このごろなんである。
おまけに以前の仕事上のトラブル(クライアントからの設計報酬未払い問題)は、いまだに尾を引いたまま未解決。
プライベートでは不動産の抵当権抹消登記で法務局にも行かねばならぬ。ずっと放置したまんまでヤバイんである。いっそ、「仕事上のトラブル」と「抵当権抹消登記」ひっくるめてSuekiコーチに頼んじゃおうか。Suekiさんの職業は司法書士なんである。
晩秋の深夜の咆哮(ほうこう)なんである。
まるでティム・ロビンス主演映画「ショーシャンクの空に」のDVDケース表紙の写真のように、降りしきる雨に向かって両手を広げ、空を仰ぎ見て咆哮したい気分なんであった。
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有馬フレンズOB、宮前Queens、宮前区少年野球連盟のブログを通じた広報担当です。写真と文章のブログ、たまには個人的日々雑感も。
2013年11月25日月曜日
2013年シスタージャビット大会
2013シスタージャビット交流戦なんである。
昨年は雨で苦渋の選択のうえやむなく中止となったのだったが、今年は小春日和を通り越して暑いくらいのピーカンの好天のもと、川崎はよみうりランド隣接の「ジャイアンツ球場」での開催。去年と同じ野川レッドパワーズのSatohさんの愛車ポルシェ号で一路北上、疾駆する。同じレッパのYoshikawaさん、Kanesakaさんも同乗。奇しくも同じ日にフレンズとレッパは南部リーグで対戦する予定なのでまさに「呉越同舟」状態であった。途中連盟審判部のHayashiさんも乗り込む。
Kanesakaさんとは初対面であったが、横浜青葉区のシニアの審判もしており、またフレンズコーチInoueさんと職場が同じという奇遇も手伝って、話がはずんだものだ。
なんとも素敵な球場である。
足跡がひとつもない人跡未踏のビロードのような土の上に白線がゆっくり引かれてゆく。巨人軍の練習や試合も開催される立派なプロのスタジアムだ。プロのグランドキーパーが黙々とグランドを造ってゆく様は見ていて実に気持ちのいいものだ。
バックネット裏の本部席は幹事運営団体の宮前区少年野球連盟はじめ、参加代表区からも運営メンバーが続々と到着し、打合を終えてそれぞれの持ち場へ散る。隣りの部屋はウグイス嬢軍団のいる放送室である。
第一試合は麻生VS調布の女子チームである。女性指導者も多い女の子の野球、この麻生もその例に漏れない。女性指導者もどんどん頑張ってほしいものである。
この試合の面をかぶったのは前述Kanesakaさん。セカンドはヤングのKatsuさん、レッパのYoshikawaさんは1塁側ベンチ横でグランド全体を監視。しかし公式戦ではなく交流戦、イベント的要素が強いこの大会は終始和やかで、かつ緩い空気感の中楽しく野球をやっているんである。子どもたちも真剣な表情と笑顔が交差する。
その裏でこの大会を巨人軍からグランドを借り受けて、全体を取り仕切る連盟副会長Kasaharaさんが暗躍というより、ガンガン指令を飛ばし、あちこち飛び回り、ヘロヘロになっていたんであった。
プロローグはここまで。ここから一気呵成、旭化成の怒濤のQueensブログにやっと突入なんである。
試合中の外野グランドでは本番前、Queensの姫たちが相変わらずの笑顔で伸びやかにアップしていた。
と、そこへ昨日夕方退院したばかりの主将Himariが松葉杖をついて両親とともに満を持して登場なんであった。遠くから「あっ!ひーちゃんだ」とひとりがつぶやくと、練習そっちのけでわらわら集まるチームメイトの女子たち。Koshimizu監督の言うことなど聞いちゃあいない。どんどんHimariの周りに人だかりが出来た(^-^)/
現代医療では、骨折したあと足を固めるのは布テープみたいな薄い生地で、それがカッチカチになっちゃうんだそうだ。これまでは石膏で固めるのが通例であったけれど。そのHimariの左足に6年生が皆で寄せ書きしちゃうんであった。
第二試合は多摩VS江戸川。そしていよいよ第三試合は宮前VS狛江メイツなんである。宮前代表は泣く子も笑う「最高の仲間、最強のチーム」の言わずと知れた我らがQueens。しかし今日は勝ち負けよりも野球を楽しむことだ。
それを知ってか知らずか、試合前のベンチ前集合でもレンズを向ければピースサインで返してくれる楽しそうな姫たちだ。(A)
主将Himariが松葉杖も痛々しく健気に「グランド整備ありがとうございましたっ!礼!」(B)
更に球審の集合のコールではHimariがいつもどおり元気よく「行くぞっー!」「おー!」
....しかし、元気よく飛び出していく仲間に置き去りにされて、苦笑いしながらベンチに戻るQの大黒柱なんである(C)
趣味と言えるほどマニアックな趣味ではないけれど、写真・カメラは大好きな筆者なんである。今日の一番のアングルで最高の写真が撮れたと思ったのは、ボールガールを務めたふたりのちっちゃい姫。KuuとAyakaだ。主審にボールを手渡し、まるで緊張の任務を終えて無事帰還した兵士の笑顔のように、可愛い笑顔を振りまきながら跳ねるように帰って
くるふたりなんである。Yamamotoコーチがうまく二人をコーチング、操縦していた。
来年を見据えた先発オーダーか、初回のみ普段試合に出られないレギュラー以外のメンバーで出場。巨人軍のプロが使うフッカフカの球場に小学生の女の子が躍動するのもまた良いものだ。
ピッチャーはSunao、捕手はNozomiのバッテリー。
この試合の球審はHatanoさん、セカンド塁審はYamaderaさん。ともにQのOB・現役の父でもある。ベンチ内と3塁側からの近景、遠景の2枚のショット。
ベンチ付近で撮っていると一番困るのが、皆の横顔しか撮れないことなんである。でもって表情を正面から撮るべく、3塁側に回ってカメラを向けるのがプロの常套手段なのは言うまでもない。
赤い鳥軍団が思い思いの体(てい)で止まり木に止まっていた。
試合はというと....1回2点、2回7点、3回5点、4回6点、計20得点。20:0の完封圧勝であった。中でも特筆は、スタンドインのホームランはプロの球場ではもちろん望むべくもないが、6年Noeriがなんと3打席連続の外野を抜けるランニングホームランを樹立。更に前回の涙の再現かと思われるほどベンチが興奮したのは、Misakiの長打が飛び出した時だった。もう沈黙の大砲とは言わせない。(ちょっと待て。そもそもこれは筆者が言い出したフレーズか)伸び伸び大暴れのQ軍団なんであった。
試合終了後はHimariの音頭で円陣を組みエールの交換をし、皆帰る準備のためそそくさとベンチに引き上げる。するとやはり、Himariだけ取り残されて、またもや苦笑しちゃう主将なんであった(^-^)
数々の大きな球場で記念撮影をしてきたQueens。ここでも一発、カメラの放列に満面の笑顔の姫たち。筆者の左後ろではNoeri父が松葉杖を使って笑わせようとナニカのパフォーマンスをしている模様。
Himariの退院おめでとうの、チームにもたらした空気感と、伸びやかな野球が出来ること、良い球場と天高く馬肥ゆる秋の突き抜ける蒼い空と、....。
みんな笑いながら素敵な一葉に納まった瞬間である。
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昨年は雨で苦渋の選択のうえやむなく中止となったのだったが、今年は小春日和を通り越して暑いくらいのピーカンの好天のもと、川崎はよみうりランド隣接の「ジャイアンツ球場」での開催。去年と同じ野川レッドパワーズのSatohさんの愛車ポルシェ号で一路北上、疾駆する。同じレッパのYoshikawaさん、Kanesakaさんも同乗。奇しくも同じ日にフレンズとレッパは南部リーグで対戦する予定なのでまさに「呉越同舟」状態であった。途中連盟審判部のHayashiさんも乗り込む。
Kanesakaさんとは初対面であったが、横浜青葉区のシニアの審判もしており、またフレンズコーチInoueさんと職場が同じという奇遇も手伝って、話がはずんだものだ。
なんとも素敵な球場である。
足跡がひとつもない人跡未踏のビロードのような土の上に白線がゆっくり引かれてゆく。巨人軍の練習や試合も開催される立派なプロのスタジアムだ。プロのグランドキーパーが黙々とグランドを造ってゆく様は見ていて実に気持ちのいいものだ。
バックネット裏の本部席は幹事運営団体の宮前区少年野球連盟はじめ、参加代表区からも運営メンバーが続々と到着し、打合を終えてそれぞれの持ち場へ散る。隣りの部屋はウグイス嬢軍団のいる放送室である。
第一試合は麻生VS調布の女子チームである。女性指導者も多い女の子の野球、この麻生もその例に漏れない。女性指導者もどんどん頑張ってほしいものである。
この試合の面をかぶったのは前述Kanesakaさん。セカンドはヤングのKatsuさん、レッパのYoshikawaさんは1塁側ベンチ横でグランド全体を監視。しかし公式戦ではなく交流戦、イベント的要素が強いこの大会は終始和やかで、かつ緩い空気感の中楽しく野球をやっているんである。子どもたちも真剣な表情と笑顔が交差する。
その裏でこの大会を巨人軍からグランドを借り受けて、全体を取り仕切る連盟副会長Kasaharaさんが暗躍というより、ガンガン指令を飛ばし、あちこち飛び回り、ヘロヘロになっていたんであった。
プロローグはここまで。ここから一気呵成、旭化成の怒濤のQueensブログにやっと突入なんである。
試合中の外野グランドでは本番前、Queensの姫たちが相変わらずの笑顔で伸びやかにアップしていた。
と、そこへ昨日夕方退院したばかりの主将Himariが松葉杖をついて両親とともに満を持して登場なんであった。遠くから「あっ!ひーちゃんだ」とひとりがつぶやくと、練習そっちのけでわらわら集まるチームメイトの女子たち。Koshimizu監督の言うことなど聞いちゃあいない。どんどんHimariの周りに人だかりが出来た(^-^)/
現代医療では、骨折したあと足を固めるのは布テープみたいな薄い生地で、それがカッチカチになっちゃうんだそうだ。これまでは石膏で固めるのが通例であったけれど。そのHimariの左足に6年生が皆で寄せ書きしちゃうんであった。
第二試合は多摩VS江戸川。そしていよいよ第三試合は宮前VS狛江メイツなんである。宮前代表は泣く子も笑う「最高の仲間、最強のチーム」の言わずと知れた我らがQueens。しかし今日は勝ち負けよりも野球を楽しむことだ。
それを知ってか知らずか、試合前のベンチ前集合でもレンズを向ければピースサインで返してくれる楽しそうな姫たちだ。(A)
主将Himariが松葉杖も痛々しく健気に「グランド整備ありがとうございましたっ!礼!」(B)
更に球審の集合のコールではHimariがいつもどおり元気よく「行くぞっー!」「おー!」
....しかし、元気よく飛び出していく仲間に置き去りにされて、苦笑いしながらベンチに戻るQの大黒柱なんである(C)
趣味と言えるほどマニアックな趣味ではないけれど、写真・カメラは大好きな筆者なんである。今日の一番のアングルで最高の写真が撮れたと思ったのは、ボールガールを務めたふたりのちっちゃい姫。KuuとAyakaだ。主審にボールを手渡し、まるで緊張の任務を終えて無事帰還した兵士の笑顔のように、可愛い笑顔を振りまきながら跳ねるように帰って
くるふたりなんである。Yamamotoコーチがうまく二人をコーチング、操縦していた。
来年を見据えた先発オーダーか、初回のみ普段試合に出られないレギュラー以外のメンバーで出場。巨人軍のプロが使うフッカフカの球場に小学生の女の子が躍動するのもまた良いものだ。
ピッチャーはSunao、捕手はNozomiのバッテリー。
この試合の球審はHatanoさん、セカンド塁審はYamaderaさん。ともにQのOB・現役の父でもある。ベンチ内と3塁側からの近景、遠景の2枚のショット。
ベンチ付近で撮っていると一番困るのが、皆の横顔しか撮れないことなんである。でもって表情を正面から撮るべく、3塁側に回ってカメラを向けるのがプロの常套手段なのは言うまでもない。
赤い鳥軍団が思い思いの体(てい)で止まり木に止まっていた。
試合はというと....1回2点、2回7点、3回5点、4回6点、計20得点。20:0の完封圧勝であった。中でも特筆は、スタンドインのホームランはプロの球場ではもちろん望むべくもないが、6年Noeriがなんと3打席連続の外野を抜けるランニングホームランを樹立。更に前回の涙の再現かと思われるほどベンチが興奮したのは、Misakiの長打が飛び出した時だった。もう沈黙の大砲とは言わせない。(ちょっと待て。そもそもこれは筆者が言い出したフレーズか)伸び伸び大暴れのQ軍団なんであった。
試合終了後はHimariの音頭で円陣を組みエールの交換をし、皆帰る準備のためそそくさとベンチに引き上げる。するとやはり、Himariだけ取り残されて、またもや苦笑しちゃう主将なんであった(^-^)
数々の大きな球場で記念撮影をしてきたQueens。ここでも一発、カメラの放列に満面の笑顔の姫たち。筆者の左後ろではNoeri父が松葉杖を使って笑わせようとナニカのパフォーマンスをしている模様。
Himariの退院おめでとうの、チームにもたらした空気感と、伸びやかな野球が出来ること、良い球場と天高く馬肥ゆる秋の突き抜ける蒼い空と、....。
みんな笑いながら素敵な一葉に納まった瞬間である。
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2013年11月21日木曜日
One for All,All for One
筆者のささやかな至福の時間の過ごし方といえば、煙草の吸えるカフェに入り熱いエスプレッソとともに、夕暮れの1時間、好きな小説を渾身のチカラを込めて読書することなんである。カフェはドトールよりはエクセシオールが良い。エクセシオールよりはプロントがベターだ。更にプロントよりはサンマルクか上島珈琲店がベストなんである。横浜のセンター北にある上島珈琲店はお気に入りのひとつだ。
今日、所用があり北ではなくセンター南に行ってきた。南にもお気に入りのカフェがあるのだが、仕事の関係でそこでゆっくり出来ないのがわかっていたから、往復のバスの中で渾身のチカラを込めて読書したのは言うまでもない。
先日のブログで言葉が足りなかったことを後悔しているんである。
スーツという鎧をまとったサラリーマンの休日のファッションを揶揄した。スネ毛丸出し短パンでヨレヨレTシャツだと....。自省の念。まさに筆者の夏はこれなんであった。言いたかったことは決して「スネ毛丸出し短パンでヨレヨレTシャツ」が悪いのではなく、それでも似合う自分でなければならないという、アイデンティティーのことを言いたかったんであった。
こんな話を思い出したのはセンター南にあるスポーツオーソリティーに入った時。筆者はニッポン人の「もったいない主義」の具現者なので、ジャージなどは膝やケツがテカンテカンになるまで着倒すほうだ。セレブなQ代表Kさんとは正反対である。それでもいい加減もうひとつの野球用ジャージが欲しくなりスポーツ用品店に行ったのだった。数日前から思っていた本当の目的は別なんであったけれど。
サッカー小憎の筆者はadidasしか目に入らない。adidasコーナーで半額セールをやっていたので嬉々として一も二もなく購入したのは言うまでもない。
さてここからが本題なんである(^-^)
帰りしな駅前のローマのコロシアムを模したすり鉢状の広場で、5,6人の少年たちが楽しそうに簡単な野球遊びをやっていた。思わず麻袋を頭からズッポリかぶせて拉致し、フレンズに連行しようかという欲求をかろうじて抑えつつ、しばらく眺めていたんである。
この時ふと、なぜか3年前に作った記念誌の1ページが脳裏をよぎった。
「宮前区少年野球連盟20周年記念誌」
筆者の自分少年野球史上大きな転換期となった仕事であった。このプロジェクトチームで連盟や他チームの多くの人たちと巡り会い、自分やチームの小ささを自認するに至ったんであった。とりわけKasahara副会長やNishimura事務局との邂逅は特筆である。Kasaharaさんとはその後のQueensとの出会いに繋がるわけで、本当に人と人との繋がりは面白いことこのうえない。
その記念誌で鬼編集長Nishimuraさんからの命を受け、恥ずかしながら書きしたためた「詩」がある。
夕暮れの広場で野球少年たちを見ているうちに湧いて来た思いは、先日からブログに書いているけれど、Queensの大黒柱の主将が大けがをして6年最後の大会を前に涙を呑んだこと、しかしそれを機に逆にチームがますます結束し奇跡のプレーや、感動的な試合で子どものみならず大人たちも「ひとつ」の輪になったこと。そんな思いの延長線上にあの「詩」が浮かんできたのであった。キーワードは「言葉の力」「絆」「仲間」「ひと」「誇り」....更に言えば「One for All,All for One」
2012年2月の小ブログに掲載したものを僭越ながら、身の程知らずの臆面もなく再掲載したい。最後の数行は多少難解かもしれないけれど、未来の子どもたちへエールを贈ったものである。
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今日、所用があり北ではなくセンター南に行ってきた。南にもお気に入りのカフェがあるのだが、仕事の関係でそこでゆっくり出来ないのがわかっていたから、往復のバスの中で渾身のチカラを込めて読書したのは言うまでもない。
先日のブログで言葉が足りなかったことを後悔しているんである。
スーツという鎧をまとったサラリーマンの休日のファッションを揶揄した。スネ毛丸出し短パンでヨレヨレTシャツだと....。自省の念。まさに筆者の夏はこれなんであった。言いたかったことは決して「スネ毛丸出し短パンでヨレヨレTシャツ」が悪いのではなく、それでも似合う自分でなければならないという、アイデンティティーのことを言いたかったんであった。
こんな話を思い出したのはセンター南にあるスポーツオーソリティーに入った時。筆者はニッポン人の「もったいない主義」の具現者なので、ジャージなどは膝やケツがテカンテカンになるまで着倒すほうだ。セレブなQ代表Kさんとは正反対である。それでもいい加減もうひとつの野球用ジャージが欲しくなりスポーツ用品店に行ったのだった。数日前から思っていた本当の目的は別なんであったけれど。
サッカー小憎の筆者はadidasしか目に入らない。adidasコーナーで半額セールをやっていたので嬉々として一も二もなく購入したのは言うまでもない。
さてここからが本題なんである(^-^)
帰りしな駅前のローマのコロシアムを模したすり鉢状の広場で、5,6人の少年たちが楽しそうに簡単な野球遊びをやっていた。思わず麻袋を頭からズッポリかぶせて拉致し、フレンズに連行しようかという欲求をかろうじて抑えつつ、しばらく眺めていたんである。
この時ふと、なぜか3年前に作った記念誌の1ページが脳裏をよぎった。
「宮前区少年野球連盟20周年記念誌」
筆者の自分少年野球史上大きな転換期となった仕事であった。このプロジェクトチームで連盟や他チームの多くの人たちと巡り会い、自分やチームの小ささを自認するに至ったんであった。とりわけKasahara副会長やNishimura事務局との邂逅は特筆である。Kasaharaさんとはその後のQueensとの出会いに繋がるわけで、本当に人と人との繋がりは面白いことこのうえない。
その記念誌で鬼編集長Nishimuraさんからの命を受け、恥ずかしながら書きしたためた「詩」がある。
夕暮れの広場で野球少年たちを見ているうちに湧いて来た思いは、先日からブログに書いているけれど、Queensの大黒柱の主将が大けがをして6年最後の大会を前に涙を呑んだこと、しかしそれを機に逆にチームがますます結束し奇跡のプレーや、感動的な試合で子どものみならず大人たちも「ひとつ」の輪になったこと。そんな思いの延長線上にあの「詩」が浮かんできたのであった。キーワードは「言葉の力」「絆」「仲間」「ひと」「誇り」....更に言えば「One for All,All for One」
2012年2月の小ブログに掲載したものを僭越ながら、身の程知らずの臆面もなく再掲載したい。最後の数行は多少難解かもしれないけれど、未来の子どもたちへエールを贈ったものである。
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未来の記憶ノート T.Teshima
あの日のことをぼくは忘れない
大事な試合 最後の守備 緊張の場面
うなりをあげて迫る白球 ボールはグローブを弾いた
ぼくのエラーでチームは敗けた
涙をこらえ自分の影を踏みつけながら駆け戻るベンチ
みんなの顔が見られない そんな時誰かがぼくの肩をたたいて言った
「ドンマイッ!つぎ、がんばろう!」
あのときの仲間をぼくは忘れない
あの日のことをおまえは憶えているか
初めて買ったグローブ 父さんとの初めてのキャッチボール
ワンバウンドが顔に当たり おおげさに泣き出した
「やきゅうなんて、やだっ」グローブを投げ出し家へかけもどる
その晩おまえの寝顔の横には
大事そうに置かれたぴかぴかのちいさなグローブ
翌朝目を輝かせて言った「お父さん、キャッチボールやろう!」
あの時の瞳を父さんは忘れない
あの日のことをあなたは憶えているかしら
早起きして作ったお弁当は今日はちょっと特別
だってこの日は六年最後の試合と私の誕生日が重なって
玄関を出て行くあなたの背中は何か言いたそうだったね
青の空 樹々は緑 白球が伸びやかな弧を描く
私にとっても今日が最後の応援
チームは勝ったのに 打てなかったあなたはどこか淋しそう
「誕生日のお祝いにヒット1本プレゼントしたかったけど...ごめん」
母さんはホームラン100本分くらい嬉しかったよ 涙がでるほど
あのときの言葉を母さんは忘れない
やがて少年少女(キミ)は二十歳(オトナ)になるだろう
あの頃の太陽(ひ)の光と渡る風の匂い
星が語る言葉は 記憶の海の想い出ノート
仲間(ともだち)、家族、人とひと 人の光はキミの影を強くする
絆なんて言葉は似合わなくてもいい でも
ただ キミが人を信じられるひとになろう
ただ キミは人に信じられるひとになろう
ちょっとずつ記憶を重ねていこう
目の前に広がる 白紙の海の 未来ノート
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少女野球宮前Queens
有馬フレンズOB、宮前Queens、宮前区少年野球連盟のブログを通じた広報担当です。写真と文章のブログ、たまには個人的日々雑感も。
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