まずは連盟広報からの速報である。宮前少年野球にとっての。
本日連盟役員の会議があり、コロナによる今後の大会予定や30th記念事業に関する協議が行われた。筆者は記念誌委員と言えど正式役員ではないので出席は思い止まり辞退。会議終了後、速攻で連絡網メール配信された。ここでは詳細は書けないが、各チーム事務局へ配信された内容をコピペする。
事務局員各位
お疲れ様ですSatohです。
本日連盟役員会を開催し、下記の決定を行いましたのでチーム内へ周知をお願い致します。
記
・自粛期間は3/27(金)までとする
・春季大会は4/12(日)から開始として、ジュニアの部は実施しない
・今後の予定説明を4/5(日)9時から代表者会議を実施する(第一公園のバックネット前)
以上
「今後の予定説明」は各チーム必ず出席をされたし。詳細の説明があるはずである。また、老婆心ながら広報から補足するなら、最初の「・自粛期間は3/27(金)までとする」に続き「但し今後の新型コロナの状況によっては、この限りではない」または「但し今後の新型コロナの状況によっては、変更の可能性もあります」を追記したい。「緊急事態宣言」にまでは至らず、条件付きで各種イベントなどは解禁となった経緯を鑑みたのであろう。今の日本の状況は国民の命を守ることと、経済の停滞を緩和させることのせめぎ合いの中で苦しい選択を迫られている訳で。さらに大局的に言えば少年野球のみならず全国の閉塞的環境の子どもたちの、心のケアにも配慮したことだろう。
※追記:川崎市教育委員会から。施設開放禁止は3/31まで延期となった。28日から活動再開出来ても、グランドは相変わらず確保が出来ないことになる。
政府の休校要請以来、近所や遠方の公園をバイクまたは徒歩で通過する機会が多くあったけれど、ほとんどの公園では普段では考えられないほどの、多くの親子が伸びやかに運動を楽しんでいた。ある公園では電動ママチャリが10台ほど整然と並んで、子と一緒にワイワイやっていた公園もあった。テレワーク父だろうかお父さんの姿も散見される。休校宣言直後のニュースでは「公園で子供の声がうるさい」などの苦情があったり、学校の先生が公園をパトロールして、子供たちに帰宅を促したりという、妙な違和感を覚える報道があった。数日後やっと政府からは「健康維持のため公園などでの子どもの活動は決して否定はしない」みたいな声明がなされたわけで。筆者が広報官ならば、事前に十分予期できたことだから、公園で遊ぶことは規制しないと一言添えたに違いないのだが。スピード重視の現状では致し方なかったのかもしれない。今となってはこの筆者の慧眼?(けいがん)はコロンブスの卵と言われてもしょうがないけれど。ちょっと考えれば分かることである。
筆者は公園で遊ぶ子らを見るのが大好きだ。あくまでも親も含めて自己責任ではあるけれど、子供は屋外で楽しく遊ぶのが仕事である。赤ん坊は大声で泣くのが仕事だと、大昔から言われているように。大人が仕事で金を稼ぐのと同義語かもしれない。諸外国のように非常事態宣言がなされて、外出禁止令でも出ていれば話は違うが、現段階での公園の賑わいは良いことだと思う。但し日本はコロナ大爆発直前との専門家の意見もある中、そーなる可能性もあることは頭の隅に置いておこう。
公園事情に関して個人的に唯一困ったこともある。筆者は公園のベンチでコーヒーとアイコスで一服するのが日常の至福の楽しみであるが、近くに子どもがいた場合は副流煙を考慮して吸わないことにしている。万一、一服している間に子どもが近寄ってきたら、自らベンチを立って隅っこの方でそそくさとタバコを終えて早々に退散する。今回の「公園子ども満載現象」で、筆者の密かな楽しみを奪われてしまったけれど、公園の元気な子らの声がこだまする光景を見れただけで、ベンチまで行かずに退散するも、これはこれで喜ばしいことだと思う今日この頃なんであった。
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さてと、写真ブログが少年野球「晴耕雨読」の真真骨頂。ここからは写真を交えて鬼才が記載するわけで。
やっと記念誌が納品された。すぐに納品先の母宅へ自分の分を取りに行く。これは制作者としての当然の責務である。作品の検証をしなければならない。過去にQueens記念誌の時はグラデーション印刷に問題があって、印刷会社にクレームをつけた経緯があるから今回も予断は許さないのである。
記念誌はフレンズ内部関係者で「配付会」を3/22に開催予定だった。これは配付リストを管理する母の負担を軽減するためでもある。週末たまたまそこにいる親たちに、だらだらとあっちこっち配付し、毎回いちいちチェックしていたのではストレスが溜まるわけで、一気に整然と配付した方が良いと判断したんである。しかしながらコロナ情勢を鑑みて止む無く延期となった。
記念誌を手にとって印刷会社の重大な瑕疵が発見された。ガックシなんである。Qに続きまたかよ。俺のフレンズでの最後の集大成が台無しになった。簡単に言うと本来黒一色であるべきテキスト部分が、青が混じった青黒いフォントになり、なおかつ文字が正常よりかなり太く印刷されているのだった。全体ならばまだ看過出来るも、ページによって変化するからもう手に負えないわけで。正常と異常が混在する現象が散見され、実に参った。本日、印刷会社へ正当なクレームを少し強めの文章で抗議、対応を求めたんである。
記念誌内で使用した写真を数枚アップ。ネタバレになるので記念誌が公式に配付されるまではまだ具体的な紹介は避けたい。編集後記ページでハーフトーンで配置した写真2枚。シャーペンは長年愛用しているドイツのステッドラー社製。もちろんPCは愛機Mac。
「フレンズ活動地域の小さなページ」で使用した、近隣のセンター北駅前の写真。有馬地方の写真と同じく、2月の晴天の日にバイクで出かけて撮った写真である。もやはフレンズは有馬村のみならずオシャレな横浜までその範疇に入っている。川崎有馬小から数歩歩けばそこは横浜なんであるからして。
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筆者は13冊を確保した。息子と娘に各一冊、そのほか娘時代のOBオヤジと今でも交流があるので彼らに配付のため数冊。筆者の今後のための数冊。少しでも早くYanagusawa代表に届けたいとの思いからイレギュラーで更に2冊を今日届けたんである。Kanedaさんには遠方なので次回配付会にて。更にこれとは別個に連盟記念誌委員会へ参考資料として十数冊確保している。もしこれをかつての宮前連盟の至宝、事務局Nishumuraさんが見ていて、住所を個人的にお知らせいただけたら、速攻郵送したい。連盟20周年記念誌の完成度と精度の高さは氏の活躍と尽力を無くしては語れない。
愛車赤カブをシャリシャリ、ガックンガックン言わして疾走、まずは同じマンションのOBオヤジSugiyamaさんを皮切りに、Matsuda、Hatakeyama、最後の代表Yanagisawa宅のポストへお届け。晴天のうららかな空の下、カブは快調にひた走る。ふと思った。この彼らの名前の一文字めを順番に列記すれば、「杉〜松〜畠〜柳」...皆日本の原風景を彷彿とさせる樹々の数々ではないか。
コロナで閉塞感の漂う中、先の公園の子らの光景と言い、なんかちょっぴり楽しい1日であった。
...
この下のニャンコ写真については、次回ブログにて。
「明けない夜はない」
「春の来ない冬はない」
日本だけではなく世界に目を転じて最悪の状況を考慮しつつも、桜の春の訪れと共にほんの少しトンネルの先に光明が見えてきたと思うのは、私の甘い考えだろうか。筆者にもまだ分からないけれど。
日本はオーバーシュート(爆発的感染)の危険も孕んでいるので、ゆめゆめ気を緩めてはいけない。
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