2013年5月25日土曜日

連続私事で恐縮

なくした財布は戻ってきそうにない。もし沖縄西表島の道ばたで落としたのなら、その晩きっと自宅まで届けにきてくれる人がいて、即泡盛で宴会となるに違いないのだが、残念ながら、ここはおおらかな南方の島ではなかったと思うことにする。
そんなアンハッピーなトラブルを凌駕して余りある、超ハッピーな出来事があったのは前回書いたわけで。
でもあまりに個人的な話を書くのは勇気がいるものなんである。更にブログの嫌いなところは何か?というアンケート調査があって、それによるとダントツ一位が「自慢話」が鼻につく、なのだそうだ。筆者も賛成。

と言ってる端から、舌の根も乾かぬうちから、今回もまたプライベートな話。
おまえは露出狂か!素っ頓狂かっ!と言われても仕方がないのを覚悟で。滅多に家族のことは書かないようにしてるので、たまには良いではないか。

先月20日に愚息が結婚した。と言っても式を挙げたわけではなく、婚姻届けを世田谷区役所に提出したのであるが。現代の結婚事情なるものは、4割超えで式は挙げないのだそうだ。「面倒くさい」「金がもったいない」というのが大きな理由。おおいに納得出来る。息子たちはいずれ身内だけで披露宴はしたいと言っていたが。
相手のお嫁さんは中学時代の同窓生。当時は全く知らない間柄だったらしいが、オトナになってから同窓会で知り合ったらしい。とてもしっかりした可愛い女性である。もし、スポーツ新聞の芸能人の結婚記事ふうに書けばこうなる。
「T.Junnosuke、優香に激似の一般人女性と電撃結婚!」みたいな(^-^)

今日はその彼女のご両親と初対面の日なんである。「......本来でしたら、こちらからお宅に伺いご挨拶すべきところを、順番が逆になってしまい......」こちらは大事な娘さんをもらう立場であるからして、平身低頭は当たり前で。食事が進むにつれ互いに打ち解けてきた。嫁さんのお父さんは器の大きな人で、驚いたことに見た目には宮前連盟のSouma会長を彷彿とさせるような人物であった。ひとつまた、親として大きなハードルを越えたような気がした。
このブログをご覧の30代40代の、小学生をもつ親御さん。筆者のような立場になるのは遠い話と思ってるに違いない。昔の自分がそうだったから。でも、あっちゅう間なんである。オトナになればなるほど成長が鈍くなるが、子どもの成長とは光陰矢の如し。

さてこの会食は息子夫婦主催で地元、鷺沼の某所で行われた。
全国の読者の方にはローカルすぎて面白くないと想像するが、おそらく宮前区の方ならご存知のはず。偶然撮れた次の写真は、まるで京都を舞台にした今村昌平監督の日本映画のワンシーンのようだった。

「とうふ屋うかい」である。あの高級料亭、うかい亭の系列店。
ジブリの「千と千尋の神隠し」のモデルになったとかならないとか。アレは全くのデマである。四国の道後温泉の宿をモデルにしたらしい。建築的には確かにゴテゴテの悪趣味と揶揄されるだけあって、あの映画の湯屋に似ていなくもないが。
中居さんに案内されて中庭を囲む迷路のような回廊を潜り抜け、一番奥の部屋へ通された。筆者は建築業界の端くれの者としてどうしても設計に目がいく。先入観から少し下に見下ろしていたのだが、これがなかなかどーして、立派な仕事をしていた。本格的和の建築をちゃんと踏襲していたんである。これでもかと言わんばかりに詰め込みすぎた感のある中庭は、本格数寄屋普請のわびさびとは対極にあるけれど、これはこれで十分楽しめる空間であった。

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179日めの希い


「こんにちはTです。ご心配いただいた方々へご報告します。
2歳半のMinamiが先週土曜日に無事退院いたしました。

昨年11月に急性白血病で倒れて以来、長きに渡る抗ガン剤治療で、本来は6月中旬に退院予定だったのですが、予想以上に治療が功を奏し快復が早く、1ヶ月前倒しでの退院の運びとなりました。
まだ副作用で頭は丸坊主状態ですが、本人は至って元気、無邪気に終始笑顔を振りまいておりました。

この度、みなさんにはご心配をおかけし、またメールやグランドで温かい励ましのお言葉をかけていただき、本当に感謝いたします。お陰さまでこのように嬉しいご報告をさせていただくことができました。
重ねがさねありがとうございました(^-^)

本来なら個別にご挨拶すべきところですが、文明の利器・電子郵便にてBccで送信しますことをご容赦下さいませ。
更に不埒にも近日中にブログでも記載のつもりでおります。
今後は明るい少年少女野球の未来のために、なお一層の精進を心がける所存であります。

なんてお堅い文面はこれくらいで。これにご返信のお気遣いは必要ありません。読み流して下されば結構です。またもしこのメールで初めて知ったという方には突然のことで申し訳ありません。
ご報告とお礼が言いたくてメールしました。本当にありがとうです!!!
                                T」

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以上はご心配をおかけし、励ましいただいた方のみならず、おそらくこのブログを読んでMinamiのことを知っているであろう方々に送ったお礼と報告のメールである。携帯のアドレスを知っている人だけではあるが。
うまく一斉送信出来ずに返ってきてしまったりもして、行き届かなかった方もあるやもしれず。Queens関係には2回に分けて送ろうと、半分の方に送ったところ、すぐにKasaharaさんからメールあり、Qの一斉連絡網に流してもいいかとのこと。あとの半分の方々は取りやめてありがたくお任せすることにした。

メールなんぞを送ったのは、私事なので、もしや受け手にしてみれば押し付けがましいのではと、逡巡したのであったけれど、お世話になった人にはきちんと報告すべき責任があると思ったからだった。
自分だけが浮かれているようで恥ずかしい思いもした。返信無用と書いたにもかかわらず、多くの方からおめでとうのメール。その中で以外にも周りの身近な家庭にも難病や大病にかかわっている方がいることを知った。
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姪からもメールがあった。2歳6ヶ月の子が半年間病気入院していたということは、その子の人生の1/5を闘病生活していたことになると。40歳で換算すれば実に8年間に相当するわけだ。改めてよく頑張ったねと、今から娘の家へ飛んで行ってもう一度Minamiを抱きしめてやりたい衝動にかられる。
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本人はもちろんであるが、一番辛い思いをし、頑張ったのは親であることは想像に難くない。親の愛情と努力には頭の下がる思いだった。179日間一日も休まず病院へ通った母親。病院の駐車料金が高いため車を使えず、電車の定期券で通った。同じくほぼ毎日、仕事が終わり次第現場から車で病院へ行く父親。彼はMinamiの肝心の退院の日に、相当気が緩んで安心したのか高熱を出してしまい、うつるといけないとの思いから実家に帰り寝込んでしまった。
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めでたく退院である。それはそれで手放しで喜びたい。「天にも昇る気持ち」というのを何年ぶりかで味わった(^-^)
でも。
二十歳になるまでは刺身などの生ものを食してはいけないなど、更にこれからが長い闘いが待っている。昨年病院に運ばれた夜、白血病のことを調べた。「急性骨髄生白血病」は二十歳までの生存率は楽観できるほどではないことを知っている。再発の可能性は決してゼロではない。フジTVの大塚氏の再発のニュースを知った時は暗澹たる思いであった。しかし、それで下を向いてはいけない。

Minamiよりも1ヶ月早く入院した同じ白血病の女の子がいる。年齢もほぼ同じMomoちゃんというのだそうだ。二人揃って病院で食事している写真を見せてもらった。二人ともつるつる頭で楽しそうにしていた。そのMomoちゃんはまだ病院で治療を続けている。取り残されたその子は、今晩病室でどんな夢を見ているのだろうかと思いを馳せると、どうにもやりきれない気持ちになってしまうのだった。
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子どもから大人、年齢に関わらず女性のにっこり笑顔に勝てるオトコはこの世にいない。
Minamiは特別小児病棟のアイドルだったらしい。医師看護師から絶大な人気だったとのこと。以前からその話は聞いていたのだが。
某所、S医大病院を退院の日、こんなサプライズがあるとは知らなかった。
担当の医師看護師21名の方たちからお祝いの色紙をもらったのだそうだ。

これを娘の家で見せられた。上から順番に読んでいったのだが....。
4つめを読んでいるうちに図らずも目の前がふいに滲んできてしまい、涙のカーテンで視界がさえぎられてしまった。

一緒に心を砕いてくださった周囲の皆さん、病院関係の方々に本当にありがとう。
そして、まだ病の床に伏して闘病している多くの子どもたち。暗い夜が明けてきみの、その枕元に明るい太陽の光が燦々と注がんことを切に希(ねが)う。
希望の光は誰にも等しく照らされているのだから。
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2013年5月23日木曜日

Friends&Queens

Friends(友達)とQueens(女王)である。字面から見ても女王のほうが偉いに決まっているんである。でも今日は勝った負けたではなく、仲良くカップリングしての男女混合ダブルスブログと行きたい。

日曜のフレンズ。毎年宮前からの参加も多い、リトルシニア高津区ドジャース主催の大会、「ドジャース杯」である。

対戦は千年(ちとせ)子供会野球部。
筆者、ほぼ互角と予想したが久々に相手を見誤った。良い意味で。初回早速1点の先制点を許したのだが、その裏先頭打者Ruiがいきなりの2塁打。2塁打を打ったのはRuiだ(^-^)続くMamoru、Hiroの長短打で一気に3得点の逆転に成功。2回にも1点加点し、3回には更に3安打ながらも相手四死球、失策もからみ一気呵成の7点。
終わってみれば3回終了時11:1のコールドゲーム。いつもはされるほうが多いが、久々の大勝であった。子らとベンチスタッフとのハイタッチも久々に見る光景。ベストプレイヤーはしっかりスコアブックにつけておくぞ、後日ね。

Queensの広報担当でいろいろやっていると、気を遣ってくれてQのメンバーから言われることがある。「Tさん、そんなにQueensをやっていると、フレンズさんから焼きもちやクレームとか出ませんか。大丈夫ですか?」とかとか。焼きもちを焼かせるのはオトコの本望だ。ところが悲しいかなFは誰もジェラシーを感じてくれないわけで。てゆーか、フレンズというチームはそのへん太っ腹で大らかなので、全然OKなのである。女子のチームだから、ということもあろうか。

日曜午前にShimizu母から電話あり、今からイースタンリーグの写真をUSBに納めたものをお持ちすると。待ってましたなんであった。Shimizu母個人でわざわざフレンズへポカリとキャンディーの差し入れまで持ってきていただいた。感謝。しばらく談笑し当日の様子などを訊く。カメラマンはShimizu父とのことだった。
さて写真だけで想像も交えての記述だから誤報もあるかもしれぬ。
ショップで買い物したあとMurataコーチに見送られいざ出陣。

イースタンリーグ公式戦ジャイアンツVSスワローズである。
ジャイアンツ側のボールボーイならぬボールガールを務めるはNoeriとAyano。

下のNoeriの一連の写真が面白い。
1.打者のバットを拾い上げそのまま1塁コーチャーへ。
2.恐る恐るレガースを受け取る。
3.4.ジャイアンツベンチへ帰還。
5.選手たちが何やらにこにこ笑顔でNoeriを出迎える。誰か知らぬが優しいお兄さんがバットなどを受け取ってくれた。
6.大役を終えほっとして定位置に戻る。
小さな女子の存在がベンチに柔らかな空気を醸し出したのは確実であろう。


押すな押すなの5万の大観衆の中にはKasahara代表、Koshimizu監督、Murataコーチ、Yamamoto母、Shimizu母の姿も。

特派員の命を受けて球場カメラマンとなったShimizu父。ネット超しに写真を撮ると時に手前のネットにピントが合ってしまい、肝心の我が子がボケボケになっちゃうんであった。それでも何枚か良い写真をチョイス。後半はぐぐ、ぐんと冷え込んで、大人のぶかぶかのグラジャンを着込んでの女王たち。袖口がボヨヨンと伸びてまるで巨人、いやジブリ映画の巨神兵の腕のようになっている。それはそれでなかなか可愛いぞ(^-^)
ヤクルトベンチ担当はHinataとAkari。

16時から始まった試合は最後は薄暗い中でゲームセット。
みんなお疲れさん。
そして良い経験になったね!(^-^)/
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2013年5月21日火曜日

残念無念で断念

日曜の晩、背中に羽が生えて天にも昇るような嬉しいことがあってしこたま酒を呑み、帰宅後床にごろりと寝てしまったのが良くなかった。つい気をゆるゆるにしちゃったわけで。昨日、今日とダル重の頭を抱えつついろんなところへメール発信。なんとか今晩はブログを書こうと画策していたんだけれど。例えば、

1.ドジャース杯初戦コールド勝ちのこと。
2.Queensの子たちのイースタンリーグのこと。
3.南のこと。

先ほどから悪寒がし始めたので、やはり今日も執筆は、断念。
そんな中、月曜は小ブログに多くのアクセスいただいたのに、更新してなくて、残念。
期待を裏切ることほど忸怩たる思いはなく、無念。

気持ちを切り替えてまた次回なんである。
すまぬが寝る。

2013年5月18日土曜日

We Can Do It !

爽やかな五月晴れの空のもと、今日はフレンズの子らがいる二つの小学校に足を運んでみるとすっか。幸い仕事はOFFで土日休めそうだ。反して配偶者は逆である。昨晩は区役所で会議、今日AMは西有馬小運動会へPTA会長OBとして参加、午後は子供会の行事、夜は民協の総会とやらで留守。ほぼ毎週こんな感じである。

まずは歩いて1分の西有馬小学校へ。
お〜、やってるやってる(^-^)ここにはMamoru、Ben、Ayuto3人の子が通っているんである。筆者の息子娘が通学していた学校でもあるからして、なんだか懐かしい。赤白帽に運動着を着て大勢の子らに埋没すると、とたんに我が子の姿を見つけ出すのが困難になる。みな同じように見えて仕方がない。徒競走で走る姿を撮っていたつもりが、あとで見てみると全くの他人だった....なんてホロ苦い記憶が蘇る。当時のビデオカメラは今ほど高性能ではなかった。(というのは言い訳であるが)

グランドであちこち探したが発見したのはMamoruだけ。奇しくもすぐ横で徒競走の準備で集合していたんである。「Tさん、こんにちは」サングラスをかけた妙齢の美人マダムから声をかけられた。鷺沼ヤングホークスのTakahashiさん夫妻であった。イケメンダンナTakahashi父には「あの時の稗原小のブログ最高に面白かったです」とお誉めの言葉。こちらこそアリガトウ(^-^)更にハリウッド女優のスカーレット・ヨハンソンも観にきていたんである.....いやいや、激似のSone母であった。もちろんQueens繋がりである。最初にスタートを切る少し緊張ぎみのMisakiや、天真爛漫のココロとろかす笑顔で会釈してくれたQの主将Himariもいた。子どもたち皆に言えることだが普段我々OBオトナコーチは彼ら彼女らのユニフォーム姿しか見ていないけれど、こうして運動着姿で見るととたんに幼くみえて、やっぱり小学生なんだなあと合点がいくのだった。
Himariの腕には「We Can Do It 6」のサインペンで書いた文字が...。
今日のブログタイトルはコレをパクらせてもらおうと、瞬時に決定しちゃうんであった。

「ヨ〜イ......パンッ!」
しかしまさかフレンズのエースMamoruとQueensのエースで主将のHimariが一緒に走る組だとは思わなかった。慌ててシャッターを切る。鼻差でHimariが1位だった。1位Queens2位フレンズ。昨年の悪夢が脳裏をよぎり、さぞかしMamoru父、Suekiオヤジコーチはまた地団駄踏んだに違いない(^-^)しかし、筆者にはわかる。優しいMamoruはきっとジェントルマンでレディーファーストで女子に華を持たせたに違いない。

西有馬は昔からそうだが、校庭が狭いのに学童数は多いから保護者たちも多く外野席はぎっしりという図式になり、勢い常に人垣が出来てカメラを向けるのも容易ではない。従って藤原紀香・陣内智則の結婚発表記者会見以来の、オヤジカメラマンの脚立が所狭しと並んでいた。

西有馬小スタジアムをあとにして、今度は一路有馬小学校ドームへバイクを駆る。
こちらはゆるゆるの長閑(のどか)な運動会。スペースたっぷりあるし。児童数が少ないためかまだ昔ながらの紅白に別れての競技である。キョウビの運動会は紅白二つに分けず、いろんな色に区別されて数チームに別れてということが多い。アレは人数のせいではない。子どもの時分から勝敗の白黒はっきりさせられて、負けたほうが可哀想だ、との妙な教育理論からだ。なんだかなあ、それもどーかと思うけれど。
いるいる、フレンズ連合のブルーシート親軍団が。

西有馬同様、視力が悪いせいもありどこに誰がいるかよくわからんわけで。それでも親たちに「ほらほらアソコ!」なんて教えられながら点景を切り取ってみる。

ここ数年ゴールデンウィークや運動会の日は、仕事や所用で観にいけない年が続いたが、今年はどうにか気持ちのいい土曜であった。昼ご飯は家族ごとにランチタイムを過ごす。筆者も昔はこれが楽しみであった。午後は用事があるのと、このブログを書いちゃうために有馬小ドームをあとにした。

なぜすぐにブログを書いてしまわねばならぬのか。
今日はあとでもうひとつ、ブログを書かねばネバダなんである。
イースタンリーグ公式戦GvsSでなんと我がQueensの子がボールガールを務めることになったのだ。あとで号外新聞を執筆しなきゃなので、広報デスクの私はジャイアンツ球場へ派遣してる記者からの電文写真を待つため、ここを離れるわけにはいかないのだった。
でも、ホントに来るのかなあ〜(^-^)
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大工の掘建て

「医者の不養生」という言葉はほとんどの方がご存知だろう。
実はこれに続く言葉がある。「医者の不養生、教師の不勉強、大工の掘建て小屋」
その道のプロに限って案外と自分のことは無頓着なものだ、というほどの意味合いだろうか。筆者はこの業界で店舗デザインや商業施設の設計を生業とする身だ。時にグラフィックデザインやイラストの仕事もやっちゃう、悪く言えば器用貧乏。事務所兼自宅は先の言葉どおりボロいもので、リフォームしたのは遥か彼方の昔である。仕事部屋も実に雑然としたものだ。あわよくば小説家に転身し、文字通り「晴耕雨読」の夢の印税生活を送り、ボルサリーノと革のトランクケースを片手に船旅で世界一周といきたいけれど、100万光年かかっても無理だろう。
ん?、いけない、光年は距離を表す単位だからして、これは日本語が間違っていたぞ(^-^)

そんなワタクシでもこだわりたいモノはいくつかある。例えば革製品である。筆者ブランドには興味はなく、無名のノーブランドでも安くて良いモノが好きだ。ヴィトンやプラダもどうでもいい。但し店頭で見て良いと思ったモノがたまたまブランド物だったということは良くある話で。

40を目前にして会社を辞め独立、恵比寿に事務所を構えて最初に購入したのは携帯電話。次にボロくなった鞄を買い替えた。いろいろ探しまわった挙げ句に出逢ったのがTK、TakeoKikuchiであった。自分の感性にビビビッと来ちゃったわけで。そのバッグは十数年未だに現役で使っている。革の色、艶、鞣し方、どれをとっても筆者の好みに合致しちゃう。相当くたびれてきたが全然手放す気はない。TKは30代だった若造が持つにはいささか背伸びしているかと思えたけれど、惚れてしまったものはいたしかたない。英国伝統のダンディズムをベースに遊び心のモダニズムをアレンジしたデザインが大好きだ。TKのスーツにボルサリーノをかぶり、船長主催の船内パーティーに行ってみたいぞ。

さて先日財布を紛失した話は恥を忍んで自虐的に書いてしまった。「きっと見つかりますよ、有馬に悪い人はいないと信じて」と高知のコーチ・フレンズNishinakaオヤジに励ましのメールをもらったけれど、未だ警察からの電話でiPhoneの着信音が鳴ったためしはない。先日生きてゆくためのガソリン(=酒)を買おうとレジ前で懐から金を引っぱりだしたのは、銀行備え付けの紙封筒であった。恥ずかしいものだ。
そーだ、金はないけれど財布はいるのだった。米を買えないくらい貧乏でも茶碗は持っているではないか。

良い革製品は一生ものである。一生使うならば良いモノを選びたい。ネットでクリクリ上下スクロール、、ギャンギャン飛び回り検索する。
「おっ!これは」というのがあった。感性にビビビというやつだ。あっ、俺これ買っちゃうんだろうなとすぐに直感した。ヴィトンのように数万円はしないが、中学生のびりびりのマジックテープ財布のように数千円では買えない。「マジか、うぬぬ、ちょっと高え〜よ〜」奇しくも紛失した財布に入っていた現金とほぼ同額であった。
やおらブランドを見てみると......

TK。TakeoKikuchiであった。

50代になってやっとおまえもこれを持ってもいいぞと、TKが囁いているような気がした。
速攻、清水の舞台から全裸で飛び降りるくらいの気分で購入した。
もう死んでもなくさないぞ(^-^)/


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2013年5月15日水曜日

ダイビングキャッチ

野球におけるファインプレー。内野手のダイビングキャッチや外野手のランニング&ジャンピングキャッチ、矢のようなレーザービーム送球、...etc。動画で見るのも感動的だが、これを一枚の静止画で切り取ったものは、写真にしかない良さがある。動画で撮るのは比較的簡単だろうけれど、カメラでその瞬間を押さえるのは容易ではない。連写機能を使えば簡単なのかな。甲子園などの新聞報道写真、泥だらけのユニフォームで真剣な眼差し、体を空中に投げ出して白球を見事グラブに納めている一枚を見たりすると、筆者はまずは感動よりも、写真の精度の凄さやカメラマンの腕に惚れぼれしちゃうんである。

いつもはこのブログ写真、ベンチから試合のスコアラーをしながら撮っているので、打撃や投球のシーンが多い。画一的でマンネリだと自認す。しかし守備や走塁の様子を撮って現(うつつ)を抜かしていたんではスコアラーが務まらないわけで。
日曜の練習では久々に練習風景を撮ってみた。

試合形式でのノックによる守備の連携と走塁の同時練習。
子どもらの正に一挙手一投足を切り取ってみる。

カラマーゾフの兄弟...いやいや、Sone兄弟の弟Kohokiがライトの位置から一番大きな声を出していた。最近は正捕手である。このアングルは校庭の滑り台に登って撮っているんであるが、普段の目線ではなかなか気がつかないこともある。俯瞰で睥睨(へいげい)してみると違う空気感を感じることもあるわけで。全体を一挙に脳で掌握すると、その中で目立つ事象が際立って見えることってある。

肉眼では認識出来ないことも写真では無慈悲に残酷に記録してしまう。野郎はともかく特に女性の写真はキレイに撮ってあげたい。けれど時にあの美人さんがあらまあ、こんな表情で...みたいなことってあるわけだ。
このHajimeの写真は笑えた。本人もTakenakaオヤジも一生懸命であるが、ナイスキャッチのこのカットをアップにしてみると、コレ。愛嬌があってなかなか良いぞ。

さてタイトルのダイビングキャッチである。
常にローテーションを絶やさぬ意味もあり、グランド横の小さなスペースでは別メニューで4人の選手がノックを受けていた。ギリギリのコースに打球を飛ばしいかに捕球するか。身体的能力と技術が相まって初めて捕れるノックだ。オートで撮るとやはり良い写真は撮れない。ほとんどピンがボケボケである。ほどなくしてファインダーを覗いていた筆者の熱い血がたぎってきた。

「両方やりてえ〜!」

ノッカーで地をはうようなピンポイントのノックにはかなり自信あり。おそらく宮前区内でノッカー検定試験をすれば163番目くらいのランキングに位置するだろう(^-^)「野球経験者以外でかつ普段ノックをしていない人」のカテゴリーにエントリーしたらたぶん19番目くらいはいけるかも。更にダイビングキャッチやスライディングはサッカー小憎だった筆者にはお手の物なのだ。但し、最近はケガが怖くて思うに任せず「二の足を踏む」なんであるが。武井壮が猛獣と頭の中で1兆回対戦しているように、筆者も頭のイメージトレーニングでは超美技の連発なんである。ケガとポケットの中のiPhoneの破損を考えなければ、いくらでもやっちゃう...かもしれない。

スコアラーを後進に譲り引退したら、昔のように優秀なノッカーに専念してみたいという老後の夢を語っているようでは、絶対その夢は叶わないだろうな(^-^)/

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2013年5月14日火曜日

バカ野郎の後日談

明けて今日月曜日、朝から急ぎの仕事を片付けてメール。ほっと一息し、コーヒーをもう一杯作ろうとカラのカップを手に玄関を通過。
「むむむ...?」見慣れないサンダルがある。まるで居酒屋でトイレに行く時のために用意してあるような、安っぽいサンダルだ。

昨晩の忌まわしい記憶が脳裏に蘇るんであった。まさに「居酒屋でトイレに行く時のために用意してあるような安っぽいサンダル」そのものであった。財布を紛失し気が動転したのだろうか、かの居酒屋のサンダルをそのままはいて帰ってきてしまったらしい。居酒屋は歩いて10分、別名「フレンズ夜の部室」。オヤジどもが夜な夜な集合する行きつけの居酒屋である。泣き面に蜂。益々気が滅入ってしまったのは言うまでもない。

買い替えたばかりのワイヤレスマウスを使い、イマイチしっくりこない操作感に焦りを覚えながらも仕事し、夕方には最後の歯科治療に行った。「有馬のマドンナ」がいる歯科医院である。フレンズオヤジどもに何人ものファンがいるのだ。全オヤジと言っても過言ではない。
「いやぁ、あのぉ、保健証と診察券を財布ごと紛失しちゃって....」
「...?あっ、ハイ、大丈夫ですよ」とニッコリ。相変わらずのこのココロとろかすようなニッコリ笑顔が男にとっては強敵なんである。

後ろ髪引かれながら、最後の治療後、バイクでサンダルを返しに例の居酒屋へ。
途中、あろうことか、また昨晩のOの母にばったり。昨日の件でクルマを路肩に停めていた。卒業後のOB父母に会うことは滅多にないのに連日の邂逅である。互いにマイナーな気分同士、少し話して別れる。

居酒屋ではやはり拾得物はないとのこと。絶対拾った他の客がネコババしたに違いない。
「ネコババ」?猫のババアはそんなことしないぞ。猫に対して失礼な言葉である。いずれ日本の国語審議委員会が、「使ってはならない差別用語」に早晩推挙するはずだ。たぶん、ババは盗みを意味し決して婆さんを意味するのではないのだろうけれどね。
昨晩クレジットを停止しカード再発行を依頼。Amazonで購入した先日の写真額の料金引落しも連絡しなきゃだ。Tsutayaや他にもいろいろ。うんざりである。

次回は気を取り直して、少年野球、ダイビングキャッチの写真をアップ予定。
コメントをもらったFォルコンズのF本さんからのリクエストでもあるし(^-^)/

2013年5月13日月曜日

オレの大バカ野郎

何十年ぶりかでやっちまった。居酒屋で財布を紛失。さほど酔っていたわけではない。ケツのポケットに入れていたはずの財布がない、会計の段になって気がついた。大盛り上がりの飲み会で最後に皆に水を差してしまったことが申し訳ない。
別れ際ヘラヘラ笑いながら手を振って解散したけれど、心中穏やかではない。ココロの中はざわざわ不穏な空気で満たされる。すぐに紛失届けせねば。肩を落とし帰る夜道、向こうに見えるは真っ赤なパトライト。ええい、面倒だ、あそこのパトカーの警官に届けてしまおう。パトカーに近づいたその時、女性の通行人からいきなり筆者の肩を叩かれた。「なによ、テッシー!久しぶり」

「おっ!Oさん久しぶり」
二年前に卒業したOの母であった。なんと自転車事故でパトカーが来ていたのだが、その当事者で現場検証の立ち会いに来ていたんである。奇遇というかなんと言うか。まあ、それはともかく。

パトカーのウィンドーをこんこん。うぃーんと窓が開く。
「スイマセン、財布を紛失したんで届けたいんですが」
ベテラン風の警官が仏頂面で応える。すぐそこの交番へ届けろと。すぐそこの交番は夜間無人のことが多い。だから藁をもすがる思いでアンタに声をかけたのだが。
とりあえず、自宅近くのかの交番へ駆け込む。

「すいません実は...かくかくしかじか.....」
若い警官が応対。警察機構は役所仕事の骨頂であるからイライラするのは分りきったこと。でも誠実で真面目な警官であった。一通り書類を作成後、最後に筆者、
「日本の警察ってすごいね。こういう真面目な地道な警官が頑張っているから、市民の安全が守られているんだよね。それに、あなたかなりイケメンだし」
お世辞抜きで筆者に負けず劣らずの相当なイケメンであった。業務遂行を終えた真面目な彼が初めて笑顔になった。
「ありがとうございます」(^-^)

更に自宅へ帰る道すがら、「絶対、家に財布を置いてきて俺のバカ野郎の勘違いに違いない」と念じて帰宅。途中セブンにビールを買いに行こうと思ってふと愕然とす。
「オレ、財布持ってないじゃん」

帰宅後、各種クレジットカード会社の請求書を引っぱりだして、片っ端から電話しまくる。財布が出て来ることはほとんど期待してないけれど、それでもなお、淡い期待に望みをつなぐわけで。
更にMacを起ち上げたら「Excelスコア集計ソフト」をご所望の「なお」さんからメール。良かった。速攻返信した。すさんだココロがなんだかちょっと救われた感じ。

今日の練習で子どもらのノック時のダイビングキャッチをいくつも撮って、
「おし、おまえら、カッコイイ捕球をしたらブログに載せちゃうかんな」
と言ったら、とたんにヤツらの目が輝き、わざとらしいダイビングキャッチを連発する。
ほれほれ、こんなん撮れたぞ。嬉々としてわらわら子らが集まってくる。

すまん、今日は財布を紛失して少年野球どころではないんである。
と言いながら恥の上塗りよろしくこんなブログを書いている俺って、いったい...。

トホホ.....。
ニンゲン「性善説」と「性悪説」の両極端。
20代の頃歌舞伎町交番に終電間際、他人の財布の落とし物を届けたワタシ。
どうか「性善説」を信じたい。
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2013年5月11日土曜日

プリンターのバカ野郎

アキバで打合。福岡のホテル改装の件。また土日の野球は仕事で潰れそうだ。帰宅後急ぎ、KanedaコーチとOhmori父にメール。「明日の試合、スコアラーお願いできますか」Kaneda師匠から快諾のメール返信。なんとか急場をしのげた。

仕事以外にもフレンズ仕事がある。(※ブログに書いていいのかどうか迷ったけれど)
大きな大会にはプロのカメラマンが来て各チームの集合写真を撮ってくれる。後日額入りの大きな写真が送られてくるわけだ。これをチーム内で購入希望者を募り、一枚数千円、額入りにすると更にいくらかアップで販売しているわけで。全国の少年野球関係読者ならワカリマスネ。商取引としては真っ当な値段なんであるが、やはり庶民にはちと高い。でも我が子と親両方の想い出として欲しい気持ちもある。さて、どうするか。

大昔からこういう方法を用いてきた。人類創世記の太古の昔から。たぶんこんなチームも全国に多くいると思う。
このサンプル額をデジカメで撮影し、それを家庭のプリンターで出力、チームの希望者に配付という大技である。撮影時に額のガラスの反射があるのでこれがなかなかうまくいかない。しかし筆者は特別なテクニックを習得しちゃっているんである。10MBくらいの大容量で撮影し、MacのPhotoshopで加工、更にオリジナルのフレンズロゴやキャラクターなどを配置して画像を制作。余白のバックには会場となった東京の人工芝グランドの風景を背景に。待てよ、ここまで出来るなら最初からフツーに自分で撮った集合写真に文字入れしてデザインして作っちゃえばいいじゃんてか。...だよね(^-^)
このサンプルのほうは年末の「送る会」などで6年生とかにあげちゃうのである。そんなチームも多いだろう。

ここで大問題。プリンターの大バカ野郎なんである。グラフィックソフトとプリンターとパソコンモニターの総合的バランスがうまくないと、出力した時に微妙に色が変化して、想定外の結果に愕然とするわけで。今回はフレンズカラーの「濃紺」がしっくりこない。何度も設定を変えてやってみたが結果は変わらず。ブルーが強すぎビビッドすぎるんである。妥協して配付してもたぶん素人目にはあまりわからないかも知れぬけれど、やはり自分が気分が悪い。写真高画質の高価な用紙が紙くずの山を築く。
泣き面に蜂。拍車をかけるように今度はプリンターのカートリッジが調子が悪いときたもんだ。今や純正インクカートリッジよりも、いわゆるサードパーティー製の安い詰め替えインクが主流だ。ネットで見れば1,2年前の純正よりも恐ろしく安くなっている。ここ数年高性能プリンターでもバカみたいに安い価格になっているのは、ユーザーに購入後のインクカートリッジをバカみたいに高く売って儲けようとの戦略からである。また純正にはそれなりにしっかりした技術をつぎ込んでいるからでもある。仕事でバンバン使う筆者もこれの愛用者ではある。しかしこの「濃紺」が出ない。手を変え品を変えなんとか色がうまく合い始めて量産体制に入ったら、今度はインク切れで後半とんでもない色になったり。

どうにかこうにか、11枚出力完了。疲れた。
これをAmazonで購入した額に1個だけ入れてみる。ほっほう、いいじゃんか。
希望数11個制作したら、ほぼ材料原価に近い格安で日曜には皆に提供出来るかもだ(^-^)
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2013年5月9日木曜日

消える魔球は存在する

防犯大会開会式のあと、グランドのないフレンズは流浪の民と化したのだが、Suekiコーチが必至に捜索したかいあって、クルマで10分の横浜牛久保公園に活路を見出した。快晴の空の下、広々とした公園で第四試合までのあいだ、軽くアップ...というより、ガッツリ練習したんである。
若い飼い主と柴犬もうららかな陽光を浴びて楽しそうだった。

公園で昼食のあと第一公園ドームへ。
余裕を持って試合会場入りし、チームから離れ独りのんびり観戦しながら孤独にメンバー表を書くのは、筆者にとっては至福の時なんである。なぜだかは分らない。これに反し、バタバタ会場入りし時間がなくアタフタとメンバー表を書くことほど、無性に腹が立つことはない。なぜだかは分らない。大人が余裕なくカリカリあわただしくしていると、子どもにも不思議と伝染するものだ。長年のコーチ経験から確実に断言できる。試合前の練習を20分削ってでも、会場入りを20分早めに行ったほうが、試合結果にもいくばくかの好影響を与えるというのは長年の筆者の持論。

この日は富士見台ウルフ対宮崎台モンスターズの熱戦が繰り広げられていた。
QueensのAyanoの兄、ウルフのShuntaくんが先発、熱投していた。男の子は母に似ると言うが、彼は全く父似のイケメンである。早稲田実業を模したユニフォームも良く似合っている。名実共に将来は早稲田に進学しそうな聡明な男子である。

第四試合のプレイボール。15:18分。Tadai監督率いる対花の台フラワーズ戦。珍しくSaitoh代表兼、スナックマコト(別名フラワーズ部室)店主もベンチ入りである。

打てない守れない。特に打てなければ勝てるわけがない。投手戦であれば守りきったほうが勝利するのだけれど。結果は8:0の完敗、5回コールド。
言い訳はしたくない。が、内野陣で6年生は投手Mamoruのみで、他はみな4,5年生なんである。要となる捕手・サード・ショートは全て4年生。どーよ!?他のマンモス強豪Aチームでは考えられない布陣なんである。
ベストプレイヤーは初回ライナー性のセンター飛球をランニングキャッチ、更に2回には二遊間を抜けるクリーンヒットを矢のような送球でバッターランナーをセンター前ゴロに仕留めたBen。更にはチーム唯一の安打を放った。
もう一人は8:0ボロボロ状態で4回1/3でスイッチ登板の4年生Rui。粛々と簡単に2死を獲りチェンジ。残る最終回もピシャリと抑えた。アッパレである。

今年2月頃この宮前少年野球のメッカ、宮前の甲子園、第一公園ドームのグランド整備が敢行された。キレイになったのは事実。しかし、粘土質の粒子の細かい赤土ならではの弊害も。前回記事でも触れたが、それはそれは、もの凄い砂嵐なんであった。特に何故かライトグランド付近から頻繁に砂煙が巻き上がる。たびたび試合中断も。風の強い日は砂塵舞い上がるのは珍しくないけれど、ちょっと今までに経験したことない異常な現象ではある。Takutoはまるで、ターミネーターのシュワルツネガーが現世の地球上にこつ然と現れたシーンのようだ。Sohma会長も見るに見かねてスプリンクラー設置を熱望していたように、是非公園管理課に切望したい。試合攻守交代の間に、フレンズ代表や前監督Satohくんや父スタッフ、ウルフ監督Ogasawaraさんまでもが水まきに奔走していた。

しかしこの砂塵のおかげであの伝説の魔球を垣間見ることが出来たんである。
今の若い世代には知る由もないが、昔巨人軍に星飛雄馬という大投手がいたんである。
大リーグ養成ギブスで類い稀な豪速球を身につけたり、大リーグボール1号を編み出して、阪神に在籍していた花形満をきりきり舞いにしたり、奇想天外な野球人生であった。ひょっとしたら、長島・松井と共に国民栄誉賞を拝領しても良いくらいの名選手であった。最近ではCMタレントに転身し、剛力彩芽と共演したりして。
その星選手が編み出した大リーグボール2号は、なんと「消える魔球」だった。豪速球とボールの高速回転が相まって、本塁ベース付近でやおら強烈な砂塵を巻き上げ、その砂塵の中に身を隠したボールがふっと姿を消すという、魔法のような魔球なんであった。当時の川上監督もこれには驚いたものだ。当時の打者たちは砂塵が上がると滅茶苦茶にバットスィングをして砂煙をかき消したり、ホームベース上に水を撒くという姑息な手段でしか、この魔球を封じることが出来なかった。ジャンジャンジャ〜ン、ジャジャジャジャ〜ン。
それが数十年ぶりにここ宮前で再現したんである。
投手が投げたボールが本塁付近を通過する直前、茶色い砂塵が舞い上がり白球が見えなくなるのだった。いや、ホント、マジ。
往年の伝説の超スゴ技を再現した両チーム投手に敬意を表したい(^-^)/
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