2013年6月11日火曜日

個々の成長、チームの成長

クライアントから昨日今日電話あり。N社とT社から引き合いがあり、入札が決まればタイトスケジュールで同時進行の仕事になるかもと。それでなくても今は新橋居酒屋と福岡ブライダルの物件を遂行中だというのに。これは久々ブログを書いてる場合ではないかもしれない。数年前の2ヶ月間、平均睡眠時間が3,4時間という悪夢の記憶が蘇る。ああ、嫌だ嫌だ。
更にさらに....。昨日から娘が二人目の臨月で、実家であるうちへ移住しているんである。いざとなればタクシーを呼んで産院へ移送せなばならぬ。もちろん「完治」ではないが「治癒」したばかりのMinamiも一緒だ。ぎゃんぎゃん遊ぶときは遊ぶ。しかし仕事中は部屋に鍵をかけMinamiが入れないようにする。でないと一日中相手にしてたら時間がずんずん過ぎちゃうから。
ドアをばんばん叩き、ドアノブをがしゃがしゃして大声で叫ぶ。
「はんにゃら〜ほんにゃら〜!♥♧※♫〒☀*/¥&$△▼〜!」
心を鬼にしてドアは開けない。開けたら一巻の終わりなんである。開けてしまえば怒濤のごとく入って来て、抱っこをせがみ、パソコンいじるわ、椅子をぐるぐる廻すわ、デスクのカラーペンのキャップを全部とって、全部閉めて...の繰り返し。
ああ〜楽し(^-^)!!でも仕事優先であるからして、これは容易に容認できない小さなちいさな暴挙なのだ。彼女の主張を断固拒否し泣く泣く閉め出す。ゴメンね。
頭髪はまだほぼ坊主頭、点滴や薬の投与のために開けた胸の穴の傷口は、ようやく小さい薄いグレーに変化しつつある。
みなさん、こんなに元気になりました。ありがとう。ささやかなご報告まで。

であるからして、今のうちにブログを書いてしまいたいのが、先日の宮崎台バーズ第2戦の話なんである。
2試合目だからしてフレンズは小さい子も全員試合に出そうというスタンス。対してバーズはBチームが別途遠征中で不在だったため、1試合めとほぼ同じAチームの構成で対戦。

結果は火を見るよりも明らかであった。それでもうちはAとBの境目が曖昧なチーム。もう少しどうにかなっても良かろうと思ったかれど、惨敗完敗の憂き目を見た。5回13:0である。試合後、Suekiコーチの激が飛ぶ。Suekiオヤジのみならず、この閉塞感はいかんともしがたいものだ。子らは個々においては少しずつ成長はしてるのに打てない守れない....。
筆者はゲームの結果よりは、スコアラーを放棄してOhmori父とSone母に一任し、宮前広報として写真を激写することに専念。13:0では二人ともパニくっていたのは言うまでもない。両チームの守備の姿を特集してみた。


Fは2安打、対するBは13安打。13安打で13点なら2安打のFも2点くらい取ってもよかろうに。しかし、野球はそうはいかないものだ。Aチーム対低学年中心のAでは、この結果は仕方ないか。
バーズさん、また4649お願いしますなんである。

2試合目開始直前に、主将のTakahashiくんがFのベンチへメンバー表を持ってやってきた。
「お願いします!」
筆者、「おお〜、Takahashiくん、1試合めの2塁打ナイスバッティング!」とケツを叩く。
うちの代表、「いいスイングしてたなあ、頑張れよ〜」

少しオマケ。
ゲームの間隙を縫って隣りの有馬中学へ行ってみた。何やら野球的匂いがぷんぷん漂ってきたんである。やはり中学野球部が練習試合をやっていた。うちのOBは出てるかな?
ブルペンで捕手を務めていたヤツがいる。Sameshima母もいた。
「Oto、あいつどこにいる?」
「いやあ、試合には出てないみたいよ」
....その時あの捕手が振り向いた。OBのOtoであった。カメラ目線でピースを送ってきた。

入部当初からもともとオヤジに似て、スラリとした脚の長い子であった。それが中学生になってまた体がしゅっとなってきたようだ。そろそろカノジョも出来たころだろうか。
彼のプロテクターを見て、お台場のガンダムの脚を連想してしまった。
ねっ、似てるよね(^-^)/
瞼がとろとろで寝ようと思ったが、今からW杯最終予選対イラク、サッカー中継なんである。
寝れるわけがないんである(^-^)/
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キャプテンシー

さて開会式のあとは西有馬ドームで練習試合、対宮崎台バーズ戦なんである。バーズと言えばバーズマンション。昔、子ども会大会での連盟会合の席上、宮崎台バーズを救済するために、鷺沼ヤングホークスの名物監督KurosuさんがJAで熱弁をふるっていたことを思い出す。また筆者の息子や娘の時代には、当時監督をやっていた現代表Kobayashiさんの、立ってゆらゆらダンスを踊るように、リズミカルにサインを出す姿も想い起こす。現監督のOgawaさんの形容詞は「老獪」な監督。この方も連盟ではかなり古い重鎮である。

このバカブログをたまたま見て、筆者には身に余る光栄すぎる賛辞を送っていただいた方がいる。バーズのマネージャーTakahashiさんであった。会社から何度も長文メールをいただき、ここ1,2ヶ月親交があるわけで(^-^)
そんな宮崎台バーズ戦なんである。

試合前、筆者のオリジナル野球マグネットボードを見た方が、「ちょっと借りて、チームに見せてきていいですか!」とバーズベンチへ。翌日Takahashiさんからメールがあったけれど、めっちゃ評判が良かったらしい。嬉しいことだ。Queensにも入部した女子Yumiちゃんのプレーも楽しみにしていたんであるが、体調を崩したそうで欠場、残念。
さて...プレイボール。

先発はFはMamoru、BはサウスポーのOhwakiくんだ。彼はなんともまあ、カープの往年の大投手、津田恒美にクリソツなんである。綺麗な軌道を描く速球派の投手である。

試合は3回表にBに1点先制されるやいなや、いつの間に最終回、6:0の惨敗間近。マジかっ!?
主将でキャッチャーのTakahashiくん。見事なキャプテンシーを発揮していた。一球一球ごとにナインへ声をかける。向かえる打者によっては外野の守備位置を前へ後ろへ指示を飛ばす。打ってはセンターオーバー特大の2塁打を含め4の2の1打点。うちの代表が彼の打席のバットの構えを絶賛していた。
最終回7回裏、Fの攻撃。敗戦ムード漂う中、筆者はひとりごちる...「おまえら、いい加減、点とってくれよ〜!」同じ負けるにも無得点の完封負けより、1点でもいいから点を挙げて終わりたい。
一死走者無し。
相手エラーと四球から一気に走者2人を返したのは4番のBen。滞空時間の長いレフトオーバーの2塁打だった。「ん、もしやホームランでは?」との期待がFベンチとギャラリーに漂う。物言いがついた。審判団の協議。向こう正面の神風さんも羽織袴で参集。体育倉庫の屋根よりもわずかに低く判定は覆らず2塁打であった。「あのマンションの向こうまで〜♪」には及ばず。しかし起死回生の一発である。
終わってみれば3点を返しての6:3。
ベストプレイヤーはBen、積極果敢、安定した守備の4年生Rui、自責点2ながら力投、1打点のMamoruの3人。いやいやついでと言っては失礼だが、バーズのTakahashiくんにもあげちゃおう。過去に他チーム選手に対してBPをあげたのは昔、上作延ノンキーズの女の子投手にあげて以来である。

今回もスコラーは3人体制。筆者とOhmori父、Sone母である。
Sone母は以前のブログに載せたノートメモを見て、相当恥ずかしかったとのことで、全部新しく書き換えてきちゃったんである。全然いいのに、恐れ入る。きっちり書き込まれたSoneメモ。素晴らしい(^-^)

この試合後、もう1試合やったんである。いわゆるダブルヘッダー。
1試合めはかろうじてダブルスコアの6:3であったが、2試合めは.....。
阿鼻叫喚の地獄絵図、スコアラー泣かせの選手交代の嵐....。

今週は公私ともに忙しいのでどーなるか予測不能だけれど、機会があればまた2試合めのブログに挑戦するとすっか(^-^)/
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2013年6月10日月曜日

縁の下のチカラ

公園デビューを果たした。ベビーカーの赤ちゃんとともに、公園のママ友の仲間になったわけではない。宮前少年野球連盟の広報マンとしてキャップを拝受したからには、年間通じ数少ない大会開会式の模様を全世界に発信すべく、初めてTeshimaのネーム入りの帽子を被って第一公園ドームを徘徊したんであった。今までは心に少し曇りを抱えつつフレンズ帽子を被っての写真撮影であったが、今日は正々堂々ごんごんグランドへ入り込み、きゃしきゃしシャッターを切ることが出来た。この帽子があれば水戸黄門的印籠の効果抜群である。すれ違う事務局のオヤジ連中に「おっ、Tさん帽子似合いますねえ」と声をかけられる。半分お世辞とは分っているけれど(^-^)

連盟主催ではなく川崎市宮前区主催の「子ども会」の大会である。「宮前区長杯争奪」でもある。我が連盟はそれをバックアップする立場だ。入場行進はない。そのかわり外野センターから選手たちが一斉にプラカードを抱えつつ、Pマウンドまで行進。

おお〜!徐々に砂塵が上がりつつ子どもたちが霞むほどに。
まるで西洋の近代鉄砲隊に、槍・鎌を手に怒濤の攻撃で立ち向かう大和魂の日本兵みたいじゃないか。
あるいは今TVで放映している日清カップヌードルのCMみたいに。「ぱーどぅん?」


子ども会大会では役員と父母たちが大会運営を担う。美魔女とイケメンオヤジ(?)の参列。母のウグイス嬢(?)も健在だ(^-^)
宮前区長ももちろん参列、大会委員長の挨拶も時代を反映したものだった。


連盟Sohma会長、縁の下のチカラ持ち連盟事務局の面々。Nishumura、Ohtake、Satoh、Nishiharaのオヤジたちの面々。皆自分の子どもはとっくの昔に卒業してるのに、自チームを離れても尚、宮前少年野球のために尽力しているわけで。QのYamaguchiさんもしかり、他にも大勢のオヤジたちが組織を支えている。

いつもの写真では面白くないから違ったアングルから撮ってみた。各チームの指導者を後ろから撮った。なかなかの壮観。30,29,28の頼もしきオヤジ、野球と子どもが大好きの男どもである。


今大会の選手宣誓は有馬子ども会の主将くん。フレンズとグランドを共有する仲でもある。面と向かった大会委員長も思わず拍手するくらいの、体は小さくとも堂々たる宣誓であった。

今年もまたひとつの大会の開幕なんであった。
今年もまたひとつ、自分が歳をとることを認識することでもあるわけで。

フレンズはこのあと西有馬ドームに移動し、宮崎台バーズと練習試合。
今日は130枚ほどの写真を撮ったのだけれど、自宅に帰りデジカメからMacへ転送中に....。
事故だ。何故かかなりの枚数が消失しているではないか。ちゃんと撮ったのに。
茫然自失、唖然呆然、背中に冷たい汗が流れる。

そのへんの件(クダリ)は次回のブログなのだ(^-^)/

※ここからは翌朝書いている。
よーく調べたら事故ではなかった。写真はちゃんとフォルダの仲に保存されていた。
どうやら事故が起きたのは、筆者の寝不足の頭の中だったようだ。
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2013年6月8日土曜日

DJポリス「12番目のイレブン」

このタイトルを読んでピンときた読者諸氏も多かろうと思う。サッカーW杯出場決定の火曜の晩、渋谷のスクランブルで警備に当たった機動隊員の20代の彼のことだ。

奇しくも4日火曜のブログで筆者は「12番目のイレブン」になったと書いた。そのあと、マジで渋谷まで行き交通規制厳しいあのスクランブルで、誰彼かまわずハイタッチしたいと本気で思ったものであった。あの晩筆者は大変危険な男になりつつあったんである。なぜなら男を見ればばしばしハイタッチ、女を見ればぎゅんぎゅんハグしたくてたまらないほど、テンション最高潮だったのだから。

翌朝のTVはサッカー報道もさることながら、渋谷の状況はどうだったのか、これも興味津々であった。その中で数秒間TVに写ったマイク片手に柔らかく群衆に呼びかける若い警官に目をみはった。(※写真はYahoo!ニュースから)

「こわい顔したお巡りさんも、みなさんと同じ日本代表のW杯出場を喜んでいます。気持ちはみなさんと同じなんです」
「こんな佳き日に、お巡りさんだって怒りたくないんです」

なんてイイ奴なんだと思った。同時に彼がもし本当のサッカー好きだったら、この日は任務でTV観戦出来なかったんだろうとの思いがよぎり、頭の下がる思いだった。
筆者だったら絶対仮病を使っていたに違いない。

「みなさんは12番目の選手です。サッカー日本代表は世界でもフェアプレーの国として賞賛されてます。どうぞみなさんもフェアプレーで交差点を渡って下さい」

なんて気転の利いたイイ奴なんだと思った。ますます気に入った。そして彼もやはりサッカーファンなのだろうという確信に至ったわけで。こりゃ〜SNSなんかで絶対話題になるんだろうなと予感。

案の定である。ツイッターで「DJポリス」と名付けられ、ネットでも新聞でもTVでもその後の彼に対する賞賛はみなさん、ご存知のとおり。今朝の朝日新聞には彼の記事が載っていた。それによると、雑踏警備のプロで広報係という役職なんだそうだ。群衆にマイクで呼びかける係。その機動隊内部の競技会では今年の優勝者だ。群衆を制圧する官憲の叫び声の印象は、上から目線で怒号を発し威圧的なものを誰もが想像するであろう。そのギャップもあって好印象になったと思う。今年の正月の明治神宮初詣ではこんなアナウンスを....

「みなさあ〜ん、急がなくても神様は逃げません。急いでもご利益は変わりません」

なんてウィットとユーモアに富んだイイ奴なんだろうと思った。
筆者のブログはこんな彼のような、言葉の「オモシロさ」を表現することに粉骨砕身する毎日でもある。息子と同じような年代の彼であるが、リスペクトしちゃうんである。ふと思った「コイツ、ブログ書かせたら面白いだろうな」と。

さきほどはますます過熱するこの続報がYahoo!ニュースに載っていた。
警視庁が彼の功績を認めてなんと「警視総監賞」を授ける検討に入ったんだと。
ちょっとちょっとお〜、キャリア官僚たちが警察機構の裏で彼の人気に便乗してるんとちゃうの?
と、一瞬思ったけれど...まっ、いっか(^-^)/

2013年6月6日木曜日

「20秒の勇気」

誰にも言ってほしくない秘密であるが、筆者は多くの読者を欺(あざむ)くかのごとく、ブログを書いてない晩は、秘密裏にTSUTAYA Discasで借りたDVD映画を観ているんである。
ブログアップ出来ない理由はほぼ99%次の7項目のいずれかに該当する。

1=深夜まで、ずるんずるん映画を観ている。
2=深夜まで、ごんごん仕事をしている。
3=深夜まで、でろんでろん酒を飲んでいる。
4=深夜まで、むひむひアメトークを観ている。
5=深夜になっても、ブログネタが思いつかないでいる。
6=深夜を過ぎても、いつのまにかMacの前で居眠りブッこいている。
7=深夜を過ぎてもなお、今までの己の人生の来(こ)し方に答を見いだせないで悶々としている。

昨晩はマット・デイモン主演、スカーレット・ヨハンソン共演のヒューマンドラマ「幸せへのキセキ」を観た。
愛妻を病気で失った男が、問題を抱えた二人の子どもと共に、仕事を捨てて新天地で家族の絆の再生を目指す....という、映画の世界ではいかにも使い古されたありふれたストーリー....と思いきやなんである。
その実、あろうことか郊外に購入を決めたボロ家は、2年前に閉園された動物園が動物と飼育員スタッフまるごとついてきたんであった....。すでにこの映画を観た読者もおられよう。このタイトル画像で不満なのは息子の姿が入ってないことだ。筆者がデザイナーならスカヨハを削除してでも絶対彼を入れていたに違いない。

この映画は昨年あたりだったか、日曜のバラエティー番組の映画紹介コーナーでたまたま垣間見た時から観たいと思っていたんである。すかさず手元のケイタイにメモした覚えがある。当時はスカヨハの存在すら知らなかった。興味を持った理由は実は...「実話」体験に基づいたベンジャミン・ミーの小説が原作だったからだ。事実は小説よりも奇なり、なんである。今でもこの動物園は現存し営業していると、ラストのテロップに書いてあった。
1年に数回しかヒューマンドラマは観ないほうであるが、久々観るとやはりいいものだ。

良い映画や小説には、観賞後または読了したのちに、印象に残るセリフなり文章なりが脳裏に去来するものだ。「幸せへのキセキ」でのそれは「20秒の勇気」であった。
マット・デイモンの父が引きこもりで反抗期の息子に言う。
「いいか。男が女に愛を告白する時は、20秒間我慢しろ。20秒の間に思いのたけをぶつけるんだ。恥ずかしくても苦しくてもたった20秒の勇気を持つんだ。その結果恋が実ろうがフラれようが知ったこっちゃない。男なら冒険してみろ!」
(※実際の映画でのセリフの詳細は忘れた。映画のセリフはこの1/3くらいである。かなり筆者の思いのたけを込めて文章を加筆水増ししている)

歳を重ねてもなお、少年のココロは失いたくないと思う今日この頃なんである。

さて、もうひとつコトバの話。
この「幸せへのキセキ」のカタカナの「キセキ」はいったいどうしたものだろう。
一般的常識的普通的ヒトは「キセキ」はおそらく「奇跡」を想起するに違いない。実際劇中でも「奇跡」というセリフがあった。
しかしそれをなぜ敢えてカタカナの「キセキ」としたのか?それは「奇跡」と同時に家族の再生の「軌跡」をも感じ取って欲しいと思ったからではないのだろうか。
更にコトバを解析するならばだ。「幸せへのキセキ」が「幸せのキセキ」だったらどうだったか?「幸せのキセキ」なら100%「奇跡」だったはずだ。しかし邦題は違う。「幸せへのキセキ」と「へ」が入っているではないか。だから「軌跡」説もあながち間違っているとは言い難いはずだ。
筆者の穿(うが)った見方だろうか。

この映画は親子である親と子、そして親に愛情をもって育ててもらっている全世界の子どもたちにも観てほしい映画だ。
このブログは現役の野球少年少女の小学生も読んでいるらしいと風の便りに聞く。(※ゴメンネ、難しい漢字や言い回しが多くて(^-^)/)

キミたちは、親や保護者の大人の愛情で今そこに存在していることを忘れないでほしい。
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2013年6月4日火曜日

W杯Japanの奇跡!

!!!!!!!!!祝!ニッポン代表・ザックJapan、W杯出場決定!!!!!!!!

こんな展開を誰が予想しただろうか。
「ジョホーバルの歓喜」以来の興奮。
1:0で瀕死のJapan、後半アディショナルタイムでのPK、本田の左足が一閃、ゴールネットど真ん中を突き刺す矢のようなゴール!!!!!!!!!!

こんな奇跡ってあるんだろうか!!!!!!

サッカーは結果が全て。いわゆる「勝負に勝ったが試合には負けた」という言葉はサッカーには通用しない。PKだろうが何だろうがゴールはゴール。

川島の超超超スーパーセーブ。
本田のFKが決まる瞬間を見たかった。
「Oのジンクス」を決める岡崎の泥臭いゴールが見たかった。
そして何より、振りむきざまのワントラップからの0.47秒からの香川の鋭いゴールが見たかった。

そんなこと全然見れなくてもOKさ。
だって結果を出してくれたんだから。

野球好きでサッカー嫌いな読者には申しわけないけれど、
筆者も野球大好きだが、その一兆倍くらいサッカーが好きなんである。

TVの前で声が枯れた。TVのボリュームを普段の3倍で観戦。
日本代表のユニフォームとタオルで12番目のイレブンになった。

勢い余って今から渋谷スクランブルへ行っちゃおうかと、一瞬思ったくらいだ。

おめでとうJapan!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!(^-^)//////////

がんばれシャークス!

北部大会なんであった。
国道246を境にその南方に位置するチームを中心に開催される南部リーグに対し、これに触発された北に本拠を構えるチームで結成したのが「北部大会」.....と、筆者は昔聞き及んでいる。筆者が現役オヤジコーチ時代はなかった。今ではその境界線は曖昧で地域関係なく参加している。良いことだ。

2013年対する初戦は宮崎台シャークス。
経過はどうにも心苦しく詳報は書きたくない。相手チームにはとても失礼な話であるが、「勝って当たり前」の試合というものがある。うちだって、強豪にしてみれば「カモ」と思われることだってあるはずだ。その大方の予想を覆して格上チームに勝った時は、普通の一勝の100倍嬉しいものだ。中堅クラスのフレンズはそうありたい。

この試合は試合前からうちが有利と分りきったものである。
結果と記録の記述だけにしたい。
3回10:0のコールドゲーム。投げては9人の打者を一塁を踏ませず四死球もなしの完全試合達成。打っては8本の長短打で毎回得点。
ベストプレイヤーは投手Mamoru、3打数3安打1打点のRui。

シャークスはかなり歴史のあるチームなんである。しかし全体人数がいつも少なく、反してレギュラーメンバーには小さい子が多く、益してや内野手には3人の女子がいる。チーム事情というものがあるのだろうことは想像に難くない。フレンズは普段の負けのうっぷんを晴らすかのように伸び伸び野球を展開。対してシャークスは失策の連発で意気消沈。我がチームが自信をつけるのは良いことだが、これに甘んじてはいけない。上と対戦すればとたんに声を失うのはうちだということを忘れてはいけない。
毎度上から目線で恐縮であるが、フレンズの県大会常連だった黄金時代と、反転初戦敗退の暗黒時代の両面を経験している筆者の言うことだから、心して聞いて欲しい。
「勝って兜の緒を締めよ」とはよく言ったものだ。

大会後今度は点差も時間も関係なくして練習試合。
正直言って格下チーム相手にこれはあまり好きではない。相手が可哀想になってしまうのが火を見るよりも明らかだし、自軍にしてもバカな大振りをする子が増産されてしまうからだ。「勝負の世界に情けは禁物」という。すんごくワカル。勝ちにこだわる姿勢で試合に臨むのは当然だ。けれど少年野球では勝ち負けよりも大事なことってあると思う。
俺はキレイ事を言ってるバカに過ぎないのだろうか。

15分後に練習試合。そんな時こそこの自家製マグネットボードが真価を発揮しちゃうんである。サクサクとオーダーを変更し速攻でメンバー表もきっちり書き込める。今回はメンバー表からOhmori父に作成してもらった。スコアラーもスピード勝負だ。

前回ブログにも書いたように、スコアラー泣かせの内容。5回までやって相手安打1本のみ、失点1。フレンズは...父母の共同作業でつけてもらった手元のスコアブックを見てみたが、分析するのもイヤんなっちゃうくらいのてんこ盛りの内容。
筆者はセンターから写真撮影に勤しんでいたが、Ayutoが安打で出塁してあれよあれよと言う間にダイヤモンドを一周し、ホームイン。遠くでフレンズベンチとギャラリー父母は湧き上がる。おいおい待てよ。すかさずiPhoneを抜いてベンチのスコアラー母に電話する。
「今のはワンヒット、ツーエラーでの得点だからね。間違ってもランニングホームランなんかじゃないからね」
あとでスコアブックを見たら、案の定....。筆者も駆け出しの頃はやった覚えがある(^-^)

どんな相手でも礼を欠いた態度でプレーしてはいけない。強かろうが弱かろうが関係無し。もし試合中弱者相手にハメを外してニヤニヤしてプレーする子がいたら怒鳴りつけてやろうと思っていた。監督に交代を進言しようと。ギリギリでそんな子が何人かいる。子どもだからそれは致し方ない。それをさせないようにするのは指導者の責任だ。
指導者の器とは野球技術を選手に開陳することだけではなく、選手のメンタルな部分をいかに見据えているかどうかなのではないだろうか。
筆者の経験の浅い見聞では、そういう意味でフレンズYanagisawa代表以外で挙げるならば、富士見台ウルフのOgasawara監督である。名将と呼ばれるに相応しい人物である。

解析するのがマジ面倒なのでベストプレイヤーは、オヤジ飲み会でSuekiさんが言っていた先発登板の3年Yuuta。それに新人のKimura兄弟、弟Tomoki。小ちゃい子だがガッツがある。ランナーで出塁したら「キンタロー。」のようにフライイングゲット的両手をピラピラさせ離塁してリード。やんやんやんやの拍手喝采でフレンズ外野を湧かせる。入部当初のShougoを彷彿とさせる風貌。
20:1の大勝であった。

もう一度言う。「勝って兜の緒を締めよ」
そして、がんばれ宮崎台シャークス!
負けても負けても....一生懸命プレーするキミたちの姿は、宮前の宝だ。
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2013年6月3日月曜日

スコアラー、パニくる。

北部大会初戦は宮崎台シャークス。しかし、その話は次回へ持ち越しとしたい。
試合詳報を書き始めると、時間がかかりすぎてさすがに明日の仕事へ影響しちゃうからだ。とはいえこれを書き始めたのは...今0:30。しかもオヤジ飲み会から帰ってからのブログであるからして、サクッといきたい。

スコアラーなんである。
全国の少年野球スコアラーや指導者や草野球の方々からメールをいただき、スコアブック集計ソフトをメールで差し上げてきた。スコアはつけた人でないとその苦しさと楽しさはわからないであろう(てゆーか、それって何にでも言えることだが)伝統と名誉あるフレンズのスコアラー部取締役スコアラー部長に長年君臨してきた筆者。しかし、後進の育成のため今年から徐々にスコアラーの座を父母たちに譲ろうと去年から画策。いよいよ公式戦で本番のスコアをOhmori父につけてもらった。1イニングだけは筆者。2回からはOhmori父とSone母にバトンタッチ。だいたいパニクッて訳がわからなくなると、筆者やKanedaコーチに助けを求める。それはそれ。そろそろ巣立ちの頃。間違ってもいいから付け続けることが大事なのだ。間違いはあとで修正すればいい。人生の過ちは過去に遡って修正出来ないけれど、スコアブックの間違いなんて責任感さえあればいくらでも修正できるのだから。

でもって、あえて筆者はカメラ片手に放浪の旅にでることにした。可愛い子には旅させよ。ジャングル大帝父ライオンがレオを崖から突き落として立派なオトナに成長させるように。北部大会後、更にもう一試合練習試合をやり、これを100%二人にやってもらう。フルタイム勤務である。
外野から望遠でスコアラー席を覗いてみる。
「おお〜パニクッてるぞ。いいぞいいぞ、もっとパニくれ〜ムフフ」
見るに見かねたKaneda師匠が助け舟を出して指導していた。ファインダー越しなので会話は聞こえないけれど。ほっと安心。

写真を撮り終えてベンチに帰還す。添削する。複雑な展開でなければほぼ合格、「いいじゃん、いいじゃん、もう大丈夫!」Ohmori父は「いやあ、もうグチャグチャですよ。会社の仕事の10倍くらい頭使っちゃいました」満塁で選手交代などが重なると筆者だって慌てるものだ。
Sone母は兄貴の下に弟がいるのでまだ数年はフレンズに在籍。よってスコアの勉強に余念ががない。マメな性格ゆえに、ネットで調べた資料やスコアラーのハウツー本も持参。更に筆者などが言う言葉をマメにノートにメモするんである。女子高生みたいな文字で。
彼女に内緒でそれを写真に撮って帰宅後パソコンで見てみたら、3,4ヶ所間違った記述・解釈はあったものの、立派なものである。
間違った解釈のほんの一例。
「PB」=パスボール=キャッチャーのミス。とあった。
...ではないんである。ほとんど正解ではあるけれど、文脈的にはこうなる。
「PB」=パスボール=本来捕手が捕ってしかるべきボールを捕れなかった場合にPBになる。投手が悪球を投げて捕手がもんどりうっても捕れないような場合は、WP=ワイルドピッチ=暴投、になるわけで。
このPBとWPの違いや、エラーか内野安打か?などは、少年野球ではしょっちゅう出てくるプレーなので、自分なりの基準を心で決めておくと楽だ。

いくらパニクろうがこれを乗り越えて泰然自若として普通に付けれるようになれば、これが転じていつの間にか快感に変わるのだ。是非お試しあれ(^-^)
しかし、偉そうに書いてる筆者も実は結構いい加減なんである。自チームの子の成績に影響する数字だけはキチンと付けるようにしていれば、手の抜き方がわかってくる。
まあ、それでもシンドイけれどね。

ヤッベ、さっくり書こうと思ったのに1時間もかかってしまった。
毎度のことではあるけれど(^-^)
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2013年5月31日金曜日

宮前区少年野球連盟

今日、このブログを書こうと写真の準備をしていたら、連盟のKasaharaさんからメールがあった。「今ブログ見たら、すごいじゃないのよ!「晴耕雨読」が「ぶろぐ村ランキング」で1位じゃん」って。全国の少年野球に関する登録ブログ、約500個のサイト中1位なんである。たぶんマメにアップすれば良いのだろうけれど、たまたまこのところ連日書いているせいか。「2,3日もすればどーせまた、すぐに落ちてきますよ〜(^-^)」と、返した。
このアクセス数もひとえに読者の皆さんに読んでいただけるからこそ。誰も読まなければ、とっくの大昔に育児放棄・閉鎖していたに違いない。

これは以前も書いたけれど、この少年野球「晴耕雨読」Blogを始めたきっかけは、2008年あたりに初めてGoogleアカウントを取得した時、有馬フレンズ公式HPが有名無実で更新する人がいなくなり、仕方なくチーム活性化になればとチームブログを担当することになった。更に当時はWeb関係がよく理解出来ずに、Google傘下のこのBloggerのページを適当にハイハイハイとクリックを繰り返していたら、いつのまに自分専用のブログが立ち上がってしまったんである。ブログを書くなんて全くそんな気はなかった。当初はチームの野球や筆者の個人話を、己の矮小な文章力も顧みず、畏れ多くも全世界に発信するなんて考えられなかった。それが今はどうしたことだろう、このテイタラクは。恥も外聞もなく駄文を弄(ろう)して垂れ流すハメに。

ここ2年ほどは好きで書くことと同時に少々「書かねばならぬ」的義務感を帯びてきている。所属有馬フレンズのコーチとして試合の話を書けば、少しでもチームの輪を築けるという思いから、また子どもたちの祖父母が地方に住んでいる場合、これを見れば孫の成長が手に取るようにわかるという効能もあるし。更に連盟20周年記念誌で知り合えたKasaharaさんを通して、いつの間に少女野球宮前Queensの広報部長になっちゃったりして。これは筆者とKさんが半ば冗談半分に架空の役職「Queens広報部長」なんて言っているうちに、いつのまにか本当になったものだ。Qに関わった話ならばぜひとも広報活動に勤(いそ)しみたいと思う。
更に先日こんなことがあった。

宮前少年野球連盟主催の大きな大会がある。開会式は仕事がなければ行くようにしている。宮前少年少女野球の甲子園とも呼ばれる第一公園ドームだ。このあいだも開会式前にバックネット裏に行き皆に挨拶してカメラを構えていた。式の間じゅう父母やコーチたちは遠慮してなかなかグランドに入れないのを尻目に、筆者はズカズカ土足で入り込み(土足は当たり前か)子どもたちのベストアングルを模索しながらうろうろしちゃうんである。
またネット裏の連盟本部へ戻る。はてな、でもこれでいいのか。
筆者はずっとフレンズの帽子をかぶりウロチョロ。ましてや聖域である連盟本部のパイプイスにどっかり腰掛けて...。知らない人が見たら「なんだコイツは。ヤクザみたいなグラサンなんかかけて」と。(註:筆者極端な眩しがりやさんで日差しが強い日はサングラスなしでは生きていけないのだ)

そんな筆者の思いを知ってか知らずか。連盟副会長でもあるKasaharaさんが後ろから事務局のNishimuraさんに声をかけてきた。
「ねえねえ、Nishimuraさ〜ん。Tさんのさあ、連盟の帽子を作ってあげて〜。連盟のこともブログで宣伝してくれてるからね」
命を受けたNishimuraさん、速攻ラジャー!Kさんの言葉を聞き終えるか終えぬうちにポケットからiPhone4Sを取り出し、すぐに鷺沼のグリーンスポーツへ電話。その間数十秒で発注完了。

先週の日曜、Nishimuraさんではない、フレンズ出身連盟事務局のNishiharaさんがわざわざその帽子をグランドに届けにきてくれた。
これを手にした筆者はまた一つ重責を担ってしまった、の感は否めないのだった。

下の写真左から。
40代のころYahoo!オークションで手に入れたAppleのキャップ。これの出品者はタイ在住の日本人の奥様でその後メル友にも発展。なんと偶然にも宮前鷺沼の出身であった。これ以上の奇遇ってあるんだろうか。若かりし日の良き想い出。

2番目はAppleがあまりに古くなってきたので、先日渋谷のキャップ専門店で購入したニューキャップ。イタリアの帽子専門ブランドで、なぜかアメリカの大学のロゴが冠してあるもの。ブランドはどうでもよく、ツバの先端部分に白いラインが入っているのがどうしても欲しくて探していたし、デザインがドンピシャであったから即買い。意外なことにツバの先端の切り口が白いのは滅多にないんである。

真ん中は前述の連盟からのプレゼント。帽子は軽いが担ってしまった責任は重いかも。フレンズQueens以外の連盟少年野球の広報も視野に入れねばならぬか。多少はそんな思いもあって、最近は他のチームの子どもの写真も掲載するようにしてるのではあるが。

ご存知全世界にその名を轟かす宮前の至宝、ニッポンの宝、AKBを凌駕して余りある我がMMQ48の美女軍団、野球サラブレッドの主将Himariが率いる宮前Queensのキャップ。これもKさんからいただいたものだ。氏のお下がりではあるが新品同様の高級品である。余談ではあるが、これも以前Qから贈られたジャンパー2種類は侍ニッポン「原Japan」の時のMizuno製品と全く同様の品であった。後日聞かされて2度ビツクリなんであった。

最後は30数年の歴史を誇る我が有馬フレンズ。
物持ちが良い筆者にとってこの帽子は何代目のものだろうか。16,7年フレンズをやっているにしては少ないはずだ。次にこれを買い替える時は自分はいくつになっているのだろうか。

ここで終わるかと思いきやグリコもびっくり、インド人もビックリのオマケなんである。
連盟の記念誌ロゴをとっ散らかったハードディスクで探していたら、こんなのが出てきた。20周年記念誌制作の時や東日本大震災のステッカーの時に作った、連盟所属21チームのロゴ集大成である。今年からは向丘キッズも加入して22になった。
しかし。
来年は暗雲漂う雲行きである。6年卒業後、数チームの選手人数が激減し存続が危ぶまれていると聞き及ぶ。フレンズは毎年その危機に瀕していながらなんとか存命しているけれど。
どうにか来年も全22チーム健在であって欲しいと願うのは、筆者だけではあるまい。宮前連盟の切なる願いでもある。
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GoGo!

降るなら降るとひとこと言ってくれ。
筆者に断りもなくいつの間にか窓の外は雨。
大豪雨の中に肌身をさらすのが好きだ。
しっとり、しっくり、粛々と降りそぼる今晩のような雨を眺めるのも大好きだ。
反して雨の中革靴が濡れてじとじとになるのは......死ぬほど大嫌いだ。

そんな、すでに若くない、けれどしっとりとした女性の柔肌のような雨降る夜。
またひとつ、歳を経てしまった。
またひとつ、女のほうが偉く思えてきて♪

自分の人生に幕を引く直前に、「我が人生悔いなし」と言える男はどれだけいるのだろうか。未だに答の見つからない出口を探し彷徨(さまよ)いつつ、
ウィスキーグラスをカラリと傾ける2013年5月30日。

光は見えないけれど、出るべき出口を求めて、今日から55、GoGo!
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2013年5月30日木曜日

幸せクソバカ野郎

Macで仕事をしている。ほぼ一日中愛機iMacとねんごろである。最近Apple純正のマウスが調子悪く仕事にもイライラ感が増大。設計ソフトを使うのは、右手でマウスを操作しながら同時に左手でキーボードを叩く作業が常。であるからして先日アキバでワイヤレスマウスを購入。クリクリ上下スクロールと拡大縮小は絶品である。しかし今ひとつ手のひらにしっくりこないんである。そのストレスのせいかどうか、筆者の右腕はぱんぱんに膨れ上がり、左腕と比べると体温差はハンパない。左腕37.5度に対してマウスを駆使する右腕のそれは92.6度くらいに沸騰寸前である。人間の体温をコンピュータセンサーで画像分析する例のアレ。地図の等高線のように色分けされちゃうヤツ。それで分析したら右腕部分だけが真っ赤っかになってるに違いない。

そんなこんなで今日はブログを書くのは勘弁と思ったけれど、また嬉しいことがあったのでご報告。
南のことでは返信不要と宣言したにもかかわらず、本当にみなさんにお気遣いいただき感謝に堪えない。
今日もふたつメール着信有り。
一人は宮崎台バーズTakahashiさんから心のこもった文面。自責の念と自分の小ささを再認識させてもらった。もう一人はQueens関係のとても若い素敵なレディーから。内容は180度違えど、共通するのは「南」へのお気遣いであった。

俺ってなんて幸せな大バカ野郎なんだろうと、感激してしまう今日この頃であった(^-^)/
有吉風にあだ名を付ければこうなる。
「幸せクソバカ野郎!」

書く気がなかったのに、思わずまた書いてしまい、筆者の右腕は益々真っ赤っかに膨れ上がり、腕だけを体重計に載せてみれば100キロ超えなんであった(^-^)/
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2013年5月28日火曜日

リベンジGreeeeens戦

先日の日曜は練習試合。対リトルグリーンズ戦。QueensのKoshimizu監督の出身母体でもある。前回主将のYoshikura君にF打線はキリキリ舞いの一安打のみ。いわゆるリベンジ戦というヤツだ。重い速球派投手には思いっきり沈黙してしまうフレンズ打線である。
試合前に所用で来たQマネのYamaguchiさんとご挨拶。更に試合直前の「お〜〜〜!」の円陣を組んでの雄叫びの輪に、筆者のカメラを子どもらの足元からぶっ込み、ローアングルで闇雲にシャッターを切ってみた。明暗のコントラストがキツすぎて白黒写真のよう。下はフォトショップで明暗を補正してみたもの。かろうじて表情が分る程度に補正した。次回、この円陣写真もっと良い写真に挑戦してみよっと。

我が軍は投手陣が力投で前回のような連打を許さなかった。唯一6回に単打2連発で2点を献上してしまったけれど。

Yoshikura君の豪速球は相変わらずすんごい。定規で白線を引いたような軌道でミットに納まる投球。QueensのJuriは当初ベンチウォーマーだったが、5回からセンターへ。ポテンヒットには追いつけずだったけれど、右中間に落ちるかと思えた打球を見事ランニングキャッチ。

しかし、今回のF打線はちょっと違った。特筆は3の3を放って2得点のBen。
ベストプレイヤーはそのBenと、ここぞ主将の一発という勝利打点を放ったTakuto、前回打ち込まれたけれどリベンジを果たしたエースMamoru、下位打線とはいえピシャリ三者連続空振り三振に切って獲ったRui。

今季栄えて伝統と名誉あるFのサブスコアラーに就任したOhmori父。
この日は筆者と交代で1イニングずつスコアを付けた。いいぞいいぞ。株式会社フレンズ・スコアラー育成事業部スコアラー育成係長を兼任する筆者。ほぼ満点の出来である。可愛い子には旅させよだ。次回はフルタイム勤務でやってもらおうっと(^-^)/
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2013年5月27日月曜日

感謝!!!

すぐに書かなくてもまだいいかと思うブログネタってある。逆にすぐに書かねばと思う話もあるわけで。

今日は前回のリトルグリーンズ戦のリベンジ、雪辱を果たした練習試合があった。帰って書こうと思ったのだけれど、夕方になって祝勝会....てゆーか兼Minamiの退院祝いをみなで開こうという流れになったらしく、最後にその場にいた父や母たちに声をかけ、勢いで開催することに。Nishinaka、Suekiオヤジのありがたい画策であった。感謝。

父たちはごんごんやって来て、母たちは子どもらにご飯を食べさせてからスライド参集。いつものパターンではある。誰彼来るたびに「カンパ〜イ!」その度に「Tさん、退院、おめでとうございま〜す」オヤジグループでがんがん野球の話やここでは言えない○○な話で盛り上がった。後半、筆者は千羽鶴を折ってくれた母たちグループに礼を言うため、オンナの園、オトコ一人単身大奥のテーブルへ乱入。Minamiの闘病話や彼女らの子育て苦労話で皆おいおい涙を流したり、反転母たちの自分の子の出産経験話があまりにリアルで生々しくて、一同大爆笑したり。

感謝、感謝である。特にNishinakaオヤジの気遣いには参った。ありがとう。
オヤジが言った「とんでもない、Tさんだって逆の立場なら同じようにしたでしょう?」
確かに。....ありがとう。

グリーンズ戦でQのJuriがランニングキャッチしてアウトひとつ獲ったことや、フレンズのリベンジ勝利のことなどは、また次回書いていこうと思う。それに筆者の帽子コレクションがまたひとつ増えたこととか。

このブログは飲み会から帰って書いている。
Macを起ち上げてメールチェックしてみたら、随分多くの方たちから連絡いただいたのだが、今日も更に野球関係のお二人からMinamiのことでメールをいただいていた。ありがたし、....感謝である。返信はゴメンナサイ、明日します。

酔っぱらって帰りの道すがら、ケツのポケットの新しいTKの財布を右手で確かめ確かめ歩いてきたのは言うまでもない(^-^)/
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